第24話 溶け合う悪夢
防爆扉の向こうに広がっていたのは、灼熱の地獄だった。
視界のすべてが、赤い蒸気と鉄錆色に染まっている。 天井が見えないほど広大な空間には、血管のように太いパイプが張り巡らされ、そこかしこからシューシューと蒸気を噴き出していた。
ベネディクト、と呼ばれた男に向かって俺は油断なく銃を構えた。
アイリスが何を知っているのか、パパと呼んだ理由。聞きたいことは山積みだったが、ひとまずは目の前にいる男から聞き出すことにした。
「正体不明の熱源、震動および警備ロボの出現を確認している。……お前はこんなところで何をしていた」
「こんなところとはご挨拶だねぇ」
ベネディクトは、バイザーの奥で目を細めた。
まるで世間知らずの子供を諭すような、穏やかな口調。
「ここは『大深度廃熱処理プラント』。君たちが地上の楽園で生きるために生み出した、排泄物の吹き溜まりじゃないか」
「廃熱処理プラント?」
ルミナが眉をひそめて呟く。
「おかしいよ。確かに都市の廃熱は地下に送られるけど、普通は地熱発電とか地域の暖房にリサイクルされてるはずだよ。こんな……ただ熱を垂れ流すだけの非効率な施設なんて、地図にも載ってないし聞いたことがない」
「そうだね。きれいな熱なら、再利用できる」
ベネディクトは黒く焦げた手で、手近な手すりを撫でた。
「だが、工場で大量に使われるナノマシン触媒や、旧式の反応炉から出る重金属汚染物質……そういったものがたっぷり混ざった『毒入りの熱』はどうすると思う? フィルターを通すコストすら惜しい猛毒の廃熱は、誰も知らない地下の底深くに捨てて、見て見ぬふりをするのが一番安上がりだ」
「……!」
俺は言葉を失った。 ここは都市の「排気口」ですらない。
誰にも知られたくない「隠蔽工作の墓場」だ。
「そんなものがここに……? だとしても、なんでお前たちはこんなところにいる」
「誰かが掃除をしないと、都市が熱病で死んでしまうからさ」
ベネディクトは自嘲気味に笑った。
「高濃度汚染エリアでは、使いつぶすこと前提で君のような高価なヒューマロットは投入できない。かといって、当時の技術では完全自動化するにはメンテナンスのコストがかかりすぎたのさ。……だから、一番安くて、壊れてもすぐに代わりが手に入る『部品』が必要だった」
彼は背後の作業場を指さした。
そこでは、ボロボロの防護服を着た子供たちが、重たい台車を押して働いている。
「社会から弾き出された孤児を拾って、ここで働かせる。汚染で体が壊れたら、また新しいのを拾ってくる。……実に合理的で、企業らしい素晴らしいシステムだろう?」
俺の背筋に冷たいものが走った。
こいつが言っていることが本当だとしたら、ここは社会の闇そのものだ。
「それは、そこにいる私の愛娘もよく知っているはずだけど……教えてもらわなかったのかい?」
その言葉に、うずくまっていたアイアン・メイデンが、ガタガタと激しく身を震わせた。
『……うるさい』
スピーカーから、憎悪と恐怖が入り混じった声が絞り出される。
『その汚染された熱で頭をやられて……子供たちを、私たちを焼こうとしたくせに……!』
「おや、つれないな。あの時にも説明しただろう?」
ベネディクトは悲しそうに首を振った。 そして、愛おしそうに背後の作業場を見渡した。
「これは『救済』なんだよ、アイリス」
彼は黒く焦げた指で、台車を運ぶ子供たちと、その上の「荷物」を指し示す。
「君たちだってこんな環境、こんな仕事は異常だと思うだろう? パパは悲しかったよ。ここの現場主任になって、連れてこられた子供たちの管理を任されたんだけどね。パパはそんな子供たちを大切にしていたのに、次々と衰弱していって死んでいく様をみると心が痛んだ」
そう言って胸の前で手を組むベネディクト。
その様子は本当に心底その死を悼むような悲しさを秘めている様子。
だが、すぐにその表情はパァァァっと花が開くような笑顔に変わる。
「でもね、パパは気づいたんだ。ここの熱は絶望じゃない。この炎に包まれたとき確かな安らぎを感じるんだ。だから、だから、だから、みんなもこの炎で、一つになれるんだ。それっていわゆる家族だろう?」
その表情は幸せな家族を見つめる父親のものだったが、瞳孔が開いて焦点が合わず、見るものを不安にさせる相貌だった。
そして、唐突に首をグリンと動かして、台車で運ばれていく人型の方に視線を誘うように手を広げる。
「見てごらん、彼らの幸せそうな顔を。台車に乗っている子たちは、もう『あがり』だ。熱の中で溶け合い、境界線をなくして、永遠の安らぎを手に入れたんだよ」
台車に乗せられているのは、真っ黒に焼け焦げた、泥のような人型の塊。 かつて人間だったモノが、高熱で溶かされ、炭化した成れの果てだ。
ベネディクトの声は、純粋な善意に満ちていた。 それが何より恐ろしかった。 彼は本気で、この「死」と同義の溶解を、「救済」だと信じているのだ。
「狂ってるわ……」
ネオンが吐き捨てるように言った。 彼女は銃を構えているが、その手は怒りで震えている。
「あんたがやっていることは、ただの大量殺人よ! 子供たちを騙して、殺しているだけじゃない!」
「人聞きが悪いねぇ。私は彼らを救ったんだよ。……そこにいる、私の愛娘と同じようにしてあげたかったんだけどね」
ベネディクトは懐かしむように目を細める。
「君は特別だった。誰よりも頑張り屋だったし、誰よりも臆病だった。だからこそ、私は君を『暖めて』あげるつもりだったんだ。……7年前のあの日、君が逃げ出さなければ、今頃君もどこよりも暖かい場所で、幸せになれていたのに」
『あああ……ッ!!』
アイアン・メイデンの外部スピーカーから、ハウリングのような絶叫が響く。
巨大な黒い機体が、ガシャン!ガシャン!と、まるで癇癪を起した子供のように足踏みをし、自身の装甲がきしむほど激しく身を震わせた。
(逃げ出した……?)
俺はその言葉に息を吞む。 7年前。逃げ出した。
ベネディクトの言葉とアイリスの様子から察するに、アイリスはここから逃げ出した孤児だったらしい。
彼女が機体から降りられない理由。潔癖症ともとれるほどの他者への拒絶。 それは、「外に出れば、また捕まって、あの黒い塊にされてしまう」という、魂に刻まれた死への恐怖だったのだろう。
「私たちの目的は世界征服なんて陳腐なものじゃない。ただ、みんなで温まりたいだけさ」
ベネディクトは背後の巨大タービンを仰ぎ見た。
「今はまだ調整中だが、このプラントの出力を臨界まで上げれば、超高熱の廃熱が都市のパイプラインを逆流するはずだ。そうすれば、地上の人々もみんな、この暖かなスープの中で溶け合って一つになれる。……素晴らしい『家族団欒』だと思わないかい?」
この騒動の原因があっさりと解明した。
こいつは、この都市すべてを巨大な火葬場に変えるつもりだ。
俺の脳内で、赤い警告灯が激しく点滅した。
【警告。対象の危険度、測定不能クラスと判定】
アレスの冷徹な声が響く。
【本プラントの暴走は、第41管区の壊滅、および数十万人の市民の死傷を招きます。……推奨:首謀者「ベネディクト」の即時排除、およびプラントの完全停止】
「……了解」
俺はオファニムのグリップを強く握りしめた。 話し合いで解決できる相手ではない。 こいつは、善意で人を殺す「怪物」だ。
「ネオン、ルミナ。総員、戦闘用意。……ここであいつを止める」
「言われなくても! あんなの、生かしておけないわ!」
「私も賛成! この場所のことはともかく、放っておいたら地上が滅茶苦茶だもんね!」
俺たちの戦意を感じ取ったのか、ベネディクトは残念そうに溜息をついた。
「ああ……悲しいな。どうして分かってくれないんだろう。……まあいい。痛い目にあえば、きっと温かいお風呂が恋しくなるはずさ」
彼がパチン、と指を鳴らす(実際には金属音が響いただけだが)。
その合図と共に、工場の奥、蒸気の向こうから重々しい駆動音が響いてきた。
それは、悪趣味なパレードのようだった。
無骨な機関銃にはピンクのリボンが丁寧に結ばれ、錆びついた装甲板にはクレヨンで描かれたような拙い花柄やニコニコマークが踊っている。
本来なら子供部屋にあるべき装飾が、冷徹な殺人兵器に施されているという冒涜的な不協和音。
ベネディクトにとって、殺し合いすらも「家族のお遊戯」でしかないのだ。
「さあ、おいで。僕の可愛い『おもちゃの兵隊』たち。お客様を、歓迎してあげなさい」
ベネディクトの号令と共に、笑顔のペイントが施された殺人機械たちが、一斉にこちらへ銃口を向けた。
「来るぞ! アイリス、立てるか!?」
俺はアイアン・メイデンに声をかけた。
戦力差は圧倒的だ。彼女の火力が必要になる。
『……コロス。殺してやるわ……!』
アイリスが憎悪をたぎらせ、立ち上がろうとする。 ブースターが唸りを上げ、黒い巨体が動こうとした、その瞬間だった。
ガクンッ。
『……え?』
アイアン・メイデンの動きが、一瞬だけ不自然に硬直した。
まるで、見えない糸に引っ張られたかのように。 それは本当に一瞬の出来事だったが、アレスの視覚サポートを受けている俺の目には、明らかにおかしい挙動として映った。
(なんだ? 今のラグは……)
故障か? それとも恐怖で操作が遅れたのか? だが、それを確かめている暇はなかった。
「総員、迎撃開始ッ!!」
俺の叫び声が、熱気渦巻く地下空間に木霊した。
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というか反応少なくて寂しいのでプリーズ




