色を還す、パステルの刃(1)
夜の町に、色が消えていく音がした。
街灯の光がゆらりと滲んで、次の瞬間には真っ白な靄に溶けたように消える。
まるで誰かが絵筆でこの世界の色を拭い取っているみたいに、暗い路地裏の壁から、看板から、人の声から――色が抜けていく。
私はコンパクトを握りしめた。
小さな銀のパレット。開けると、赤、青、緑、黄、黒の五つの色が収まっている。
けれど、私の色はどれも淡くて、ほとんど白に近い。
「……もう、間に合わないかもしれない……」
かすれた声が漏れる。
目の前に立つのは、色を奪われた人の成れの果て――“ブランク”。
真っ白な獣のような形をしていて、所々にまだ剥き出しの“色”が血管のように脈打っている。
あの色を取り戻さないと、誰かがずっと帰ってこない。
足元で、筆を構える。
私の武器――絵筆のような形をした、色を塗るための刃。
そのとき、背後から声がした。
「遅いぞ、彩葉。先に色を取られるとこだったじゃないか」
振り返れば、藍原湊がメガネの奥の目で私を睨んでいた。
青の色を纏った筆先が、夜気に揺れている。
「湊……来てくれたんだ」
「お前だけじゃ足りないだろ。ほら、混ぜろ。終わらせるぞ。」
私は頷いて、震える手でパレットを開いた。
湊の青と、私の淡い青――混ぜ合わせれば、もっと強い“青”になる。
「――ブレンド、開始。」
私は息を吸い込む。
この色を、取り戻すために。
真っ白な怪物が咆哮を上げた。
夜の町に、色が戻るか、すべて消えるか――私の戦いが始まる。




