第15話 鋼鉄の咆哮
「来るぞ!」
俺の警告と同時だった。
暗闇から飛び出した無数の影が、雪崩のように俺たちへ殺到する。
リミッターを解除された戦闘用ヒューマロットたちだ。その動きは獣そのもので、恐怖も躊躇いもない。
「援護するわ!」
最初に口火を切ったのはネオンだった。
彼女は流れるような動作でハンドガンを構え、先頭集団に向けて連射する。
ババン! バババン!
乾いた銃声がラボに響く。 だが――。
カンッ、キンッ!
「えっ?」
放たれた銃弾の大半は、素早いヒューマロットの動きを捉えきれずに虚空を切り裂き、運良く命中した数発も、狙ったかのようにサイバネ化された硬い装甲部分に弾かれた。
敵の勢いは全く止まらない。むしろ、銃声に刺激されて加速する。
「もう! ネオンちゃん射撃へたくそなんだから下がってて!」
ルミナが呆れたような悲鳴を上げる。
「うっ……し、射撃訓練の成績はBマイナスはとれたのに……」
ネオンは心外だと言わんばかりの顔をしたが、足手まといになっている自覚はあるのか、悲しそうに肩を落として後方のコンソール陰へと下がっていった。
「ネオンちゃんは私が守るから! ビャッコちゃん、暴れちゃって!」
ルミナが左腕のリングを展開し、青白いエネルギーシールドを展開する。
室内では爆発物が使えない。
彼女は右手にもった高電圧スタンロッドをバチバチと鳴らし、タックルしてくる敵を受け止めた。
その動きは際立ったものではなく、一撃で敵を昏倒させるといった真似はできないが、最低限自分たちの身を守れる程度の安定感はあった。
「了解! ……少し、派手に行くよ!」
グリップを握りしめると、生まれ変わったセラフィムの新モードが視界に表示される。
射程距離、威力、残弾数、その全てを理解する。
俺は『セラフィム・ヘキサウィング』のトリガーを絞った。 狙うは敵集団の中央。
引き金を引いた。
ドォォォォン!!
発射されたのは実弾ではない。 圧縮された空気の塊――『衝撃波』だ。
見えない巨人の拳に殴られたように、先頭の数人が吹き飛ばされ、後続を巻き込んで壁に激突する。
威力は絶大。だけど――、
「ぐぅ……!」
強烈な反動に腕が痺れる。
A.R.E.S.による反動制御があっても連発できそうにない。
だが、敵の数は多すぎるし待ってはくれない。
倒れた仲間の体を踏み台にして、次々と新たな個体が飛びかかってくる。
【警告:リコイル制御及びチャージに遅延発生。衝撃吸収限界を超過。連続射撃、非推奨】
(腕がめっちゃ痛いんだからわかってるよ!)
銃弾、ナイフ、高速振動する爪、鋼鉄の拳。
俺に次々と襲い掛かってくるそのことごとくを俺は間一髪躱していく。
隙を見ては通常の電磁スタンモードに切り替えて撃つが、動きの速く、やたらと頑丈な改造ヒューマロットには効率が悪い。
――特に、命を奪わないように気を付けているから。
「ニゲテ……コロシタクナイ……」
「タスケテ……イタイ……」
そんな悲鳴を上げながら襲い掛かってくる改造ヒューマロット達に俺はなんとか距離をとりつつ、奥歯を嚙み締めた。
「ああもう、やりづらい!」
そんな俺の様子に気づいたように、後方からネオンの叫び声が聞こえてきた。
「ビャッコ! 迷わないで! ――もう終わりにしてあげることも救いよ!」
ネオンは一貫して俺を含めたヒューマロットを人間扱いしている。
それくらい彼女は優しい人だ。
そんなネオンが「終わらせて」なんて言うくらいだから、今は危機的状況で、俺のことをよっぽど心配してくれているに違いない。
【自己の生命保存を優先。対象の速やかな殺傷を推奨します】
アレスの冷徹な声が頭の中に響き渡る。
たしかに、このセラフィムのモードの一つを使えばここにいる敵を跡形もなく消し去ることは可能かもしれない。
でも、――だからこそだ。
(俺は、全員助けるって、決めたんだ! 頑張ってくれた部下の信念を守らずに何が上司だ!)
俺は奥歯を噛み締め、A.R.E.S.にコマンドを送る。
「A.R.E.S.リミッター解除! 演算リソースを全て『武装解除』に回して!」
【神経系に深刻なダメージの恐れあり】
「いいからやって!」
【了解。マルチロックオン・システム起動】
視界が一瞬でモノクロに変わり、敵のサイバネの関節部分、そして武器を持つ手首だけに、無数の赤いターゲットマーカーが表示される。
脳が熱い。
迫りくる攻撃の数々をかわし移動。
その動いた際の敵の反応までも演算し、自分の体を最適な位置へ滑り込ませる。
やたら血液が全身に巡る感覚と鼓動が大きく感じられる。
行動予測の結果が出るまで、3、2,1,
(今だ――!)
その数、18箇所。
「二人とも伏せて!」
俺はセラフィムのモードを切り替えた。
装填されたのは、ルミナ特製の『ライトニング・チェイン』。
「――フルバースト!」
俺はトリガーを引き切った。
パァンッ!!
神がかった精密射撃。
放たれた特殊弾は、ターゲットサイトの先へ青白い光の粒子を引きずりながら正確に吸い込まれていく。
着弾した瞬間、青白い雷光が炸裂し、近くの敵へと次々に連鎖していく。
「ガガガッ!?」 「アガッ……!」
部屋中のヒューマロットたちが一斉に痙攣し、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちていく。
数秒前までの殺意の奔流が、一瞬で沈黙した。
【敵性反応、クリア。対象の完全活動停止を確認。――致死的損傷、なし】
「っ、はぁ……、はぁ……」
喉の奥からせり上がる熱い吐息が、制御できずに唇から漏れる。
膝の力が抜け、俺はガクンと崩れ落ちそうになる体を、セラフィムを杖にして辛うじて支えた。
ツゥ、と。 鼻から滑り落ちた温かい雫が、唇を濡らして顎先へと伝う。
口の中に広がる鉄錆の味。
A.R.E.S.との接続による過負荷が、脳髄を焼くような痺れとなって全身を蝕んでいた。
【警告:脳内負荷増大。休息を推奨】
「……あとちょっとだけ残業させて」
俺はニット帽とガスマスクを脱ぎ捨てると袖で乱暴に鼻血を拭い、ガイルを見上げた。
モニター越しのガイルは、俺の顔を見て「ヒューマロット……!?」と驚いている。
俺はそんな顔を見ながら冷徹に言い放った。
「もうおしまい。今すぐ出てこないと手加減しないよ」
「マ、マーガリン野郎一体にむざむざやられるなんて、使えねぇ奴らだ……! どんなにいじっても所詮、ゴミはゴミってことか!!」
スピーカーから、ガイルの怒号が響き渡る。
先ほどまでの余裕ぶった態度は消え失せ、焦りと苛立ちがむき出しになっていた。
『ええい、もういい! 貴様らは俺が直々にスクラップにしてやる!』
ズズズズズ……ッ!
ラボの奥、搬入用の巨大ゲートが重々しい音を立てて開放される。
そこから現れたのは、見上げるごとき鋼鉄の巨躯だった。
「嘘……パワーローダー!?」
ルミナが悲鳴を上げる。
本来は資材運搬用に使われる産業用強化外骨格。それがパワーローダーだ。
だが、目の前のそれは明らかに戦闘用に違法改造されていた。
黄色と黒の警戒色に塗られた装甲は分厚く補強され、右腕には巨大なドリル、左腕には瓦礫粉砕用のクローが装備されている。
その姿は、まさに動く要塞だった。
無骨なフレームには、趣味の悪い赤いペイントで『KING GUILE』と殴り書きされ、肩部には作業用ライトがギラギラと威圧的に輝いている。
本来なら建築資材を運ぶためのパワーショベル並の出力を持つ怪物が、狭いラボの中で暴れ回ろうとしているのだ。
これほどの閉鎖空間で対峙する恐怖は、戦車と向き合うそれに等しい。
「どうだ? 美しいだろ? こいつの出力は通常機の三倍! 装甲は対爆仕様だ! 貴様らのような貧弱なヒューマロットとは『格』が違うんだよ!」
スピーカーから割れんばかりの大音量でガイルの自慢話が響く。
自分の力を誇示するようなその改造は、彼の肥大化した自己顕示欲そのものに見えた。
そのコクピットには、血走った目で操縦桿を握るガイルの姿があった。
「俺の『聖域』を荒らした罪、その体で償ってもらうぞ!」
ガイルが操縦桿を倒すと、パワーローダーが鈍重な見た目に反して凄まじい速度で突進してきた。
油圧シリンダーが唸りを上げ、巨大なクローが俺たちに迫る。
「危ない!」
俺はとっさにルミナを突き飛ばし、バックステップで回避する。
ブンッ!!
鼻先数センチを、鉄の塊が風切り音と共に通過する。
直撃すれば、俺の体などトマトのように弾け飛ぶだろう。
「くそっ、図体の割に速い!」
俺は着地と同時にセラフィムを構え、数発撃ち込んだ。 だが――。
バリッ! バリッ!
放ったスタン弾は、強化された装甲に当たり、火花を散らして無力に弾かれた。
「ハハハ! 蚊ほども効かんわ! その豆鉄砲で俺の『王』に傷がつくと思ったか!?」
ガイルが狂ったように笑いながら、再び操縦桿を倒す。
巨大なドリルが唸りを上げ、周囲の器材や柱をバターのように粉砕しながら迫ってくる。
俺は壁を蹴り、天井の配管にぶら下がって回避するが、ガイルは止まらない。
「チョコマカと逃げるな!」
ドゴォォォォン!!
アームの一撃が、俺が捕まっていた配管ごと壁を抉り取る。
瓦礫と粉塵が舞う中、俺は受け身も取れずに床へと転がった。
圧倒的だ。 技量やスピードでどうにかなる相手じゃない。 まともにやり合えば、確実にすり潰される。
直後、俺がいた場所のコンクリート床が、クローの一撃で紙のように抉り取られた。
「ハハハ! もう逃げ場はないぞ!」
ブンッ!
横薙ぎに振るわれたアームが、俺の体をわずかに捉える。
咄嗟に衝撃を逃すように後ろにジャンプしつつセラフィムを盾にしたが、トラックに撥ねられたような衝撃が全身を駆け巡った。
「がはっ……!」
俺の体はボールのように吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
視界がぐらりと歪む。
肺の中の空気が強制的に吐き出され、咳き込むと同時に、また鼻血が溢れ出した。
【警告:バイタル・ロス増大。右腕の筋肉断裂および神経系に深刻なエラー】
アレスが激しくアラートを鳴らすが、それに反応する余裕はない。
「ビャッコちゃん!」
「くっ……大、丈夫……!」
立ち上がろうとするが、足が地面についている感覚がない。
肺が破れたふいごのようにヒューヒューと鳴り、酸素よりも先に絶望感が脳を支配する。
インパクト・キャノンも、チェイン・スタンも、あの怪物には通用しない。
視界が赤黒く明滅する。
俺は感覚の消えかけた指を、自身の血で滑るグリップに這わせ、最後のモードに切り替えようとして――。
「終わりだ、マーガリン野郎!」
ガイルが勝ち誇った笑みを浮かべ、パワーローダーの右腕――巨大なドリルを回転させながら俺に狙いを定めた。
回避も、迎撃も間に合わない。
キュイイイイイイン!という高周波音が鼓膜を劈く。
(しまっ――)
俺が死を覚悟した、その瞬間だった。
ピタリ。
目前まで迫っていたドリルが、突如として回転を止め、振り上げられたアームが空中で凍りついた。
「……あ?」
コクピットのガイルが、何が起きたのかわからずにレバーをガチャガチャと動かす。
「動け……おい、どうした! 動けよ!」
だが、パワーローダーは沈黙したままだ。
まるで魂が抜けたかのように、ピクリともしない。
「……ふぅ。お待たせ」
静まり返ったラボに、涼やかな声が響いた。
瓦礫の陰から、ネオンがゆっくりと姿を現す。
彼女は手に持った端末をパタンと閉じると、勝ち誇ったようにニヤリと笑った。
「その機体の制御OS、更新サボってたでしょ? セキュリティホールだらけだったわよ」
彼女はただ隠れていたわけじゃない。
俺が時間を稼いでいる間に、この鉄の巨人のシステムに侵入し、制御権を乗っ取ったのだ。
それはまさにプロの仕事だった。
「な、なんだと……!? 俺の特注機が!」
「動かない鉄屑なんて、ただの棺桶よ」
ネオンが冷ややかに告げると、ガイルは顔面を蒼白にして、震える手でキャノピーをこじ開けた。
「ひ、ひぃ……! クソッ、クソッ!」
ガイルは蜘蛛のような無様な動きでコクピットから這い出すと、そのまま地面へと転がり落ちた。
戦意など微塵もない。あるのは保身のみだ。
「い、いいのか! 俺を捕まえるなら、この施設を自爆させてやる! ここに住んでる貧民どもごと、木端微塵になあ!」
ガイルが懐から起爆スイッチのような端末を取り出し、親指をかける。
だが、ネオンは呆れたように肩をすくめただけだった。
「そっちも解除済みよ。……パスワードが『password』だなんて、舐めてるとしか思えないものだったから楽勝だったわ」
「な、なにぃ!?」
「セキュリティへの意識、低すぎなんじゃない?」
最後の切り札さえ潰されたガイルは、「ヒィッ!」と悲鳴を上げ、脱兎のごとく搬入ゲートの方へと走り出した。
「お、覚えてろ! 俺にはバックが……」
逃がすか。俺は追いかけようとしたが、足がもつれて動かない。
その時、俺の横を小さな影が疾風のように駆け抜けた。
ルミナだ。彼女は走りながらライフル型のランチャーを構えると、逃走するガイルに狙いを定めた。
「逃がさないよ!」
ルミナは走りながらランチャーを構えると、逃走するガイルに狙いを定め、迷わずトリガーを引いた。
ポンッ!
軽快な発射音と共に放たれたのは、対暴徒鎮圧用の『催涙弾』だ。
垂直に飛んだ弾丸が、ガイルの足元――いや、背中に直撃した。
ボシュゥッ!
「ぐべあぁっ!?」
直撃の衝撃で前のめりに転倒したガイルを、即座に白煙が包み込む。
高濃度の催涙ガスだ。
「め、目がぁ! 鼻がぁぁぁ! 痛い、痛いぃぃ!」
ガイルが顔を覆い、鼻水と涙にまみれてのたうち回る。
そこへガスマスクを装着しながら追いついたルミナが、容赦なくスタンロッドを振り上げた。
「大人しくしなさい! 公務執行妨害と、えーと、その他諸々の罪で逮捕するから!」
ドゴォッ!
「あ、ぅ……」
ルミナの強烈な一撃が脳天に決まり、ガイルは白目を剥いて沈黙した。
今度こそ、完全な決着だ。
「……はは、やるなぁ……」
俺はその光景を見届けると、張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れた。
全身の筋肉が悲鳴を上げ、視界が急速に暗くなっていく。
俺はパワーローダーの足元に、崩れ落ちるように倒れ込んだ。
「ビャッコ!」
遠くで誰かの叫び声が聞こえた気がした。 すぐに駆け寄ってくる足音。
体が抱き起こされ、柔らかい感触に包まれる。
「しっかりして! ビャッコ、ねえ!」
薄れゆく視界の中、俺を覗き込むネオンの顔が見えた。
いつもクールで、澄ましていた彼女の瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出している、気がした。
「大丈夫だから、……お姉ちゃん――」
だから、泣かないでくれよ、と言おうとしたが、喉が引きつって声が出ない。
でも、不思議と悪い気分ではなかった。
俺は彼女の涙と、その温かさを感じながら、深い闇の中へと落ちていった。




