色を還す、パステルの刃(3)
路地裏の空気は、儀式の光が溶けた後も、どこか柔らかく澄んでいた。
地面に横たわっていた青年が、小さく咳き込みながら目を開ける。
頬には戻ったばかりの血色がほんのり宿っていた。
「……ここは……?」
私は慌てて膝をついて覗き込む。
「大丈夫? 気分はどう?」
青年はぼんやりと私の顔を見て、少し言葉を探すように口を開閉させたあと、かすかに笑った。
「……俺……また、泣ける……んだな……」
胸の奥がじんわり熱くなる。
彼の瞳には、確かに色が戻っていた。
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ふらつきながら彼は私の手を借りて立つ。
「お気をつけて……まだ、体が……」
「ありがとう……俺……ブランクに捕まって……」
青年の声が途切れがちに震える。
「“色”を……全部、抜かれた。何にも感じなくなって……怖いってことすら思えなくなって……」
彼の手が自分の胸をぎゅっと握った。
「白い奴ら……全部……俺の妹まで連れてった……街ごと……」
私は唇を噛んだ。
湊と烈も無言で聞いている。
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青年は私をまっすぐ見て、弱々しく頭を下げた。
「……ありがとう。色を戻してくれて……ありがとう……」
頬を伝った涙が、確かに人間の色だった。
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「……私、もっと取り戻すから。」
私は笑った。
「全部、奪わせないから。」
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青年は小さく頷き、ふらりと路地の出口へ向かった。
消えゆく背中を見送りながら、烈が手を組んで背を伸ばした。
「さぁてと! 次はどこや! さっさと行こうぜ! 先手必勝やろ!」
「お前が突っ込んだらまた吹っ飛ぶだけだ。」
湊が額に指を当てて冷ややかに吐き捨てる。
「今回は西区の倉庫街だ。人がまとめて拘束されてるって情報がある。」
「はあ? 東の工場跡地が先やろ! あっちは怪物の濃度が高いんやぞ! 先に潰す方が効率ええ!」
「黙れ火力馬鹿。作戦行動の意味を理解しろ。」
「おう言ったなメガネ野郎! だったらお前ひとりでやってみろや!」
「言われなくてもお前の世話がなければもっと楽――」
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バキィッ!!
烈と湊の背後で、何かが小さく鳴った。
二人は言い合いながら振り返る。
そこには、にこやかに笑いながら両腕を組む私の姿があった。
「……二人とも。」
「「……はい……。」」
私は笑顔のまま、片手で烈の肩を軽く押す。
烈の肩がめりっと音を立てる。
「ひいッ……!? はい、すみません!」
次に、湊の肩口をむんずと掴む。
「……湊も。」
「……はい……。」
私の小さな手のひらは華奢だけど、二人ともわかっている。
このまま力を入れたら二人とも軽く路地の壁に叩きつけられるってことを。
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私はにっこり笑ったまま、パレットをパチンと閉じる。
「じゃあ――西区に行こう。」
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暗がりの奥、屋根の上。
黒い影が小さく息を吐いた。
(……変わってねぇな。混ざれば混ざるほど、あの子は強くなる。)
フードの奥で、夜凪がわずかに口元を歪めた。
路地の向こう、私たちの行く先を見つめる黒い瞳が、静かに夜に溶けていった。




