告白 4
練習が終わって、1人体育館の鍵を閉めている丈瑠に、美代が声を掛けた。
「月島」
「おう」
丈瑠が美代を横目で見ると、美代の顔が綻んでいて、丈瑠はブハッと笑う。
「何で笑うのよ!?」
「嬉しそうな顔してんなって思ってさ。秋、何て?」
「皆に話したい事あるって・・明日、秋の家で鍋やりながら集まるから、土曜日だけど、あんた来ないでよ」
「ん、じゃ明日は行かねぇ。子供達は?」
「良紀がアスレチックに連れて行ってくれる事になったからさ、純一郎も連れて行っていい?」
「お、いいね。でも、良紀1人じゃ大変だろ?俺、そっち行こうかな」
「そうしてくれると助かるわ。私達お泊まりだから、ついでにそっちの世話も頼むね」
「あぁ。・・ゆっくり聞いてやってくれな・・」
丈瑠が優しい顔を見せると、美代も嬉しそうに頷く。そんな話をしながら2人が駐車場に向かって行くと、談笑している純一郎と義和から離れた所に斎藤が立っている姿が目に止まり、
「月島の事待ってたんじゃないの?」
美代の零す言葉に、丈瑠の眉間に皺が寄った。
「唯の為!唯の為よ!営業スマイル!」
美代は面白そうに笑ったが、丈瑠は正直面倒臭いと思う。斎藤が話したい事の方向性が見えているだけに余計にそう思った。美代の帰って行く車が駐車場から出て行くと斎藤が自分に近付いて来たのが見え、丈瑠は小さな溜息を零す。それでも、斎藤の息子の唯は6年生の中でも1番の努力家だ。丈瑠は美代に言われた通り、唯の為に昨日の様な態度で接するのは止めて置こうと思っていた。
「月島さん」
「どうしたの?寒いから早く帰るよ?」
「乾さんの事、本当に好きなんですか?」
(やっぱりかぁ・・)
「うん」
丈瑠が頷いて質問に答えると、斎藤は納得出来ない様子で丈瑠を見上げた。
「彼女が可愛いから?」
「違うよ・・斎藤さん、唯待ってるんじゃないの?もう帰るよ」
笑って見せた丈瑠に、斎藤が寄り添って泣き出すと、丈瑠は心底面倒だと思った。
(はぁ・・)
心の中で溜息を付く。丈瑠は秋の涙には滅法弱い。秋に泣かれると堪らない気持ちになって何とか笑わせたくなる。だが、他の女の涙は丈瑠にとって面倒以外の何ものでもなかった。
「月島さんの事が・・好きなんです」
斎藤の言葉に、丈瑠は努めて優しく答える。
「ごめんね。俺、秋しか見てない。でも、気持ちは嬉しいよ、ありがと」
丈瑠の言葉に、斎藤は泣きながら頷いた。
(お、分かってもらえた)
丈瑠がホッと胸を撫で下ろした次の瞬間、
「父さん!!寒い!」
純一郎が車の前で叫んだ。純一郎は普段こうして大人の会話を妨げる様な真似はしない。恐らく純一郎も斎藤の話の内容が分かっていたのだと、丈瑠は苦笑いを浮かべ斎藤の体を離した。
「じゃ、また来週ね」
丈瑠が斎藤に声を掛けその場を後にすると、車の前にはムッとした顔の純一郎が腕組みをして立っている。
「ったく!隙を見せるからだよ!」
純一郎のお小言を聞きながら車に乗り込むと、純一郎がジロリと丈瑠を睨む。
「いい!?こんな所を秋ちゃんに見られたらどうすんの!?俺達がこんなにお膳立てしてんだから、父さんがしっかりしてくんないと意味ないじゃん!」
「・・ちゃんと断ったし・・」
純一郎の剣幕に丈瑠が小さく零すと、純一郎は車のダッシュボードをバンっと叩いた。
「そんなのは当たり前だよ!俺が言いたいのは簡単に女に触らせんなって事だよ!」
「・・すいません・・」
(10才の息子に女の事で怒られる俺って・・)
丈瑠は頭を掻きながら、師匠とも言える純一郎を横目でチラリと盗み見た。
約束の土曜日、子供達を良紀と丈瑠に任せると、ママさんズは食材を持ち寄って秋の家に集まった。流石に主婦が5人も揃えば、その支度はあっという間に終わり、5人は鍋に舌鼓を打ちながらビールを流し込む。
「く~!昼間っからビールなんて贅沢!」
「ほんと!子供達が居ないとゆっくり食べれていいわ~」
「あっちは怪獣6人の相手で大変だろうけどね」
皆は笑っていたが、秋はこの楽しい雰囲気を壊したくなくて肝心な事を中々話せずにいた。最後の締めの雑炊を皆で平らげると、お代わりのビールをプシュっと開けた美代が、ゆっくりと話し出した。
「ねぇ、秋・・ここへ引っ越して来たばかりの頃、町内のお祭りがあったの覚えてる?」
「・・うん、覚えてる」
秋はその日酔った集団に囲まれて、怖くて集会場の隅っこで震えていた事を思い出して頷いた。
「集会場におっかなびっくりした親子が初めて皆の前に顔出してさ、秋があんまりにも可愛いもんだから男どもが色めきだっちゃって、秋と藤を囲んで騒ぎ立てたんだよね」
美代が懐かしそうに話すと、斗貴子も頷きながら小さく笑った。
「私も斗貴ちゃんもね、あの日・・皆から見えない所で秋が震える体を抱きながら ’怖くない、怖くない’ って泣いてる所見ちゃったんだよ。その時は何が怖かったんだろう?って思ったんだけど、町の行事に出る秋を見てる内に分かったの。あぁ、この子は男の人が怖いんだなって。でも、秋はそんなに怖がってるのに町内の行事には必ず参加してたでしょ?藤の為よね・・藤が周囲に溶け込める様に・・」
秋が言葉を探していると、美代がニヤリと笑う。
「私も、・・ううん、私達も秋に隠してた事あるの」
「え?」
秋が目を丸くすると、皆も頷いた。
「秋が月島と知り合いだって、ずっと前から知ってた」
その言葉に、美代は初めて会った日から知っていたのかもしれないと思った。皆は美代から聞いていたのだろう。秋はそう思ったが、皆の次の言葉でそうではないと知る。
「私は秋が入団した時かな、丈瑠さんの態度で ’あれ?知り合い?’ って思ってた」
幸子の言葉。
「えぇ、そんな頃から?じゃ、私が1番遅いかも・・私は秋が伊野さんに触られて怖がった時の丈瑠さんの態度でそう思った」
琴美の言葉。
「私は卓人が入団した後。2人のやり取り見てて、秋が丈瑠さんだけは怖がらなかったから、知り合いなんだろうなって」
斗貴子の言葉。
そして美代が優しい眼差しを秋に向けた。
「ごめんね、私は秋が引っ越して来た時から知ってた」
それぞれの言葉に、秋の胸が締め付けられた。
「皆・・知ってたのに・・聞かないでいてくれたの?」
「秋が何か訳ありなのも気付いてたし、言わないのはその訳ありに関係してるのかなって思ったからね」
幸子が柔らかく微笑むと、秋の鼻がツンとして、涙が溢れて来た。
「どうして・・そんなに優しくしてくれるの?私、皆に迷惑ばっかり・・」
「こら!」
美代が秋の頭にチョップを入れる。
「自分を悪く言わないの。ねぇ、秋・・私達は秋の過去の事は分からないけど、ここに引っ越して来てからの8年近くで、秋が築いて来たものも確かにあるんだよ」
「そうそう、特に私と美代ちゃんは丸っと8年の付き合いなんだからね」
美代と斗貴子が笑って向ける視線に、秋は堪える事が出来ない涙を流す。
「ずっと聞いてもらいたかった・・でも怖くて・・嫌われるんじゃないかって・・・どうしても言えなかった・・」
嗚咽と共に振り絞った言葉に、皆が秋の手をギュッと握った。
「ちゃんと聞くよ、秋。全部話して?どんな話でも、私達は秋の味方だから」
引きつけを起こしそうな位に嗚咽が漏れる。示し合わせてそう決めた訳でもないのに、それぞれが自分の判断で黙っていてくれた事が、そして自分を優しく見守ってくれていた事が嬉しかった。自分が気付かなかっただけで、皆はいつだって手を差し出してくれていたのだ。秋はようやくその手を取る事が出来た。
「そんなに泣いてちゃ話せないでしょ?まずは飲むか!」
美代がそう言ってテーブルの上にビールをドンと置くと、皆から笑い声が上がる。秋も泣き笑いしながら頷いた。




