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君に紡ぐ言葉  作者:
33/44

想いを君へ 7

2人で店の中に入ると、既に出来上がっている秋が、ユーリの背中をバンバンと叩いて笑っているのが見えて、2人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

「どんだけ飲んだの?」

「8杯・・・サヤはトイレ・・もう助けて」

身を小さくして助けを求めるユーリに、奏多はこんな姿は滅多に見れないと楽しそうに笑う。

「ありゃ、丈瑠さんに似てる人が居る~」

秋がフニャっと笑うのを見ると、丈瑠は秋の隣に腰掛けた。

「もう帰るぞ?」

「嫌だ~、もっと飲む~」

テーブルに突っ伏した秋に丈瑠が困った様に笑うと、トイレから帰って来た上原が丈瑠の後ろに立った。

「会計は済ませておくから、この酔っ払い・・あんたが責任持って連れて帰ってよね」

「分かってるって」

絶対零度の冷たい声色と、後ろから感じる圧に丈瑠の体がブルリと震える。

「じゃ、私帰るわ・・秋には明日本部で待ってるって伝えて」

上原が意地悪そうに笑うのを見ながら、丈瑠も笑って頷いた。

「サヤ、送る」

ユーリが上原の後を追い掛ける様に店から出て行くと、奏多も

「俺も明日あるからホテル帰るわ」

と、言って気を利かせる様に店から出て行った。

(さて・・どうやって連れて帰ろうか・・)

丈瑠は秋に視線を移すと、小さく溜息を付いた。

「ほら、秋?帰るぞ?」

丈瑠が優しく呼ぶと、秋が顔を上げた。

「抱っこ」

秋が丈瑠に手を広げると、丈瑠は笑って秋を抱き抱える。

(普段もこれ位甘てくれっと可愛いんだけなぁ)

抱き抱えたまま店を出ると、丈瑠はタクシーを停めてそれに乗り込んだ。

「丈瑠さんの匂いがするねぇ」

丈瑠の首に縋りつきながら離れようとしない秋が、丈瑠の膝の上でケラケラ笑う。

「そりゃそうだろうね・・」

車が丈瑠の宿泊するホテルの側まで来ると、しばらく大人しくしていた秋が、丈瑠に回していた腕に力を込める。

「秋、苦しいって!首締まってっから!」

「う~、グスッ・・うぇ~」

今度は泣き出した秋に、丈瑠はギョッとする。

「秋?こっち見て」

丈瑠の言葉に秋は腕に込めた力を抜いて、体を離して丈瑠を見つめた。

「丈瑠さんが他の人とキスしてたぁ・・うぇ、う~」

涙をポロポロと流す秋の顔に、丈瑠の顔が熱くなる。

(これ・・俺だって分かってんのかな?)

「ごめんな?」

丈瑠が秋を見つめながら謝ると、秋はまた丈瑠に縋り付いた。

「・・太陽がなくなったら・・どうなっちゃうのかなぁ」

「はい?」

今度は訳の分からない事を言い出す秋に、丈瑠の方が泣きたくなって来た。車がホテルの前で停ると、丈瑠は秋を抱き抱えて自分の部屋へ入った。秋の体をベットに下ろすが、秋が丈瑠に回した腕を離さないので丈瑠はベットに腰掛ける。

「秋、もう寝るよ?」

「うん」

でも秋は腕を離さない。1つの部屋、1つのベット、腕の中には何よりも大事な女。

(・・抱きてぇなぁ・・)

丈瑠が心の中で呟くと、秋が腕を離して真っ直ぐに丈瑠を見つめた。

「ごめん!そんな事考えてないよ!?」

丈瑠は必死に言い訳をしながら、秋から離れた。

「キスして」

甘える様な、誘う様な声に、丈瑠の体にゾクリとした感覚が走る。

(キスだけ・・少しだけ・・)

心に決めながら距離を詰めて行くと、自分の鼓動が早くなっていくのを感じた。

(くそ・・ガキじゃあるまいし・・)

唇が触れ合うと、丈瑠の熱情は火が付いた様に加速していく。こんなに女を抱きたいと思ったのは初めてだった。そして、こんなに自分の理性を総動員させて我慢した事も・・・。角度を変えながら幾度も重なる唇の感触に溺れながら、それでも丈瑠は名残惜しそうに体を離す。

(もう、無理!ぜってぇ無理!)

「お風呂入る」

秋がそう言ったかと思うと、スクっと立ち上がり、丈瑠の目の前で服を脱ぎ出すので丈瑠は慌てて後ろを向く。

「待って、秋ちゃん!!そこで脱がないで!」

(試してんの!?ねぇ、試してんの!?)

バスルームの扉が閉まる音が聞こえると、丈瑠は脱力してベットに寝転がった。

(どこまで正気なのか全く分かんねぇ・・風呂入るって事は・・期待してもいいのか?・・いや、待て待て・・相手は酔っ払いだ・・)

自問自答している丈瑠の耳に、シャワーの水音が聞こえて来ると、今度はそっちが気になって仕方がない。ガバッと起き上がって雑念を振り払う様に首を振る丈瑠の目に、秋の脱いだ服が点々と落ちているのが飛び込んでくると、丈瑠はまたギョッとした。

(あいつ、何着て出てくる気だ!?)

落ちている服の中にかろうじて下着がなかったのはホッとしたが、このままだと秋は下着姿で出て来る。丈瑠は慌てて自分のバックの中からTシャツを出し、扉をノックした。

「秋?服、ここに置いとくぞ?」

「うん、ありがと」

ちゃんとした受け答えをする秋に、丈瑠は益々頭を悩ませたが、秋がバスルームから出て来ると、ブカブカのTシャツ姿に丈瑠の頬が緩む。

(俺、ナイスチョイス!めっちゃ可愛い!)

心の中でガッツポーズをすると、秋が濡れた髪のままベットに倒れ込んだ。

「ちゃんと乾かさないと、風邪引くぞ?」

「ん・・拭くだけでいい」

のそりと起き上がった秋がタオルで髪をふき始めると、丈瑠はソワソワしながら

「俺も風呂・・・入ろうかな・・」

秋に向けて言う。

「うん、行ってらっしゃい」

秋が立ち上がった丈瑠に笑うと、丈瑠もぎこちなく笑ってバスルームへ向かった。

(よし!あれは酔ってねぇ!)

勝手に心の中で決めると、丈瑠は上機嫌でシャワーを浴びた。バスルームから出て来ると、シーツに包まっている秋の姿があって、丈瑠はソっと電気を消す。電気を消しても真っ暗にならない部屋に、丈瑠は今日が満月だったのかと窓の外に目をやった。ベットを軋ませてシーツの中へ足を忍ばせると、鼓動が早くなる。

「秋?」

自分に背を向けている秋に声を掛けると、その鼓動は益々激しく脈打った。

「秋、こっち向いて」

丈瑠の言葉に、しばらく待ってみても秋は何の反応も示さない。胸に嫌な予感が過ぎって丈瑠は起き上がって秋の顔を覗き込んだ。

「マジか・・マジかよ~」

スヤスヤと寝息を立てている秋に、丈瑠はガックリと項垂れた。



夢を見た。

体育館のコートに雪が立っている。

私に向かって手を差し出す雪の手を取ると、雪の確かな体温を感じて、雪の胸にそっと寄り添う。

「雪」

「何?」

「雪」

「だから、何?」

雪がクスクス笑う。

「会いたかった」

「うん、ごめんな」

雪が謝るので、私は首を横に振る。

「秋、俺さ・・ずっと秋の事見てるから、だから秋は自分の幸せだけを考えてよ」

私が黙って雪を見上げると、雪が優しく笑う。

「丈瑠さんならいいよ。他の人だったら・・嫌だけど」

「雪じゃダメなの?」

「うん、ダメ。俺じゃ秋は幸せになれない」

雪の寂しそうな笑顔に、目頭が熱くなって涙が溢れた。

「今でも雪が好きよ」

「俺も・・大丈夫、秋は誰よりも幸せになれるから。藤の事、頼むな」

雪の体の色が薄くなって、その体温が遠ざかっていくのを感じると、私は雪に向かって手を伸ばす。

(もう少し・・もう少しだけ!)

伸ばした手を強く握られて、私は目を覚ました。



「秋?大丈夫か?」

目を覚ました秋の目の前に丈瑠の心配そうな顔があって、秋はフッと笑う。

(・・初めて見た、雪の夢・・)

「いきなり泣き出すから・・」

「うん・・夢見てた」

丈瑠が優しく秋を包み込むと、その体温に秋の胸に安心感が広がる。

「怖い夢?」

「ううん・・幸せな夢」

丈瑠の体温に包まれながら、秋は目を閉じるともう一度眠りについた。



朝の日差しを感じて目が覚めると、頭が酷く痛んで秋は頭を押さえる。

(飲みすぎたぁ・・・)

ふと体に感じる違和感と、背中に感じる体温。秋はそっと腹部に感じる重いものに触れた。ペタペタ触れると、それが人の腕だと分かって秋は身動ぎしながら寝返りを打った。目の前には誰かの胸。恐る恐る見上げると気持ち良さそうに眠っている丈瑠の顔があって秋は他の誰かではない事に胸を撫で下ろす。

(昨日は・・どうしたんだっけ?)

秋は自分の記憶を辿る。そして段々と思い出される醜態に、1人悶絶した。

「・・・おはよ」

丈瑠が目も開けずに呟いた声に、秋の体が跳ねる。

「おはよう・・・ございます」

「酔い、さめた?」

「うん・・・ごめんなさい・・」

秋が丈瑠の胸に顔を埋めながら恥ずかしがる姿に、丈瑠は目を開けて吹き出した。

「あんだけ飲んでちゃんと覚えてんだな」

「・・・ご迷惑をお掛けしました・・」

恥ずかしさで顔を上げられない秋の髪を、丈瑠が優しく撫でる。

「お前、俺以外の男の前で飲み過ぎんの禁止な」

「・・はい」

丈瑠が抱き込む腕に力を入れると、体が余計に密着されて、秋は自分の体に当たる硬い感触にギョッとした。

「・・・当たってるんだけど・・」

秋が体をズラすと、丈瑠がニヤリと笑う。

「もう酔ってねぇんだもんな?我慢する必要ねぇよな?」

「ちょ、ちょっと!」

薄いTシャツの上から丈瑠の手が腰をなぞると秋の体がピクリと跳ねる。その反応に、見上げた丈瑠の眼に熱が篭ったのが分かると、秋の胸の鼓動が早くなった。腰に回された手が秋の体を仰向けにすると、上から男の顔をした丈瑠が自分を見下ろしているのが目に入る。秋の胸に恐怖心が込み上げるのが分かった。思い出される自分に伸びて来る手。体が強ばって震えそうになるのを、秋は必死に抑えた。

(あの男じゃない・・違う・・これは違う・・)

丈瑠の唇が少し乱暴に降り注ぐと、その恐怖心は益々大きくなったが、秋はそれを丈瑠にだけは気付かれたくなかった。

(怖い・・・怖い!)

自分の気持ちとは相反する心と体に、秋は首に顔を寄せた丈瑠の服を強く掴んで、きつく目を閉じた。丈瑠の動きがピタリと止まったのを感じると、唇に優しい感触が触れる。啄むだけのキスに秋がそっと目を開けると、丈瑠が優しい顔で微笑んだ。

「メシ、食いに出ようか?」

ここまで来て体を離す丈瑠に秋は疑問が膨らんだが、恐怖心が薄れて行く事には素直にホッとした。

「秋、今日いつ帰んの?」

「一度本部の方に顔出して、昨日のイタリアの分析ビデオのレポート作ったら帰る。・・昼過ぎには帰れるかな?」

2人でカフェの朝食を食べながら話していると秋は丈瑠の仕草1つにこれまで気付かなかった事が目に付く様になった。男っぽいゴツゴツした大きな手、腕まくりしたシャツから覗く筋張った腕、身を屈めた時にチラリと見える鎖骨に綺麗な首筋。サンドイッチを頬張る姿も、足を組んで座る姿も、どれをとってみても雑誌のモデルの様にさまになっている仕草に、店内の女性が丈瑠に視線を投げているのが分かると、秋の胸に気恥ずかしさと少しの苛立ちが湧く。

(こういうの・・色気っていうのかな・・?)

「秋」

「へ?」

そんな事を考えていた秋に、突然丈瑠が口を開いたので、秋の声が裏返って変な声が出た。

「あんま見んな・・照れる」

気付かれていた視線に、秋は顔を赤くして俯いた。

「出るか」

2人で店の外に出ると、丈瑠が秋に向き合う。

「仕事行くけど、本部まで1人で行ける?」

「うん、大丈夫」

そう言ったものの、丈瑠がまた塚本と一緒にいるのだと思うと、秋の胸に不安が膨らんだ。

「後二日で帰るから」

丈瑠が秋の頭を撫でると、秋は丈瑠のワイシャツを指で摘む。

「他の人に・・触っちゃヤダ」

「・・・・・」

丈瑠が何も言わないので、上目遣いに見上げると、ポカンとした丈瑠と目が合った。

「・・・・まだ酔ってる?」

「酔ってないです!」

秋がムキになって否定すると、途端に丈瑠の顔が赤くなっていった。

(・・・こんな顔、初めて見た)

秋が珍しいものを見る様に、マジマジと見つめると、丈瑠がクルリと背を向ける。耳まで赤くしている丈瑠に、秋はニィっと笑うとその顔を覗き込んだ。

「あれれ?照れてる?」

覗き込まれた事に驚いた丈瑠が、秋の顔をグイっと押すと、

「いいから向こうむいてろ」

と、ぶっきらぼうに言ったので、秋は面白くなさそうに口を尖らせながら背中合わせの背を丈瑠に預けた。丈瑠がそんな秋の手を優しく握る。

「秋」

「ん~?」

「二度と言わないから、ちゃんと聞けよ?」

「うん?」

「お前が好きだ・・ずっとお前だけを・・愛してる」

丈瑠の振り絞る様な声に、秋の胸が愛しさで溢れた。繋がれた手を強く握り返すと、

「私も・・貴方を愛してる」

秋も溢れる想いを口にした。

「行ってくる・・気を付けて帰れよ」

「うん、行ってらっしゃい」

丈瑠の背中と握られた手が離れても、2人はお互いが振り向かないと分かっていた。秋は空を見上げて微笑むと、一歩を踏み出した。



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