表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君に紡ぐ言葉  作者:
4/21

家族 1

次の日は土曜日という事もあって、ただご飯を食べさせて貰うだけでは悪いと丈瑠は藤達を映画館に連れて行ってくれる事になっていた。

「お母さん、本当に行かないの?」

丈瑠達を待っている間、藤は何度も秋に同じ事を聞く。

「・・ごめんね、お母さん人が沢山いる所は苦手なの」

秋も何度もそう答えるので、藤は渋々と聞く事を諦めた。

(初めての映画館、4人で行きたかったのに)

藤は心の中で呟く。

秋は藤から見ても極力外に出ない様な生活をしている。買い物も宅配を利用していて、家から出る時と言えば町内の集まりか藤の学校の行事位なものだ。映画も2人で観に行くなんて事は一度もなかった。藤はいつも映画よりも少し遅れて出るDVDをネットレンタルで借りて見ていたから、丈瑠が

「映画でも観に行くか?」

と、言ってくれた時、本当に嬉しかった。

藤が玄関を開け放してぼんやりと外を眺めていると、丈瑠の黒い車が家の前に停まったのが見えて、顔を綻ばせた。

「お母さん!丈瑠さん達来た!」

藤は家の中にいる秋に声を掛けると玄関から飛び出して、車から降りて来た丈瑠を出迎える。丈瑠はいつものジャージ姿ではなく、黒縁の眼鏡を掛け、ジーンズにダウンジャケットを羽織っていた。中に見える青と白のストライプのニットがとても似合っていて、藤は素直に格好良いと思った。

「丈瑠さん、格好良い!」

藤がそう言うと、丈瑠はニヤリと笑って藤の頭を撫でる。藤は丈瑠の大きな手が自分の頭を撫でるのが好きだった。

丈瑠は玄関先に居る秋を見ると、

「秋、支度出来た?」

と、聞く。

「私、人が沢山いる所は・・」

藤はこの続きの言葉を知っていたので丈瑠がガッカリしないか心配になった。だが、丈瑠はそんな秋の言葉を遮る様に

「秋」

と、優しく呼ぶ。そして満面の笑みを見せた。

「俺が居る、大丈夫だよ」

その言葉に、秋は少しだけ考えて小さく笑うと

「ちょっとだけ待ってて」

そう言って家の中へ入って行った。藤はそれを呆然とした気持ちで見ていたが次の瞬間、とても驚いた。

「えぇ!?丈瑠さん、どんな魔法使ったの!?俺が何回言っても行かないって言ってたのに!」

驚きと嬉しさが入り混じって、藤が興奮気味に丈瑠に言うと、丈瑠は視線を合わせる様に藤の前にしゃがんだ。

「藤、俺な、これからは少しずつ秋を外に連れ出そうと思ってるんだ」

藤もそれには賛成だった。

「でも焦っちゃダメなんだ。だから少しずつな。昨日の秋を見ただろ?もし昨日みたいになっちゃったら、映画観れないかもしれないけど、それでもいいか?」

「俺はいいけど・・純一郎がガッカリするんじゃ・」

純一郎は昨日の体育館の外での秋を見ていない。藤は家族でもない純一郎にそこまで迷惑を掛けるのは気が引けたが、丈瑠は

「お?純一郎はとっくにいいって言ったぞ?」

と、軽い調子で言った。

「本当?」

「あいつ、秋が大好きだからなぁ」

丈瑠がハハっと笑ったので、藤は気が楽になって一緒に笑った。

「ごめんね、お待たせ」

黒いニットと膝までの白いスカート、手には気に入っている短いダウンを持った秋が玄関から出て来ると、藤は息子ながらも母は可愛いと思う。

「行くか」

丈瑠がそう言って立ち上がって、藤は興奮を胸に車へ向かった。運転は丈瑠、助手席に秋、藤と純一郎は後部座席に座って車は動き出す。

「普段はコンタクトなの?」

「ん、そうだよ。今日はバレーやんないから眼鏡でいいかと思ってさ」

藤と純一郎は、前の2人の会話を邪魔しない様に、それでも会話を盗み聞きながらニヤニヤしていた。だが、2人の会話が仕事絡みみたいな難しい話になってくると、飽きた様にゲームの話に夢中になる。

映画館に着くと、藤の興奮は最高潮だったが、車から降りた秋は藤とは反対に段々と口数が少なくなっていく。

「秋」

丈瑠が秋に手を差し出すと、秋は不安そうな顔を丈瑠に向け、今度は差し出された手をジッと見た。

「怖かったら俺と藤と純一郎だけ見てればいい。大丈夫だよ」

丈瑠が笑顔でそう言うと、秋がゆっくり差し出した丈瑠の手を握る。丈瑠も秋の手を包む様に握り返した。

「手、繋いでる」

藤と純一郎は、お互いにしか聞こえない位小さな声で言ってキシシと笑う。映画館までは少し距離があって、その途中には人も沢山居た。藤は秋の様子を気にしながら歩く。歩き始めたばかりの時は、下ばかり見ていた秋の顔が、歩いている内に少しずつ上を向いて行くのが分かると、藤は少し嬉しくなって来た。映画館の近くまで来た時には、秋が笑顔を見せ始めたので、藤も嬉しさを隠さず笑う。

「悪くないだろ?」

そう言った丈瑠を、秋は嬉しそうに見上げて

「うん、忘れてた。こんな感じ」

と笑った。

(良かった、お母さんも楽しそう)

藤は心底ホッとすると、丈瑠は本当に魔法使いなんじゃないかと思えた。

初めて観る映画は、ゲームのキャラクターが出るアニメだったが、藤と純一郎は夢中になって観ていた。大きな画面に、迫力のあるサウンドが藤を感動させ、キャラクターが死ぬ場面では、2人は映画の中の登場人物かの様に涙を流した。ただ、一番隅に座った丈瑠は映画が始まって5分も経たない内に眠ってしまったけれど・・

「父さん!起きてよ、終わったってば!」

映画が終わって純一郎は丈瑠を揺り起こす。

「ん?もう終わった?」

「もう!ずっと寝てるんだから!」

丈瑠が大きく伸びをする横で、純一郎が怒って、それを見て藤と秋が笑う。

(本当の家族みたいだ・・・)

藤は胸がじんわりと熱くなっていくのを感じた。

「もう昼だし、軽く何か食おうぜ?」

4人が映画館の隣のフードコートで軽めの昼食を済ませていると、

「晩飯の買い物行く前にさ、ちょっと行きたい所あんだけど」

丈瑠が突然言い出した。

「どこ行くの?」

「着いてからのお楽しみ」

ニヤリと笑う丈瑠を、3人は首を傾げて見た。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ