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SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!  作者: 宇宙のモナカ


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第2話 HUMAN-LOT

「……うわ、マジか。本物の美少女だ」


翌朝。

部屋の隅にある簡素な水栓で顔を洗い、鏡をのぞき込んだ俺は、思わずそうつぶやいた。


鏡の中にいたのは、透き通るような銀髪をショートに切りそろえた少女だった。

小学生か、どう見積もってもせいぜい中学生になりたてのような小柄な体格。

だが、その造形は、神様が心血を注いで作り上げた工芸品のように整っている。

少し眠たげな半眼だが、それが逆に儚げな美しさを引き立てていた。

前世なら、街ですれ違っただけで「今日の運勢は大吉だな」って拝みたくなるレベルだ。


「未来世界では顔がいいのがデフォなの?」


そんな俺の言葉に昨日ぶりの声が響いてくる。


【ヒューマロットの外見は、管理効率と心理的ストレス軽減のためにデザインされています。容貌は概ね、ナチュラルの好む平均値の上位に設定されています】

「設定レベルが高すぎる。これ、現代なら全員アイドルデビューできるだろ」


アレスの律儀な回答に、俺は少しだけ笑おうとした。

……けれど、頬の筋肉がピクリと痙攣しただけで、表情は鉄面皮のままだった。


「……アレス、昨日から気になってたんだけど、ヒューマロットって具体的に何?」

【企業が生産している生体資産です。遺伝子設計されたクローン体であり、教育が標準化されています】

「生体資産ねぇ……。ま、悪い意味でのSF世界ってことか」


どうやら俺は女の子だっただけではなく、クローンとして生まれたようだ。

でもまあ、鏡の中の自分は最高に可愛い。

ブラック企業の激務で半ば土気色だった前世の顔面を思えば、これだけで二周目のボーナス確定だ。


「……しかし、なんでエルフ耳なんだろ」


鏡に映る俺の耳は、柳の葉のように細長く、先が尖っていた。

指先で触れると、吸い付くような肌の質感とともに、ピリッとした痛みが走る。

作り物じゃない、ちゃんと神経が通った生身の耳だ


「もしかして、ここ未来じゃなくてSF風ファンタジー世界だったり?」

【ヒューマロットは、ナチュラルと区別しやすいよう遺伝子改造されています】


どうやらファンタジーな理由ではないらしい。


【耳の形状は識別用です。遠目でも判別できるよう設計されています】

「判別、ね……。管理しやすいようにってことか。差別されなきゃいいけど」

【差別ではありません。システム上のタグ付けに過ぎません】


言い方、と心の中で突っ込む。


「で、ナチュラルって?」

【通常の生殖活動で誕生した一般市民です。企業に属する正規構成員とも言えます】

「ふーん。じゃあヒューマロットの俺は非正規ってこと?」

【資源です】


即答だった。


耳をつまんでピコピコさせていると、耳の裏に小さな窪みがいくつもあるのに気づく。


「これなに?」

【電脳に接続するための各種接続ポートです】

「電脳に接続?」


一つ聞くと知らん単語が増えていくな。


【はい。電脳接続用の各種規格です。N³、CSN、ゴーストジャック、マインドピアス、ニューロウィーブ――】

「待って待って。接続口とか言われても、USBとかHDMIしか知らない」

【USB-Zであれば右耳の付け根です】

「USB生き残ってたんだ……」


なんか謎の安心感が湧き上がってくる。

とりあえず、細かいことはまた使うときに聞けばいいか。


俺はタオルで顔を拭くと、着替えをすることにした。

アレスの言葉に従って壁の一部を触ると、音もなくパネルがスライドし、クローゼットが現れる。

中には、装飾性を一切排除した、白と紺を基調とした軍服のような服が数着。


「女の子はもう少し服があるイメージだったけど少ないね。しかも地味だし」

【装飾性は業務効率を低下させます。衣服は生存と身分証明の手段に過ぎません】


アレスの冷たい補足を聞き流しながら、下の段の引き出しを開け――俺は固まった。

そこには、あまりにも地味で、機能性だけを追求したような少女用の下着が並んでいた。


「……これも、避けては通れない道だよな。よし、覚悟を決めよう」


シュルシュルと衣擦れの音を立てて、手術着を脱ぎ捨てる。

鏡の中に、真っ白で、どこか神々しささえ感じる裸体が晒された。

細い肩、華奢な鎖骨、そしてまだ膨らみ始めたばかりの柔らかな胸。


「おお……これが女子の体。前世で拝めてたら、それだけで成仏できてたかもしれないな」


まじまじと観察してみるが、不思議と興奮は湧いてこない。

自分の身体であるせいか、それとも感情制御モジュールのせいか。

「ごめんよ、相棒。君を連れてきてあげられなくて」と心の中で前世の自分に謝りつつ、俺はショーツに足を通した。


「……この胸のサイズならブラジャーはつけなくてもいいかな?」

【標準女性用下着は正しく着用してください。身だしなみは義務です】

「はい、ごめんなさい。ちなみにどうやってつけたらいいの?」

【ストラップを肩に掛けたら胸中央のボタンを3回タップしてください。自動調整で体にフィットします】


その言葉のとおりしてみると、少し大きいかと思っていたブラジャーは体にぴったりと吸い付くようにジャストサイズになった。


「なにこれ、超快適。未来のインナーウェア、すごすぎだろ」

【服の着方も教えましょうか?】

「そっちは多分大丈夫なはず」


そんな感じで教わりつつも無事に着替えが完了。

無機質な軍服を纏うと、鏡の中には、素材の良さだけで「冷徹なエリート軍人美少女」に見えてしまう自分の姿があった。

これが自分だと思うとなんか誇らしい。


鑑を覗き込みながら微笑もうとして――失敗した。

泣いているのか、怒っているのかわからない複雑な表情になり、人から見たら心配されること請け合いだ。

これは俺のせいではない。

きっとA.R.E.Sの感情制御ってやつのせいなのだ、多分。


スン……と表情を戻すと無表情な美少女にもどる。


「よし、外見は完璧。あとはコミュ力だけど……まあ、自然体でいこう。どうせ俺、中身はさえないおじさんだし」


たぶん、前世よりはなんとかなる。美少女だし。


「このあと、治安維持部隊の小隊長とやらになるんだし、同僚には自己紹介くらいはちゃんとしないとな。えー、初めまして。俺、じゃなくて私の名前は……」


思考停止。


「……名前なんだっけ?」

【SFTS1005です】

「そうそうそれそれ。しかし、覚えにくいなぁ」


少し考えて。


「1005だから、百と五で“ビャッコ”ってどう? 髪も白いし」

【――どう、とは?】

「私のあだ名だよ。同僚に親しみ持ってもらいたいじゃん?」

【……識別名の登録を完了。個人の嗜好として受理します】


アレスからあきれた空気を感じた気もしたけど、いい感じの名前が決まったところで次の行動に移ろう。


「で、アレス。次なにすればいい?」

【治安維持部隊詰所へ向かってください】

「え、24時間休みじゃないの?」

【最適化処理により23時間経過しています】

「そんなに寝た!?」

【睡眠およびA.R.E.S.モジュール調整です。最適化中は動かれると専念できませんので強制スリープしていただいておりました】


そういうことは先に言っておいてほしいけど、今は置いとこう。


「よし、初出勤だ」


俺は部屋を飛び出した。


廊下には、同じ銀髪とエルフ耳の人たちが歩いている。

無表情で、無言で。

きっと自分と同じヒューマロットとやらだろう。


「……みんな俺より大きいね」


小学生くらいの体格の自分にくらべるとみんな見上げるほど大きい。

正に子供と大人といった感じだ。

少なくとも自分のように子供の見た目はいない。


【あなたは生産時の不具合により成長促進剤が定着しなかった『成長異常個体』です。本来なら廃棄対象ですが、A.R.E.S.への異常な適合率により救済されました】

「救済、ねぇ……。まあ、生き残ったんだから儲けもんか」


気軽に返事をして労働者寮の外に出た瞬間、俺は息を呑んだ。


「――っ。すご……」


そこには、網膜を焼くような白銀色の未来が広がっていた。

白亜の高層ビルが雲を突き抜け、その間を無数のドローンが蜂の群れのように飛び交っている。

巨大なホログラム広告が空中に躍り、耳を劈くような電子音が街に満ちていた。

『安全・効率・忠誠――それが幸福』『チームワークで死亡率低下!』『あなたの代わりはいる。でも、今のあなたは必要だ』


行きかう人々は大別すると2種類に分けられる。

エルフ耳で風を切り、姿勢よく歩くヒューマロット達の整然とした行進。

その間をかわすように、どこか焦点の合わない目で歩くナチュラルの群れ。


清潔で、きらびやかで、なのに心臓の奥が冷たくなるような、美しすぎるディストピア。


「掃除は行き届いてるけど……なんだか、巨大な遺体安置所みたいだな」


前世のブラック企業で、くすんだリノリウムの床を眺めていた時の感覚が蘇る。

だが、今の俺は全力で生きると決め、文字通り生まれ変わったのだ。

どんなにこの世界が冷たくても、俺はこの小さな身体で、新しい人生を走り抜けてやる。


「よし、初出勤だ。ビャッコちゃん、いきまーす!」


アレスのルート案内に従って、俺は街の喧騒の中へと駆け出した。

目指すは、治安維持部隊の詰所。


「めざせ、青春一直線! ……なんて、30代のおじさんにはちょっとハードル高いかな」


照れ隠しの独り言を吐き捨てながら、俺は一歩一歩、新しい運命へと足を踏み入れた。

部下たちがどんな目で俺を見ることになるのか。

期待と不安が、感情制御の壁を越えて、ほんの少しだけ胸を騒がせていた。


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