DRAGON 5
黒潮杯が終わると、それぞれの中学はすぐさま新人戦の練習に入る。2年生主体のチームになると思っていたママさんズは気楽に構えていたが、ベンチを含め、試合に入る子供達にユニフォームが配られると、その展開に皆は揃って秋の家に集まった。そう、dragonの6人が6人共ユニフォームを貰ったからだ。1年生が各チーム3人ずつユニフォームを貰ったという事は、2年生の3人ずつがベンチにすら入れなかったという事なのだ。これには、秋達はどうしたものかと頭を悩ませた。
「やっぱり先生に言って、辞退させて貰う方がいいんじゃないのかな?」
「2年生にはやっと来た自分達の時代なんだしね」
「実力が物をいう高校生とは違うんだし・・中学の部活でこれっていうのは・・気が引けるよね」
皆で頷き合って ‘辞退’ という結論を出すと、美代は春日に、幸子は横田にその場で電話を入れた。だが、二人の返答は
「その3人は、1年生に負けたという事です。2年生にとって最後の年になるのは分かっている事ですが、2年生というだけで試合に出して貰えると思っていられては困る。自分達がレギュラー争いで負けたんだと自覚して欲しいんですよ」
と、揃って同じ事を言った。秋達の心配をよそに、純一郎達の青中は元々自己主張の激しい上級生が居なかった事から、練習を重ねる度にチームらしくなって行き、幸子と琴美は安心して子供達を横田に任せた。だが、それとは反対に、籘達柳中は抜けた3人の2年生による陰湿な嫌がらせが始まり、秋と美代、斗貴子の心配は日々増していく。春日は何度も3人の自宅を訪れ、どうしてベンチにも入れないかを説得して回ったし、子供達には少年バレーの卒団生の栄と唯が間に入り、不貞腐れている3人を取りなしていたが、それでも事態は好転しなかった。丈瑠は苦々しい顔をしながらも、他中学の問題に首を突っ込む訳にいかず、籘が ‘大丈夫’ を繰り返す言葉に納得した様に静観を決め込んで、奏多も現場を見掛ければ注意はしたものの、毎日様子を伺いに来る程暇な訳でもなく、次第に秋、美代、斗貴子の怒りのボルテージは上がって行く。真っ先に爆発したのは意外にも斗貴子だった。美代と秋を連れ、部活中の体育館に乗り込むと、春日にもの凄い剣幕で怒りをぶつける斗貴子に、秋も美代も初めは間に入って取りなしていたが、問題の3人がそんな斗貴子をせせら笑うと、二人の表情が一変する。籘と義和はそんな二人に、慌てて声を掛けた。
「母さん、美代ちゃん!俺達平気だから!」
「そうだよ!こんなの何て事ないから!」
「「黙ってなさい!」」
二人の怒号に、籘と義和が大きくなった体を小さくすると、秋は3人に目をやった。
「恥かしくないの?1年生に庇ってもらって」
秋の冷たい眼差しに、3人が薄ら笑いを浮かべると、美代の威圧的な声が飛ぶ。
「あんたら、男でしょうが?頑張ってユニフォームを取り返そうって思わない訳?」
「どんなに頑張ったって、そいつらより上手くならねぇもん」
「頑張るだけ無駄、無駄」
「だよなぁ」
3人が顔を合わせながら言う言葉に、
「なら、辞めなさいよ。頑張る事も出来ない、サポートにも回れない、バレー部に居る必要ないじゃない」
秋の冷静で冷たい声が響くと、美代の背筋がゾクリとした。3人が黙ってしまうと、
「バレーが好きだから居るんでしょ?違うの?怪我をしてバレーが出来ない体になった訳でもない、五体満足な体で甘ったれた事言ってんじゃないわよ。頑張ってもない人が、言う言葉なんて誰の耳にも届かないわよ」
その場がシンと静まり返ると、3人の中で一番体の大きな子が怒った顔で秋の胸ぐらを掴んだ。
「てめぇに何が分かんだよ!」
春日が止めに走って来るよりも先に、籘が秋を掴んでいる子の腕を捻り上げた。
「誰の母親に手ぇ掛けてんだよ、あ?」
「痛てぇ!痛いって!」
秋は籘の豹変した態度に、雪を見た。
(あ、ブラック王子出ちゃった)
「先輩だと思って大人しくしてりゃ、調子に乗ってんじゃねぇぞ」
籘がその子の腕を捻り上げる手に力を込めると、痛さのあまり、その子が膝を付く。
「この際だから言っとくけどさ、栄さんも、唯さんも、義和も、卓人も、俺も!何もせずにここまで来た訳じゃねぇんだよ!あんたらが家でゴロゴロ自由に過ごしてた時間、俺らは毎日、毎日アホみてぇにボール追っかけてたんだ!やっかむのは勝手だけどな、チームワーク崩すのだけは止めようぜ!」
籘の射抜くような鋭い眼差しが皆を見回すと、その場に居た皆がコクコクと頷いた。籘はそれを見届けると、その子の手を放し、手首を引っ張って立たせると、ニヤリと笑う。
「まだ新人戦だぜ?来年の最後の大会まで不貞腐れてるつもりかよ。それにさ、今回春日先生が外した3人はどう見ても2年の主力だと思うんだけど、違う?」
籘がジロリと春日を睨むと、春日は面白そうに笑った。
「いや、参った。やっぱり血筋だなぁ」
春日が3人に向き合うと、真剣な顔で告げる。
「お前達3人が本気になってくれないとな、今の2年生で作り上げるバレーで勝てないんだよ。今回外したのは、外からじっくりそれを考えて欲しかったんだけどな・・」
春日が優しく微笑むと、3人は目に涙を浮かべながら、肩を震わせた。
帰りの車の中、美代と斗貴子は信じられないものを見た気がして、口を開けずにいたが、秋は雪の懐かしい姿を思い出し、一人嬉しそうに笑みを浮かべていた。
(やっぱり息子よね)
その夜、春日から奏多へ、奏多から丈瑠へと事の次第が伝えられ、丈瑠が少年バレーを終えてから秋の家を訪ねて来た。丈瑠は籘を見るなり、その頭を撫で回してニヤリと笑う。
「ま、心配はしてなかったけどな。でも、良くやった」
籘は嬉しそうに笑うと、秋を指差す。
「俺よりも、あっちを心配してよ。向こう見ずで、こっちがヒヤヒヤしたってば」
「凶暴な秋が戻って来て、俺は嬉しいけどなぁ」
「あ、やっぱり昔からそうなんだ?」
丈瑠と籘が大笑いしながら話すのを、秋は口を尖らせながら睨む。
「何せ、私の周りにはドSしか居なかったものですからね!」
秋がフンっと首を振ってリビングに消えて行くと、二人は益々楽しそうに笑った。
新人戦、夏休みに入ってすぐにその予選が行われると、青中も柳中も揃って上位2校に入って県大会を決める。県大会も両校は難なく勝ち抜き、次の東海大会へと進んだ。ここで大きな番狂わせが起きたのは純一郎のいる青中だった。試合中のエースの骨折というアクシデントに見舞われ、残りのメンバーで乗り越えようと奮闘したが、チームのモチベーションは最後まで浮上出来なかった。試合後、タオルを被ったままの純一郎に誰も声を掛けられなかったが、籘はそっと純一郎の隣に座って、黙って前を向いていた。
「籘、決勝始まるぞ」
義和が籘に声を掛け、籘が腰を上げた時、純一郎が赤くした目を籘に向ける。
「勝てよ」
純一郎のその眼に、籘は力強く頷くとコートに立つ。そして、純一郎の言葉を刻む様に闘志をむき出しにした。その様子は、他チームの保護者をも圧倒し、その存在感を際立たせる。この時の籘の奮闘が、東海大会優勝という快挙を生んだが、この事が秋や自分を取り巻く運命を歪ませて行くとは思ってもいなかった。




