告白 3
「よし!お前の父さんがどんなすごい選手だったか、見せてやるよ」
丈瑠はそう言って、棚のケースの中から1枚のDVDを持って来た。そのDVDは、スターティングメンバーに呼ばれた雪がコートに入る所から始まった。湧き上がる歓声、それに応える様に拳を突き上げる雪の姿に、藤の頬が紅潮する。ホイッスルが鳴り試合が始まると、藤も純一郎もその画面を食い入る様に見つめた。
「すげぇ・・あんな所に打てんの?」
純一郎が瞳を輝かせながら零すと、藤も興奮を隠し切れず大きく頷く。雪の繰り出すスパイクが相手コートを抉ると、2人はDVDの中の観客と同じ様に歓声を上げた。夢中になってDVDを見ている2人に、丈瑠は優しい眼差しを向けながら微笑む。2人はそのDVDが終わっても画面から目を放せない程、呆然としてた。
「すげぇ!」
藤が声を張り上げると、純一郎も藤と顔を合わせて、
「すげぇ!」
と叫ぶ。2人は感動の余韻に浸りながら、その興奮を爆発させた。
「丈瑠さん!」
藤のキラキラした瞳が丈瑠に向けられると、丈瑠は笑いながら、ん?と首を傾げた。
「このDVD!丈瑠さんと一緒にやってるのないの!?そっちも観たい!」
「俺も!俺も観たい!」
純一郎までもが目を輝かせながら詰め寄ると、丈瑠は笑って立ち上がった。
「これだな」
丈瑠が持って来たDVDを受け取ると、藤の胸に新しい期待が湧く。DVDが始まると、先ほどとは違い、2人は言葉が出て来なかった。サインもない、目立った合図がある訳でもない、だが父と丈瑠が見せるコンビは示し合わせた様に完璧だった。こんなバレーがあるのだと、初めてバレーの奥深さを感じさせる映像に、藤の目から涙が落ちる。
「おい、何で泣いてんだよ?」
丈瑠が苦笑いしながら藤の顔を覗き込むと、藤は丈瑠の顔をジッと見つめた。
「どうしたらこんなプレーが出来るの?」
藤の意外な質問に、丈瑠は戸惑う。
「・・俺、何となく分かる・・藤と初めてバレーした時、こいつだ!って思ったんだ」
純一郎が零した言葉は、丈瑠の胸を熱くした。
「それなら俺も分かる・・だって、純一郎がどこに動いて欲しいのか目を見れば分かるもん・・お父さんと丈瑠さんもそうだった?」
丈瑠が嬉しそうに頷くと、2人は目を合わせて嬉しそうに笑った。
「それ、持って帰れる様にしてやろうか?」
「出来るの!?」
「俺も欲しい!」
藤と純一郎は宝物を貰う子供の様に喜び、丈瑠がそれをダビングしている間も、2人ははしゃぎながら写真を見返していた。
3人が秋の家に着く頃には、もう深夜0時を回っていたが、家の前に車が停ると玄関から秋が飛び出して来た。
「藤!」
車から降りて来た藤を秋が抱き締めると、藤はきっと母が1人不安な時間を過ごしていたのだろうと、堪らなく切なくなった。
「ごめんね、ごめんね・・藤」
「お母さん、これからは俺がお母さんを守るから」
藤が秋を抱き締め返すと、隣に居た純一郎が藤を肘でつついた。
「俺がじゃなくて、俺達だろ?」
「あ、そうだった」
2人が笑うので、秋はホッとした顔を見せて一緒に笑う。そんな秋を見て、丈瑠は嬉しそうに笑いながら
「さ!明日も学校なんだし、今日はこのへんで解散!おら、純一郎は車乗れ」
そう言って車のドアを開ける。純一郎が車に乗り込むと、ガラス越しに手を振り合っている子供達を見ながら、丈瑠はそっと秋に耳打ちした。
「明日、昼に寄るから・・その時話そう」
「うん・・ありがとう」
次の日の昼、仕事を持って秋の家を訪ねた丈瑠が、昨夜の子供達の様子を話すと、秋は安堵の表情と、静かな決意を口にする。
「私ね、美代ちゃん達に全部話そうと思うの」
丈瑠は少し驚いた顔をしたが、優しく笑う。
「うん、いいんじゃねぇの」
「ずっと黙ってた事・・怒られるかな?」
秋が不安そうに零すと、丈瑠の手が秋の頭を撫でる。
「大丈夫だよ、あいつらなら分かってくれる」
’大丈夫’
丈瑠と再会して、何度この言葉を聞いただろう。自分が不安な時、怖がって震える時、丈瑠が宥める様に優しく紡ぐこの言葉は魔法の呪文の様に秋を安心させてくれる。秋はクスリと笑った。
「何だよ?」
「ううん・・丈瑠さんが ’大丈夫’ って言うと、本当に大丈夫な気がするなって思っただけ」
丈瑠を見上げた秋がそう言うと、丈瑠が口元を押さえ、
「そう」
と、短く返す。そっけなくなった態度に秋が不思議に思っていると、
「昨日、帰る時何にも言われなかったか?」
丈瑠がそう聞いたので秋は頷く。そして思い出した。
’俺さ、今この人口説いてる最中なんだよね、余計な事しないでくんないかな?’
その後の丈瑠の態度で、恐らくは斎藤を牽制する為の言葉だろうと分かっていても、秋はこの言葉を思い出すと顔が熱くなる。丈瑠が初めて男に見えた瞬間だった。丈瑠が想いを寄せる相手に見せる一面が見えた気がして、妙に意識してしまう。
「秋?・・顔赤いけど、熱でもあんの?」
ふいに顔を覗き込まれ、自分がよこしまな事を考えた気がして秋は慌てて首を振った。
(バカね・・丈瑠さんはそういうつもりで言った訳でもないのに・・)
夕方、いつもの様にお弁当を持って練習の手伝いに向かった秋を待っていたのは、ママさんズのニヤニヤ顔だ。
「何?何かいい事でもあったの?」
秋が皆を見回して尋ねると、美代がそんな秋の腕を肘でつつく。
「またまた~。で?付き合ってる訳?」
秋がキョトンとしていると、幸子と琴美も秋をつつく。
「手、繋いでたんでしょ?そんでもって・・ ’口説いてる最中なんだよね’ って?」
斗貴子がニヤリと笑って言った言葉に、秋の顔がボンッと音を立てた様に赤く染まった。
「ち・・違うの!」
秋が慌てて否定するも、皆のニヤつく視線が自分に向いていて、秋は益々慌てた。
「ほんとに違うんだってば・・あの言葉はね、斎藤さんに向けて言ったの!嘘なの、嘘!」
「あぁ~」
皆も思い当たる節があったのか、目を合わせて頷く。
「前から滅茶苦茶アピールしてたもんね」
「確かに」
「藤が入団する前から、何回も純一郎にお弁当作って来てたよね?」
「月島、受け取らなかったけどね」
皆の話題が冷やかしから変わると、秋は小さく息を吸い込んだ。
「あの!・・・あのね・・」
秋の声に皆の視線が集まると、秋は自分の服をギュッと掴む。
「私、明日・・皆に話したい事があるの!」
意を決して口にすると、皆は一瞬驚いた表情を見せたが、美代が優しく笑って秋の頭を撫でると、他の皆も目を細めて微笑んだ。
「うん、秋がそう言い出すの待ってた。ちゃんと聞くよ?」
美代の言葉に、秋の胸が熱くなる。
(待っててくれたんだ・・)
外にも出られない頃から、美代と斗貴子は何かと世話を焼いてくれた。それを不思議に思わなかった訳ではない。入団して、美代が丈瑠の同級生なんだと、従兄弟の奥さんなのだと知ると、秋は美代がどこまで知っているのだろうと不安に思った事もある。だが、美代の自分に対する態度は初めて会った時から一貫して変わらなかった。問い詰める事もせず、探りを入れるでもない美代の態度は、秋にとって上原を思い出させた。どこか彼女に似た美代が、裏で自分の為に動いてくれていたのではないかと思った事もある。
’いつか話さなければ’
そう思いながらもここまで来た。この絆を失ってしまう事が怖かった。皆が見せる優しい眼差しが、軽蔑と蔑みに変わってしまう事が怖かった。そう思う一方で、自分の抱えた苦しみを誰よりも聞いて貰いたいと思う。秋の中で、この5人の絆は何よりも大切なものへと変わっていたのだ。
「明日は練習も休みなんだし、秋の家で鍋でもやりながら聞くってのはどう?」
美代がニヤリと笑う。
「あ、それいいね!私、ビール持ってく!」
幸子もそれに乗ると、
「お酒飲むならいっそお泊まり会にしようよ~」
1番家が遠い琴美が甘えた声で言う。
「いいね!秋、それでもいい?」
斗貴子が秋に聞いたので、秋も笑って頷く。本当は分かっていた。自分が必要以上に思い詰めない様に、あえて楽しい場にしようとしてくれているのだと・・。涙が溢れそうになると、美代がそんな秋の顔を覗き込んで笑う。
「ほらほら、今から泣いてたらその大きな目が溶けちゃうよ」
皆が笑うと、秋も一緒になって笑った。
練習前にママさんズが集まっている姿が見え、丈瑠は秋が今日言った事を実行に移そうとしているのだと分かった。それでも最後は笑っている5人を見ると、丈瑠は安心した様に小さく笑う。
「さぁ!練習始めっぞ!」