丈瑠と奏多 2
始まる世界選手権を、秋と籘はテレビで観ていた。CS放送で1日目から始まるイタリアVSアメリカにチャンネルを合わせた秋に、籘が首を傾げる。
「何で外国戦?仕事?」
「ううん・・でも、籘にも話しておかないとと思って」
画面の中で、イタリアチームのスターティングメンバーが呼ばれるのを、秋は真剣な顔で見詰めていたので、籘も画面に視線を移す。
「背番号5、蒼井・セルゲイ・奏多、WS」
実況が読み上げた名に、秋は嬉しそうなホッとした様な表情を見せた。
「籘、この人・・お父さんの弟なの」
初めて聞く話に、籘は目を見開いて画面に飛び付く。丈瑠から貰った父の試合のDVD。何度も繰り返し見たその父に、少し似た容姿の奏多がイタリアチームのメンバーの中にいる。籘は興奮する気持ちを抑える事が出来ずに、秋と画面を交互に見た。
「この前、東京に仕事で行ったでしょ?その時、初めて会ったの。お母さんが雪と出会った時には、もう蒼井の家とは交流がなかったから、お母さんもそれまで奏多君に会った事なかったんだけどね・・捜してくれてたんだって・・お母さんと籘の事」
籘は秋の話に、画面を食い入る様に見詰めた。
「お父さんに…少し似てるね」
籘が小さく零すと、秋は籘の隣に座った。
「声はもっと似てたよ・・ううん、雪と同じ声」
目を細めて微笑む秋に、籘も小さく笑った。試合が始まると、籘は奏多のプレーに釘付けになった。‘豪快’ という言葉がピッタリな奏多のプレーに、籘の胸が熱くなる。父とは違うプレースタイルだが、ふとした時に見せる表情や、負けん気の強い眼差しが父と重なって見えた。
「あ、3セット目は出てこない・・交代しちゃった・・」
2セットを取った所で、ベンチに下げられた奏多に、籘は不満を口にする。
「向こうの監督、何で奏多さんを下げちゃったのさ!すげぇ良かったじゃん!」
もっと観ていたかったのに、奏多が画面に映らなくなったので、籘が口を尖らせると、秋が画面を見詰めながら真剣な顔になった。
「これでいいの・・膝の調子が良くないから・・これ以上続けたら跳べなくなる。それをデータにされない内に下げたのよ」
秋が仕事の顔をしていたので、籘はそんな秋に視線を送った。その視線に気付いた秋が、籘に優しく笑うと、
「奏多君ね、この大会が終わったら、会いに来るって言ってたよ」
そう嬉しそうに言ったので、籘は嬉しいのを通り越して混乱した。
「来るの?・・このテレビの中の人が?」
秋が笑って頷く。
「イタリアチームのウイングスパイカーが?この家に?」
目を丸くして一つ一つ確認する籘に、秋はクスリと笑った。
「そんでもって・・あの人は俺の叔父さんって事だよね?」
秋が吹き出しながら頷くと、籘は興奮を爆発させてソファの上を飛び跳ねた。
その日が来るのは、遠い事ではなかった。大会の全日程を終了したその次の日、少年バレーの練習を手伝っていた秋の携帯に奏多から連絡が入る。
「あ、秋?奏多」
「うん、優勝おめでとう」
「はは、俺は半分しか貢献してないけどな」
「籘と一緒に全部観てたよ。籘が大興奮してた」
秋が嬉しそうに話すと、奏多も嬉しそうに声を弾ませる。
「籘に早く会いたいな・・明日の夕方にはそっちに行けると思うけど、二人共予定大丈夫?」
「明日も少年バレーの練習があるから・・21時には家に帰ってるけど・・」
秋がどうしようか悩んでいると、奏多の声は益々弾んだ。
「見たい!籘のプレー!どこでやってんの?」
秋が場所を教えると、奏多の声が聞こえなくなる。
「?奏多君?」
「・・それさ、俺の母校だわ・・。秋、家の住所って・・」
秋が住所を口にすると、携帯越しに奏多の震える声が聞こえる。
「・・前の持ち主が売りに出してたのは知ってたけど・・そうか、雪が買い取ってたんだな・・」
「もしかして・・」
「うん・・俺と雪が育った家。やべぇ・・俺、ちょっと泣きそう」
奏多が茶化す様に軽く言ったが、秋は奏多が本当に泣いてるのだと分かって胸が痛くなった。
「明日、そっちに行くよ」
「うん、待ってるね」
携帯を切ってポケットに仕舞うと、その様子を見ていた丈瑠が秋に近付いて来る。
「誰?」
「奏多君。明日ここに来るって」
秋が嬉しそうに丈瑠に告げると、丈瑠が少し眉を寄せたまま
「家に寄るんだろ?俺も一緒に居ていい?」
と、尋ねたので、てっきり丈瑠も一緒に居てくれるものだと思ってた秋が、慌てた様に頷くと、丈瑠の眉間の皺が深くなった。
「何で慌ててんの?」
「え?・・だって」
「だって何?」
丈瑠の顔が険しくなっていくので、秋は身を竦めた。
「初めから一緒に居てくれるものだと思ってたから、丈瑠さんに聞かれて、何も聞かずに勝手に決めちゃったんだと思ったの!何でそんな怖い顔してんの!?」
秋が体半分よじって身構えながら言うと、丈瑠は目を丸くした後、吹き出して笑った。
「えぇ…?今度は何~?もう訳分かんない」
丈瑠のコロコロと変わる表情に、秋は何が何だか分からなくて困惑する。
「男の嫉妬はみっともないよ」
美代がニヤリと笑って、丈瑠の肩を叩く。
「シェパードもチワワには勝てないか」
琴美がニヤリと笑って丈瑠の肩を叩くと、ママさんズが爆笑した。
「うっせーな!放っとけ!」
丈瑠が叫ぶと、ママさんズがニヤけながら散らばる。
「え?何?何が?」
一人だけ意味が分からない秋が首を傾げると、丈瑠が慌てて話題を変えた。
「世界バレー観た?」
「うん、籘と一緒に観てた」
いつもの丈瑠の笑顔に、秋もパッと顔を輝かせる。
「東京で練習見てた時も思ったけど、雪とは違うな」
「「豪快!」」
二人の声が揃うと、顔を見合わせて笑う。そんな二人の様子をママさんズが遠巻きからニヤニヤして見ていたので、丈瑠は頭をかきながら
「休憩終わり~!始めっぞ!」
と、言って秋から離れて行った。
次の日、練習が始まった頃に一台のタクシーが体育館前の駐車場に入って来るのが見え、秋は入口で奏多を出迎える。
「秋!」
奏多が出迎えた秋を抱き締めると、秋は慣れない欧州式の挨拶に慌てて体育館の中に目をやった。
「流石…イタリア育ち」
「流れがスムーズだわ・・挨拶よね?あれ、挨拶なのよね?」
ママさんズが中から伺いながら話す言葉に、秋が顔を赤くすると、奏多が吹き出して笑った。
「よぉ、来たな」
まだ秋の体に手を回している奏多に、丈瑠がにこやかに笑い掛ける。秋はその笑顔に、顔を引きつらせた。
(目が笑ってないけど・・)
「よっ!んな怖い顔すんなって、な?秋」
奏多が腕の中の秋を見下ろすと、秋はどう言っていいものか苦笑いを浮かべる。二人に近付いて来た丈瑠が、秋の体に回す奏多の腕を掴むと、ニッコリと微笑む。
「遠い所、疲れただろ?まぁ、中に入れよ」
「いやいや、まだ若いから全然大丈夫」
自分を掴んでいる丈瑠の手を奏多が握ると、二人はニッコリと笑い合いながら固く握手をする。
「ちっちゃい男ねぇ」
「秋に触ってんのが気に入らないのバレバレ」
「意外に嫉妬深いのねぇ」
ママさんズがコソコソ話していると、丈瑠の怒号が飛ぶ。
「おめぇら、聞こえてるっつーの!」
ママさんズは肩を竦めて体育館の奥へ引っ込んだ。皆が居なくなると、丈瑠は改めて奏多に向き合う。
「優勝おめでとう」
「おう、サンキュ」
今度は優しく笑い合う二人に、秋はその心理が分からず、真ん中で首を捻る。
「あ、日本と試合した時さ、ダニエルに上がるトスだけ徹底的にブロックされたじゃん?あれ、秋の仕業か聞いて来いって言われたんだけど、そうなの?」
奏多が思い出した様に秋に尋ねたので、秋はニヤリと笑った。
「やっぱそうかぁ~。何でトスが上がる前に分かった?・・企業秘密は無し!」
奏多に先手を打たれて、秋はクスクス笑う。
「セッターのバルコ、ダニエルと仲いいでしょ?っていうか、心酔してるよね?」
「?うん」
「バルコはダニエルに気持ち良く打たせたいのよね、丁寧になりすぎるから緊張するのかしら、セットアップが他の人に比べて若干遅くなるの」
秋の言葉に、奏多も丈瑠も首を捻った。
「そうだったか?」
「ん~・・そう言われれば、そんな気がする」
チームメイトの奏多ですら曖昧な記憶に、奏多が感心した様に秋を見た。
「でも、負けちゃったけどね」
秋が悔しそうに呟くと、奏多と丈瑠が笑う。
「仕方ねぇな。確実に攻められるだけの攻撃力が足りなかったんだから」
3人でそんな会話をしていると、入口にソロリと顔を出した小さな人影に、奏多が満面の笑みを浮かべながら走り寄った。
「籘!籘だろ!?」
目の前に現れた奏多に、籘が照れ臭そうに頷くと、奏多は嬉しそうに籘を抱き上げた。
「わっ!わぁ!」
いきなり抱き上げられて、籘は驚いて声を上げる。
「雪の子供の頃にそっくりだな。瞳の色も雪譲りだ…」
籘の顔を見詰めていた奏多がそう言って、籘を強く抱き締め、籘が奏多にしがみつく様に抱き付くのを見ると、丈瑠は奏多の中に雪を見た気がして、複雑な気持ちになった。奏多と秋、そして抱かれる籘を見ていると、雪がそこに居る様な気がして、意味もなく罪悪感が湧く。そして感じる疎外感に、丈瑠は3人が遠くに感じた。
(何考えてんだ・・バカか、俺は・・)
そんな弱気になった自分に、丈瑠は苦笑すると、籘に声を掛ける。
「籘、お前のプレー見せてやれよ」
その言葉に、籘は奏多から体を離して嬉しそうに頷いた。
「見ててね!ちゃんと見ててね!」
何度も奏多に確認しながら、コートに戻る籘に奏多も嬉しそうに頷く。丈瑠が子供達に指示を出し、6対6が始まると、dragonのプレーに奏多の顔つきが変わった。
「よくこれだけの素材が揃ったな」
「だろ?」
丈瑠がニヤリと笑うと、奏多はdragonを見詰めながら顎に手を当て、感心した様に頷く。
「全中、楽勝なんじゃねぇの?」
「残念ながら、中学ではバラけちまうんだ」
「勿体ねぇなぁ!」
しばらくdragonを見ていた奏多が、コートに近づくと、
「こっちの6人、ちょっとコートから出て」
と、dragonの相手コートに居る子供達に向かって言ったと思うと、丈瑠に向かって指をクイっとやって誘った。
「バカ、やらねぇよ」
丈瑠が笑うと、奏多の挑戦的な眼差しが丈瑠を刺激する。
「・・・少しだけだぞ?」
丈瑠がジャージの上着を脱ぐと、奏多の顔が輝いた。コートに入る丈瑠を見ると、秋の胸が緊張と、嬉しさ、切なさと色んな想いが交差する。純一郎のサーブを、奏多が受けると丈瑠が昔と同じフォームで上げたトスに、秋は胸が締め付けられた。それを奏多が気持ち良さそうに打ち込むと、ボールは籘達が見た事もない速さで自分達のコートに落ちた。そのワンプレーを皮切りに、丈瑠と奏多のコンビが見せる攻撃に、dragonは初めて体感する世界トップの動きに魅了される。秋は二人の嬉しそうな姿に、視界を涙で邪魔されない様に必死に涙が溢れそうになるのを我慢した。あっと言う間に1セットが終わると、丈瑠が奏多の肩に手を掛ける。
「悪ぃ、もう無理だ」
そう言って小さく笑うと、丈瑠はコートから出て秋の側に歩いて来た。
「何、泣いてんだよ」
秋の頬をいくつもの涙が濡らすと、秋はそれを拭いながら笑った。
「格好良い」
「惚れ直した?」
「うん」
そんな二人の会話に、ママさんズは誰も冷やかしを入れて来なかった。
「さいっっっこう~!!!!」
コートの中で叫ぶ奏多に、皆が驚いて奏多に視線を投げると、奏多は丈瑠に走り寄って飛び付いた。
「丈瑠!」
「おい!バカ、止めろって!」
奏多が丈瑠に抱き着きながらはしゃぐ姿に、その場にいた皆が笑うと、
「シェパードとハスキーがじゃれてるわ」
と、美代が言ったので、皆は更に笑った。




