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君に紡ぐ言葉  作者:
7/16

第二章 ~丈瑠~ 雪

丈瑠と雪が初めて出会ったのは、雪が中3、丈瑠が高2の夏の終わりの時だった。U-20に招集された中に雪は居た。中3にして180を超える背丈に、人目を引く甘いマスク。イタリアと日本のハーフという事もあってか薄茶色の瞳が余計にその整った顔立ちを引き立たせていたが、丈瑠はそれよりも雪の射抜く様な鋭い眼差しの方が印象的だった。

「いくらバレー人気が落ちてるからって、顔で選んだらダメだろ」

同じ様に雪を初めて見た先輩がそう言ったのが聞こえたが、丈瑠にとってはどうでもいい事だ。ユースのメンバーは主に大学生や高校生で構成され、そこに雪の出番があるとは思っていない。それに、丈瑠の苛立ちは違う所に向いていた。この苛立ちは、中学である程度名前が知られて来た時から続いている。学校の部活でも、ユースでも、丈瑠のセッターとしての立ち位置は変わらない。ゲームを組立て、アタッカーに最良のトスを上げる能力は天賦の才と言ってもいい程、丈瑠は突出していた。だが、それ故の孤独が丈瑠についてまわる。自分が相手に合わせる事は出来る。それはセッターとして一番に要求される事なのは、丈瑠にも分かっていた。丈瑠の苛立ちの理由は、自分がどんなにいいトスを上げても、どんなにいいゲームメイクをしても、それを決め切れるだけの絶対的エースの欠乏だった。初めてユースに招集された時から、丈瑠は自分と対になれるエースを捜し続けている。


初めはただの好奇心。お綺麗な顔した年下の中学生が、どんなプレーを見せるのか見てみたい、それだけだった。

「トス上げてやろうか?」

まだ誰も来て居ない体育館で、自主連をしていた雪に声を掛けると、

「お願いします」

雪は嬉しそうに笑って頭を下げた。男の丈瑠でも思わず笑顔になる屈託のない笑顔に、丈瑠は雪の素直な性格を感じた。

「普通のオープン、ちょい高め」

背丈の高い雪に合わせた高めのトスを上げると、丈瑠は雪の打点の高さに驚いた。

(どんだけ跳んでんだよ・・)

丈瑠の胸に熱くなる様なワクワクした気持ちが込み上げる。その後も、色々な種類のトスを器用に打ち抜く雪に、丈瑠は夢中になってトスを上げた。長い滞空時間、振り下ろすスイングの速さ、とても未完成の中学生とは思えなかった。

(見つけた!!)

丈瑠はそう思った。

雪が招集されて、たった3日でコートのメンバーが入れ替えられた。それでも文句を言う者は誰も居ない。皆が雪の実力に一目置いたからだ。

雪とのコンビは、丈瑠を長年の苛立ちから解放した。雪がどんなトスを欲しがっているのか丈瑠は瞬時に理解し、雪もまた丈瑠の視線1つでどこに動いて欲しいのかを理解する。2人はコートの外でも兄弟の様に仲が良かった。

「お前、どこの高校行くか決めたの?」

練習後の柔軟でペアを組んでいた雪に、丈瑠が尋ねる。

「県内にするつもりです。うちの母さん体弱いから、あんまり離れた所は嫌なんです」

丈瑠と雪は同じ静岡に住んでいたが、静岡は横に長い為、同じ県に住んでいると言っても丈瑠の家から雪の家までは車でも2時間程かかる。

「俺のとこ来いよ。通うのは無理だけど、週末の度に帰れる距離だぞ?」

「いいっすね。そしたら毎日丈瑠さんとバレー出来るのか」

「お前が居たら絶対春高でてっぺん取れっからなぁ」

「俺が胴上げして送り出して上げますよ」

2人はそんな未来を描いて笑った。だが、年が明けて4月になると、雪は県内でなく東京の強豪校へと進学した。丈瑠は少し面白く思わなかったが、雪ほどの実力があればそれも仕方ない事だとも思った。ただこの時、雪の苗字が ’蒼井’ から’藤崎’ に変わっていた事も、丈瑠には引っかかっていた。

丈瑠が高校生活で最後のユースメンバーとして招集されると、久し振りに雪に会った。が、雪からは初めて会った時の屈託さがなくなって、どこか寂しげな顔をする事が多かった。とは言っても、それに気付いたのは丈瑠だけだろう。相変わらずの整った顔から出る笑顔は皆を笑顔にさせたし、そのプレーは誰もが認める精度の高さだ。

「雪!ちょっと来い!」

丈瑠がコートの外へと雪を連れ出す。

「不抜けたプレーしやがって、誤魔化せると思ったか!?」

丈瑠の言葉に、周囲は首を傾げたが、雪本人は丈瑠の言葉に顔を赤くした。

「やっぱ、丈瑠さんにはバレちゃうか・・・」

雪の似合わない愛想笑いが、丈瑠には何故か雪が泣き出すのではないかと思わせた。

「コートの中に入ったら全部忘れろ。つまんねぇプレーすんな。練習終わったら、その詰まってるもん吐き出せ、ちゃんと聞くから」

丈瑠がそう言うと、雪は俯いたまま右手で前髪をクシャと掴んで、

「はい」

と、短く答えた。


練習が終わると、丈瑠は雪を合宿所の側にある公園へ連れて行った。

「何があった?」

練習中とは違う優しげな丈瑠の口調に、雪は合わせていた両手を強く握り締める。

「俺・・・金で買われたんです」

「は?どういう事?」

「俺、4人家族だったんですけど、父親とは血が繋がってないんです。でも、そんな事全く関係なくめっちゃ可愛がって貰って・・実の父親なんて会った事もなかった・・なのに、俺の名前が少し知られて来た途端、いきなり家に押し掛けて来て・・・」

丈瑠は敢えて相槌を打たず、黙って雪の話を聞く。

「藤崎大河・・東京で大きな会社を経営してる男でした。俺の親権を巡って裁判を起こすと、金にものを言わせて裁判官を買収したんです」

丈瑠は雪の気持ちを全く無視した卑劣な行為に胸糞が悪くなって来た。

「親父さんとお袋さんは?納得した訳じゃないだろ?」

「はい・・上告するって言ってくれて・・でも、母さん元々体に問題があって・・心労も重なったせいで・・容態が悪化して・・」

丈瑠は雪が途切れながら話す言葉に胸が痛んだ。

「もう移植しないと助からないと医者に言われました。でも、それを受けさせてあげるには莫大な金が必要で・・俺、藤崎に頼んだんです・・母さんを助けてくれって・・藤崎は、俺が蒼井の家と縁を切って自分だけの息子になるなら金を出してやると・・俺、それを受けたんです・・」

雪の握った手に涙がポタリと落ちると、丈瑠は堪らない気持ちになって雪の頭を引き寄せた。堰を切った様に震える肩が痛々しくて、丈瑠は何も言わずにただ雪の頭を撫でる。まだ親の庇護の中にいる自分達が出来る事などたかがしれている。痛みを共有する事しか出来ない自分が悔しかった。

「でも・・・悪い事ばっかじゃないんですよ?練習は存分に出来る環境だし・・それに・・・」

雪は心を切り替える様に、涙を拭いながら今度は嬉しそうに話し出した。

「それに?」

雪の強さに丈瑠も心を切り替える様に優しく聞くと、雪は赤くなった頬を指でポリポリと掻いた。

「・・・秋って女の子に会えた」

「何だよ、一丁前に女が出来たってか?」

丈瑠の揶揄う様な声に、雪は益々顔を赤くして、照れ臭そうに笑う。

「まだ・・彼女じゃないです」

「へぇ、どんなコ?」

「小さくて、よく笑って、よく怒って、とにかくめちゃ可愛いです」

「ベタ惚れじゃん!写メねぇの?」

「今度撮ったら送りますよ」

雪が秋を思い出した様に、とても優しい瞳をしたので、丈瑠は少しだけ安心した。だからと言って藤崎大河という人物に抱く嫌悪感は抜けないが、雪が少しでも幸せだと感じる瞬間があって良かったと思ったのだ。

「雪、負けるなよ?」

「負けませんよ、あいつだけには・・」

丈瑠は雪の力強い言葉に、雪の頭を思い切り撫で回した。


次の年、丈瑠は高校を卒業すると、進学よりも東京にある実業団の道を選んだ。レベルは高いはずなのに、やはり感じる欠乏感。雪との絆の強さを知ってしまった後では、他の誰かではその穴埋めは難しかった。雪とのやり取りは、ユースを離れてもずっと続いていて、雪が大興奮で秋と付き合いだしたと連絡をくれた時も一緒に食事に行ってお祝いをした。丈瑠はその時、初めて秋に会った。雪が送ってくれた写メ通りの美少女で、小さな体に愛くるしい顔立ちが拍車を掛けて小動物みたいだと思った。高校に入ってからも雪の体は成長をし続け、191cmまで伸びた身長が、秋との身長差を際立たせる。だが、丈瑠の興味を一番引いたのは、秋の分析能力だった。丈瑠の所属する実業団の応援に、雪と秋は揃ってよく応援に来てくれていたが、ある時、

「イライラしない!コートにいるのは雪じゃないんだから!」

と、ピシャリと言われた事がある。丈瑠は自分の欠乏感を誰にも話した事はなかった。雪ですら気付かなかった事をまだ高校生の女の子に言われた事が丈瑠には衝撃的だった。秋が話すチームの課題や、修正点には丈瑠も随分と助けられている。

「すごいでしょ?うちの部では裏監督ですからね」

「欲しいなぁ・・・」

「秋はあげませんよ!?」

「バカ!秋じゃねぇよ!秋の目をくれ」

そんな会話をして雪と笑う。丈瑠は幸せそうな2人を見ているのが好きだった。雪が秋に見せる笑顔、秋が雪に見せる笑顔が丈瑠の心を暖かくさせてくれる。丈瑠は兄の様な気持ちで2人を見ていた。


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