第13話 偽りの聖域
「さあ、着いたぞ。ここが俺たちの『ホーム』、保護シェルターだ」
自警団のリーダー――男の名はガイルといった――が、誇らしげに両手を広げた。
案内されたのは、スラムのさらに深部。
廃棄された広大な化学プラントの一角を、高いフェンスと有刺鉄線で囲い込んだ要塞のような場所だった。
「す、すごい……。工場を改造したんですか?」
ネオンが感心したように声を上げる。
演技ではない部分もあるだろう。
外見はただのボロ工場だが、ゲートの開閉システムや、フェンス上部に設置された監視カメラのレンズは、明らかにスラムのジャンク品レベルを超えている。
「ああ。俺たちと同じように、ヒューマロットに職を奪われた技術者崩れもいてね。そいつらが手直ししたのさ」
ガイルは笑いながら、重厚な鉄扉を開けた。
「入れよ。ここの名前は『聖域』。あの狂った人形どもに怯える必要はない」
俺たちは顔を見合わせ、怯えたふりを続けながら、その鉄の顎の中へと足を踏み入れた。
◆
施設の中は、奇妙なほど整然としていた。
元々ラインが走っていたであろう広いホールは、居住スペースとして区切られ、多くの人々が生活していた。
薄汚れた服を着た老人、痩せこけた子供、そして怪我をした男たち。
一見すれば、スラムによくある貧民救済施設だ。
だが、俺たちの目は誤魔化されない。
「……ねえ、ビャッコちゃん」
ルミナが俺の背中に隠れるふりをして、耳元で囁く。
「空調の音が静かすぎる。あれ、安定防衛機構の施設とかで使われる『サイレント・ダクト』だよ。それに無造作にぶら下がってる配線も超電導パワーラインだし」
「うん、すごいよね」
当然、俺はなにがどうすごいのか理解していない。
俺は頷きながら素早くアレスにwikiを調べてもらう。
(超電導パワーライン……。極めてロスの少ない高度規格の送電線か。高価なため、大規模なハイテク工場とかしか使われないのか)
【スラムの電力は基本的に盗電か、不安定な旧式ジェネレーターが多かったです。これほどの施設はこれまで確認されていません】
(こりゃあ相当太いバックがついてるんだろうな……。アレスありがとう!)
【どういたしまして】
そんな会話を脳内でしていると、見るからに住所不定無職といった姿の人たちがこちらに向かって手を振ってきた。
「ようこそ、お客さん!」
「大変だったな、腹減ったろ?」
そんなことを言いながら、保護シェルターの住人たちが、俺たちを見て人懐っこい笑顔を向けてくる。
彼らの笑顔に嘘はないように見える。
おそらく、彼らは本当にここを「救済の場」だと信じているのだ。
彼らを守っている「力」の源泉が、あの血塗られたマッチポンプであることも知らずに。
俺たちはガイルの案内で施設の中を歩いて行き、そして、ある程度の広さがある部屋に通された。
そこには、炊き出しの途中だったのか列を作る人たちは湯気を立てるトレイを持って、長机で思い思いに食事をとっている。
ヒューマロット寮のような清潔さはないが、逆に人間らしい猥雑さを感じられる空間だった。
「さあ、まずは腹ごしらえだ。今日は特製のシチューだぞ」
ガイルが食堂の長テーブルに俺たちを座らせ、湯気の立つボウルを運んできてくれた。
とりあえず素直に受け取った俺はそれを覗き込んで呟く。
「……なにこれ」
ネオンはボウルの中をスプーンですくいながら言った。
「シルクワームと成形野菜のスープね。こういった場所にしてはいいものを食べてるわ」
「そうなの?」
俺は白くプニプニとした芋虫をスプーンにすくって眺める。
前世では虫を食べる地域にいなかったので正直抵抗があるなぁ。
「どうしたの? ビャッコちゃん食べないの?」
「……こんなの、食べたことない」
と俺が言うと二人が不思議そうな顔をしてこちらを見る。
「そういえばいつも昼食はワークサポートミール食べてたね」
「ヒューマロットだから食べれない、なんてことはないわよね?」
二人が小声で尋ねてきた。
俺は素直に言えば虫が食べれないのだが、いい年した大人が好き嫌いしているというのもなんだか申し訳ない。
でも、隠し事ができる状況ではないので正直に言うことにしよう。
「私、こういう(虫が入った)食事は(少なくとも前世の記憶が戻って以降は)したことがない。だから、どのように(この虫を)食べてたらいいかわからない」
その言葉を聞いたルミナとネオンがかわいそうなものを見る目でこちらを見る。
「(……ネオンちゃん。この子、食の喜びというものを知らないっぽいよ)」
「(……ええ、この任務が終わったらおいしいものを食べに連れて行きましょう)」
小声でよく聞こえないが、俺の評価が下がっている気がする。
やめてくれ。女子のこっちを見ながらひそひそ話は俺にきくんだ。
「とりあえず、こうやって普通に食べればいいよ」
ルミナが無邪気にスプーンを手に取る。
俺もナイフを持った敵に立ち向かうくらいの覚悟でそれに続こうとして――止まった。
『警告:対象物に微量な化学物質を検知』
『成分:合成オキシトシン類似成分、および被暗示性亢進剤』
A.R.E.S.の警告ウィンドウが視界に赤く点滅する。
毒ではない。だが、思考を鈍らせ、抵抗を奪うための薬だ。
「保護した人間」を管理しやすくするための措置だろう。
俺はテーブルの下で、ネオンとルミナの足を軽く蹴った。
二人がピクリと反応し、俺の方を見る。
俺はスプーンを持ったまま、わずかに首を横に振った。
(なんか入ってる)
その合図だけで、二人は即座に理解したようだ。
「……うっ」
ネオンが突然、口元を押さえて俯いた。
その様子に気づいたガイルが怪訝な表情をする。
「どうした、姉ちゃん?」
「す、すみません……さっきの光景を思い出してしまって……胸が……」
ネオンの迫真の演技。
それを見て、俺も「お姉ちゃん、大丈夫? 背中さするね」とスプーンを置く。
図らずも虫を回避できてラッキー。
「おっと、無理強いはいけねえな。ショックだったろうし、部屋で休むか?」
ガイルはそれを疑う様子もなく、心配そうな顔を作った。
「はい……ありがとうございます。でもその前に、依頼主の方に連絡だけさせてもらえませんか? 心配していると思うので」
「連絡? ここは電波が悪いぞ」
「テキストメッセージだけでも送れれば。……報酬の件もありますし」
ネオンが「金」という単語を出すと、ガイルの目の色がわずかに変わった。
「なるほど、仕事熱心だな。……いいだろう、通信室の回線を貸してやる。ただし、長話はナシだぞ」
「感謝します」
ネオンは俺たちに目配せをし、ガイルについて行った。
ただの連絡で終わるはずがない。
回線を借りたついでに、この施設の情報くらいは抜いてくるだろう。
◆
俺とルミナは、あてがわれた個室――元は倉庫だった狭い部屋に通された。
鍵こそかかっていないが、ドアの外には見張りらしき人間が通過している気配がある。
「……ちょっと待ってて」
そういってルミナはリュックから、掌サイズの小さな装置を取り出し、部屋の中央に置いた。
スイッチを入れると、ジジジ……と、まるで蝉の鳴き声のような微細な電子音が響き始めた。
「携帯用広帯域ジャマー『シケイダ』。 この音が鳴っている間、半径数メートル以内の会話は、外部にはただのノイズとしてしか拾われないよ。……ふぅ、疲れたー」
ルミナがベッド代わりの粗末なマットにダイブする。
「ビャッコちゃん、鼻血は止まった?」
「うん。A.R.E.S.のクールダウンも済んだ」
俺は袖の血痕を隠しながら答える。
まだ頭の芯に鈍い痛みが残っているが、戦闘に支障はないレベルだ。
「それにしても、真っ黒だったね、ここ」
ルミナが天井を見上げて呟く。
「ハイグレードの設備に、食事への薬物混入……」
「うん。ただの自警団じゃない」
俺は確信を持って言った。
「ネオンが言っていたけど、ここは過激派反ヒューマロット団体『人類純化連盟』のアジトらしいよ」
「『人類純化連盟』? ここらへんの管区では活動してたって聞かないけど、昔事件も起こしてたところじゃなかったっけ?」
「……そうみたいだね。SNSへのリークがあったことも考えると、動機は十分」
そこへ、外部との「連絡」を終えたネオンが戻ってきた。 彼女はドアを閉めると、シケイダの効果範囲内に入り、小さく息を吐いた。
「終わったわ。さすがに治安維持部隊にメッセージは送れなかったからダミーメッセージを適当な宛先に送るに留めておいたけど、施設のことは調べておいたわよ」
「それで、どうだった?」
「……ビンゴ。ここのデータ、厳重に偽装されてたけど、探っていったらヒューマロットの違法改造ラボと思しき施設のデータがあったわ」
「違法改造……」
当然ながら、いくらクローンといってもヒューマロットに犯罪行為をさせるように改造することはそれ自体が重大な違法行為だ。
サクラデバイスコーポレーションの権威にたてつく行為に等しい。
だから、ヒューマロットの電脳には改造できないように幾重にも渡るファイアウォールが張り巡らせられているはずなのだが、それをこの組織は突破して見せたわけだ。
「自作自演でヒューマロットの危険性を煽り、自分たちの思想を浸透させる。……実にわかりやすい構図ね」
ネオンの声は冷ややかだった。
彼女は端末を取り出し、画面を俺たちに見せる。
「でも一つだけ気になるんだけど」
ルミナが天井のハイテク設備を見上げながら言う。
「この組織の思想はわかったけど、この設備を買う『お金』はどこから出てるの? 闇組織がクラファンしてるなんてことないだろうし」
「……ええ。おそらく、彼らを支援しているスポンサーがいるはずよ」
ネオンが鋭い目を向けた。
「ヒューマロットが暴走して、世の中が不安定になればなるほど利益を得る、どこかの誰かがね。……今回のデータを押さえれば、その尻尾も掴めるかもしれない」
俺たちは顔を見合わせてこくりと頷いた。
「夜になったら動こう」
俺は二人に言った。
「皆が寝静まった頃を見計らって、ラボ区画へ潜入する」
ネオンは端末を握りしめながら力強くうなずいた。
「了解。……このふざけた実験のデータ、全部いただきましょう」
シケイダの電子音が、開戦の合図のようにジジジと鳴り続けていた。




