第18話 SFグルメ(後編)
「イラッシャイマセ。何名サマデスカ?」
店に入ると、法被を着た青いタヌキ型の配膳ロボットが出迎えた。
内装は、木造建築を模した柱にネオン管が巻き付き、壁には『忍耐』『根性』『寿司』といった脈絡のない漢字のホログラムが浮遊している。
まさにサイバーパンク・イザカヤだ。
「3名よ」
「確認シマシタ。将軍サマ3名ゴ来店デース」
すると、店のあちらこちらから合成音声で「ハイ、ヨロコンデ―」という声が響き渡る。
案内されたのは、掘りごたつ式の座敷席だった。
靴を脱いで上がると、畳(合成樹脂製だが)の感触が足裏に心地よい。
ルミナは温かいおしぼりで手を拭きながら空中に浮かぶディスプレイを眺めて言う。
「とりあえず飲み物頼もっか! 私、ナノマシン・チューハイ!」
「私は電気ブランで。……ビャッコは何にする?」
「えっと……」
メニューを眺めるといくつものアルコール類が並んでいる。
見慣れないものも多いが、ビールという文字が見え、俺の中のサラリーマンの魂がふらふらと吸い寄せられていくのを感じた。
「じゃあ、これで」
「ゲイシャ・ビールね。………ねえ、ビャッコ。あなた子供に見えるけど、実年齢いくつ?」
「え?」
考えたこともなかったけど、少なくとも前世の年齢を聞かれているわけではないだろう。
成長促進剤の効きが悪い個体とは言われてたけど、いくつだろう?
【あなたの生産から5年10か月27日です】
(………5年?)
アレスの言葉に俺は聞き返す。
まあ冷静に考えると、成長促進剤というくらいだから見た目より年上ということはないか。
「…………5歳」
「「5歳!?」」
俺が正直に答えると、驚いた声で身を乗り出してくるネオンとルミナ。
その声に俺も思わずビクッと体を震わせた。
「アルコールは禁止! そんな年でお酒を飲んじゃ駄目よ!」
「そ、そうだよ! ミルク、はないけど、ノンアルコールにしときなよ!」
「そんな」
俺は目一杯悲しそうな顔をしてみるが、残念ながらあまり表情は動かなかった。
ああ、お酒、お酒を飲ませてほしい。
そんなに前世でお酒が好きだったわけではないけど、飲めそうで飲めない状況になると、途端に恋しくなってきた。
現在の法律がどうなっているか分からないが、中身が三十路なら駄目だろうか?
というか、ヒューマロットに法律はどこまで適用されるのだろうか。
ネオンが有無を言わせぬ勢いでメニューを操作し、俺の注文を『ゲイシャ・ビール』から『お子様用・発光メロンソーダ』へと書き換えてしまった。
抵抗する間もなかった。
まあ、奢ってもらう身だし、ここで頑固になるのも大人げないか。
「……わかった。メロンソーダで」
「よろしい。店員さーん、注文お願い」
数分後、運ばれてきたグラスを掲げる。
俺のグラスだけ、ファンシーなストローが刺さって緑色に光っているのが少し悲しい。
そんなグラスを眺めていると、ネオンとルミナが自分たちのグラスを掲げる。
流石に未来でもこの動作は変わらないらしい。
「今回のスラム事案解決と、ビャッコの退院、そしてチームの結束に――」
「「「かんぱーい!!」」」
カチャン、とグラスが触れ合う音が、店内の喧騒に溶けていく。
俺はメロンソーダをちゅーっと吸った。 甘い。
脳が溶けそうなくらい甘い炭酸が、疲れた体に染み渡る。
……まあ、これはこれで悪くないか。
「さあ、料理もどんどん頼むわよ。ここは魚が美味しいの」
ネオンのおすすめに従い、いくつか料理を注文した。
程なくして、タヌキ型ロボットが皿を運んでくる。
「ヘイ、オマチドウ! 『クロレラ・ブロック』ト、『合成マグロの刺身』デース!」
クロレラ・ブロックとやらは緑色の四角い粒が皿に盛られており、何だこりゃ感が強い。
色的にサラダだろうか?
俺は名前から内容がわかる合成マグロの刺身の方に視線を移した。
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
切り身の魚が青白く発光しているが、それ以外の要素は普通にお刺身だ。
チラリとネオンとルミナに視線を向けると、ふたりは少し緊張した様子でコクリと頷いた。
お先にどうぞ、ということだろう。
俺はお箸を持つと、刺身を一切れつまみ、醤油(のような黒い液体)を少しつけて、口に運ぶ。
「……っ!」
瞬間、俺の目が見開かれた。
舌の上でトロリと溶ける脂の甘み。醤油の塩気とコク。そして鼻に抜けるワサビのツンとくる刺激。
合成食品特有の少しケミカルな後味はあるものの、それは紛れもなく「文明の味」だった。
そして、それ以上に強烈な何かが、脳髄を直撃した。
(ああ……これだ……)
蘇るのは、前世の記憶。 残業終わりの疲れた体を引きずって入った、ガード下の安居酒屋。
ジョッキの結露、タバコの煙、サラリーマンたちの喧騒。 「お疲れさん」と言って交わした、同僚との他愛のない会話。
この世界に来てからずっと張り詰めていた気が、一気に緩んだ気がした。
ポタリ、と。 箸を持った手の甲に、熱い雫が落ちた。
「えっ?」
自分でも気づかないうちに、視界が滲んでいた。 一度溢れた涙はもう止まらなかった。
俺は自分でも訳が分からない涙を抑えようとしながら、それでもボロボロと涙をこぼし続けた。
「えっ、ちょっ、ビャッコちゃん!?」
「どうしたの!? そんなにワサビ辛かった!?」
突然泣き出した俺に、ルミナとネオンが慌てふためく。
俺は慌てて袖口で涙を拭った。
「ち、違う……ごめん。あまりに美味しくて、びっくりして……」
それは、俺としての偽らざる本音だった。
俺の言葉に、二人は顔を見合わせた後、安堵したように表情を緩めた。
「もー、びっくりさせないでよー。でも、そんなに喜んでくれるなんて思わなかった」
「ふふ、そうね。店を選んだ甲斐があったわ」
二人の視線の先では、刺身を味わうように食べるビャッコの姿があった。
表情は動かないが、柳葉の耳が上下にピコピコと動いており、多分喜んでいるのだろうという様子がうかがえる。
「いっぱい食べなー! 今日はネオンちゃんのおごりだし!」
「あなたも払うのよ?」
「えー」
ネオンが優しく目を細め、ルミナが次々と注文を入れていく。
ああ、幸せだ。
ビールは飲めなかったが、この温かい空気だけで十分に酔えそうだ。
◆
宴もたけなわ。
空になったジョッキや皿が積み上がる頃、会話の内容は仕事の話からプライベートな話題へとシフトしていた。
「でさー、私思うんだよね。機械って正直じゃん?」
ルミナが頬を赤くしながら、クロレラ・ブロック(という名のほぼ枝豆)をつまむ。
「人間ってすぐ嘘つくし裏切るけど、機械は手入れした分だけちゃんと動いてくれるし、壊れても直せばまた動き出す。そこが可愛いんだよねぇ」
「ルミナらしいわね。だからあんな変な武器ばっかり作るのかしら」
「変じゃないし! ロマンだし!」
ルミナは上機嫌だ。
一方、冷酒をちびちび飲んでいたネオンの方はというと――。
「……だいたいねぇ、ビャッコは無茶しすぎなのよ」
少し目が据わっていた。
いつものクールな雰囲気はどこへやら、頬をほんのり染めて、俺の方をジッと見つめている。 いわゆる「絡み酒」モードだ。
「自分のスペック、理解してる? A.R.E.S.だかなんだか知らないけど、実年齢5歳で肉体年齢10歳くらいのくせに無茶しすぎなのよ」
「……A.R.E.S.が最適と示したとおりに行動してるけど」
「言い訳しない! いい? 上司が先に死んだら、部下の私が寝覚め悪いのよ。もっと自分を大事にしなさいよ……」
ネオンが俺の頬をムニムニと指でつつく。
指先が熱い。
(うわぁ……。前世では部下に説教する側だったのに、まさか年下の(外見年齢はもっと下だが)部下に説教される日が来るとは)
でも、不思議と嫌な気分ではなかった。
ただの「道具」としてではなく、一人の「仲間」として心配してくれているのが伝わってくるからだ。
「気を付ける。……ありがとう、ネオン」
「……ふん。わかればいいのよ、わかれば」
ネオンは照れ隠しのように視線を逸らし、また酒をあおった。
普段張り詰めている彼女も、こうして肩の力を抜ける場所が必要だったのかもしれない。
◆
「お会計お願いします」
楽しい時間はあっという間に過ぎた。
ロボット店員が持ってきた端末に表示された金額を見て、ネオンの動きが一瞬止まった。
「……あら、結構いったわね」
「あ、ごめん! 私、最後に『レインボー・パフェ(特大)』頼んじゃったせいかも」
「……ルミナが多めに払いなさいよ」
「そんなぁ」
そんなことを言いながらキャアキャア騒ぐ二人の様子を見ながら俺は固く誓うのだった。
(年下に奢られるのはちょっと居心地が悪い。ヒューマロットの給料なんて非常に少ないけど、ちゃんと貯金して次は絶対に俺が奢ろう)
店を出ると、夜風が火照った体に心地よかった。
上層区画の空気は、フィルターを通しているせいかスラムよりずっと澄んでいる。
「あー、美味しかった! 明日からまた頑張れそう!」
「飲みすぎたわ……明日は水だけで過ごすことになりそう」
「二人とも、今日は本当にありがとう。楽しかった」
三者三様の感想を言い合いながら、駅へと向かう。
ふと見上げると、林立するビルの谷間のそのずっと上に、本物の夜空が広がっていた。
地上の光にかき消されて星こそ見えないが、そこには確かに無限の闇と、冷たく澄んだ空気が存在している。
この街にあるものは、循環制御された空気も、合成された食べ物も、多くが人工的に調整されたものだ。
俺の体だってクローンだ。
でも。
「ほら、ビャッコちゃん早くー! 置いてくよー!」
「転ばないように気を付けなさいよ」
前を歩く二人が、振り返って俺を呼んでいる。
ルミナの屈託のない笑顔と、ネオンの少し呆れたような、でも優しい眼差し。
そこにある「温度」だけは、何よりも本物だった。
「……今行く!」
俺は小さく駆け出した。
コンクリートを蹴る足音は軽く、リズムに乗るように弾んでいる。
ただの上司と部下から、少しだけ「チーム」になれた夜。
この穏やかな日常を守るためなら、また少しくらい無茶をするのも悪くない。
俺たちは並んで歩き出す。
街の優しい光が、三人の影を長く、長く伸ばしていた。
次から第2章突入します




