表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君に紡ぐ言葉  作者:
8/16

活躍

実業団に入って2年目、丈瑠は全日本に招集された。正セッターとして異例の抜擢を受けた丈瑠の生活は一変して多忙を極め、雪は雪でユースと部活、そして大河が雪専属で雇ったトレーナーとのトレーニングに追われ、2人が会える事は少なかった。丈瑠が葛城真知子という女性に出会ったのはこの時だ。

丈瑠が華々しく全日本デビューを飾ると、丈瑠のルックスと、その鍛えられた躰に女性ファンが急増し、会場には女性ファンが詰め掛ける。決して女性に優しいとは言い難い丈瑠の無愛想ささえ、女性ファンにとっては堪らない魅力として映るのかその勢いは増すばかりだ。それを好機とばかりに、企業もバレーボール協会もポスターやカレンダー、あまつは全日本の写真集まで企画し始めた。丈瑠は昔から騒がれる事には慣れていたが、これまでとは比べ物にならない規模のファンが、自分を眺め回す視線に身の危険すら感じていた。だが、会社命令を断れるはずもなく、渋々と写真集の撮影の為にスタジオを訪れる。その時のカメラマンが真知子だった。

(へぇ、綺麗な女)

それが第一印象。

真知子は美人の類だったが、あまり自分を飾る事に感心がなく、それよりもファインダーを覗く方が楽しいといった女だった。

「月島君って彼女居ないの?」

先にアプローチを始めたのは真知子だ。丈瑠は自分の生活が忙しすぎて、真知子の誘いをのらりくらりと躱していたが、真知子は丈瑠の負担になる程のしつこさもなく、それでいて時々思い出した様に連絡を寄越した。その距離感が丈瑠には丁度良かった。付き合う様になっても、2人のそうした距離感は変わらず、丈瑠がバレーにかまけていても真知子は文句を言う事もなく、また丈瑠も真知子が写真の為にフラリと居なくなっても真知子の好きな様にさせていた。付き合ってもうすぐ1年という位に、2人は夫婦となった。


その翌年の2月。雪は春高で連勝し、その名前を全国に轟かせる。丈瑠は雪の活躍を観に行きたかったが、丈瑠が表に出る事で会場が混乱するからと止められ、仕方なくその様子でテレビで観戦した。決勝戦、逆転を許した雪が豪快なスパイクを叩き込むと、サーブに下がった。サーブはエンドラインぎりぎりを抉る様に突き刺さり、迎えたマッチポイント。雪の手がボールを掴み、それを前に出す。人差し指でボールを叩くと、雪の視線が一瞬会場に移った。丈瑠には雪が何を見たのかがすぐに分かってテレビに向かって笑う。相手のリベロが何とか上げたボールは、そのまま雪達のコートへ入り、雪は最後の1球を渾身のバックアタックでゲームを終わらせた。

雪の春高での活躍はバレー界では類を見ない程の盛り上がりを見せ、雪はその後卒業と同時に丈瑠と同じ実業団入りを果たした。藤崎大河は進学を希望していたが、雪は早く大河から離れたかったのだろう、雪があからさまに大河に逆らったのはこの時が初めてだ。雪の就職を祝って久し振りに連絡を入れると、雪は嬉しそうに会いたいと言った。ただ、この日は2人だけがいいと言った雪の言葉に引っかかりを覚えながらも丈瑠は雪と会った。


流石に顔が知られている2人が無防備に食事が出来る訳もなく、会社と契約のある料亭へ行く事にする。この料亭はチームもよく訪れており、専用の個室があるので、2人は気楽に食事が出来た。

「まずは春高優勝、それと就職おめでとう」

「あざっす」

2人でグラスで傾ける。烏龍茶とオレンジジュースという締まらない乾杯だったが、久し振りの雪の笑顔に丈瑠は満足だった。

「秋も連れてくりゃ良かったじゃん」

丈瑠が秋の名前を出すと、雪の顔が曇る。

「喧嘩でもしたんか?あ・・・まさか」

「別れてないっす」

雪が即答する。

「じゃ、やっぱり喧嘩か?」

雪は深呼吸をすると、思い切った様に口を開いた。

「結婚しようと思って」

丈瑠は雪の言葉に、口に含んでいた烏龍茶を吹き出した。

「早いだろ!?いくら何でも!」

雪の顔は真剣だったが、丈瑠はなぜ雪がそんなにも急ぐのかが分からなかった。

「何でそんなに急ぐ?秋にはもう言ったのか?」

「秋にはまだ言ってません・・でも、心配なんです・・」

雪の不安気な口調に、丈瑠はピンと来た。

「大河か?」

雪は丈瑠に視線を合わせると、小さく頷いた。

「あいつ、元々俺達の事反対してたんです。秋に酷い言葉を吐いた事もあります・・俺、早くあいつから離れたくて、あいつが希望していた大学を蹴ってこの実業団に入りました。あいつ、それを秋のせいだと思ってるんです・・」

「秋に何かしたんか?」

雪がゆっくり視線を落としたので、丈瑠は胸がざわつくのを感じた。

「秋、幼い頃に両親とも亡くしてて、ずっと施設で育ったんです・・それを、あいつは・・秋の事、金が目当てなんだろうって、秋に金を渡そうとしたんです」

「手切れ金のつもりかよ・・秋は?」

雪はイタズラな顔でニヤリと笑った。

「大河の顔に叩きつけてました」

丈瑠は声を上げて笑った。

「あいつ、見た目と違って凶暴だからなぁ」

丈瑠の言葉に雪も笑う。が、すぐに真顔に戻った。

「俺、あいつが秋に何かするんじゃないかって心配なんです。自分の思い通りにならないと何をするか分からない男だから・・」

「結婚すれば解決するのか?」

「分かりません・・でも、2人で一緒に居る事は出来る。それに、秋は協会の分析センターに内定が決まってるんです」

丈瑠は秋の進路を聞いて天職だと思った。

「秋がアナリストか、そりゃ心強いなぁ。・・そうだな、これだけ俺達の世界に囲まれてたら、大河は秋に手を出しにくいだろうな」

「家も当分の間は社宅に入ろうと思ってるんで・・・」

丈瑠達の実業団には、家庭向けの社宅がある。チームの何人かもそこに住んでいたし、丈瑠と真知子もそうだ。社宅に入るには結婚している事が第一条件だ。それ故の結婚だったのかと丈瑠は思った。

「プロポーズすんの?」

丈瑠がニヤリと笑うと、雪は途端に不安そうな顔を丈瑠に向けた。

「守りは磐石なんですけど・・秋が何て言うか・・もし断られたらって考えると、ちょっと怖いんですよね・・・」

コートの中でも見せない弱気な姿を、秋の為に晒す雪が可愛いと思う。

「秋は喜ぶんじゃねぇか?」

「・・・丈瑠さんとしばらく会わない間に、また一段と強くなりましたよ・・」

「こりゃ、完全に尻に敷かれるなぁ」

丈瑠はそんな雪が想像出来て、腹を抱えて笑った。


この時の言葉通り、雪は卒業と同時に秋と入籍し、社宅での生活を始めた。結婚式も、披露宴もない、紙切れ一枚だけの結婚だったが、幸せそうに笑う2人を見ると丈瑠も幸せな気持ちになれた。

そんな2人の元へ大河が訪ねて来たのは、社宅に越して1週間にもならない内だ。凄い剣幕で怒鳴り散らす大河に、丈瑠は何かあったらすぐに飛び込んで行ける様に、雪の家の玄関前で待機していた。しばらくして玄関から怒った顔の大河が出て来ると、玄関の横に寄り掛かっていた丈瑠と目が合って、2人は静かに睨み合ったが、大河は丈瑠に言葉を掛けるでもなく帰って行く。

「大丈夫か?」

丈瑠が玄関から声を掛けると、怒りで目が据わっている雪が出て来て、2人は社宅の屋上へと場所を移した。

「何しに来たんだ、あいつ」

「結婚を白紙に戻せって言いに・・断ったら、許してやる代わりに子供が出来たら自分に子供を渡せって言いやがった!」

雪が怒りに任せて手摺を乱暴に殴ると、丈瑠も大河の胸糞悪さに吐き気がした。

「それも断ったら、今度はより優秀な遺伝子を残す為に種馬になれって!俺はあいつのモルモットじゃねぇ!あんな奴、死ねばいい!」

激情のままに叫ぶ雪に、丈瑠も切なくなる。異常なまでの執着心。それが本物だと分かっているだけに、ただの脅しだけではないと2人にも分かっている。だが、幸いにもこの早すぎる結婚に会社が危惧を示した事で大河の目論見は肩透かしを食う事になった。会社サイドとしては2人の結婚に反対という訳でもなかったが、2人が若すぎる事、雪の人気、バレー界の盛り上がりを考慮して2人の結婚を周囲に公表しない方向で頼みに来たのだ。大河の事を懸念していた雪と秋にとっても会社のこの依頼は願ってもない事だった。2人も子供が出来ても一切外部に口外しない事を条件に、それを了承した。


その後の生活は本当に穏やかだった。丈瑠と雪を獲得したチームはVリーグでも負けなしだったし、雪が史上最年少で全日本に招集された後も2人を軸として構成されたチームは今までにない快挙を見せ、なみいる強豪国を寄せ付けない程の強さを見せた。そして、秋と真知子が同じ時期に子供を授かると、父親としての責任感からか、2人の見せるコンビもより精度を増していった。全てが順調だった。怖い位に・・・・。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ