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君に紡ぐ言葉  作者:
21/28

告白 2

「お母さんはどうして教えてくれなかったの?」

藤がようやく口を開くと、純一郎がゆっくりと体を離す。そして丈瑠が真剣な顔で藤と純一郎を交互に見た。

「藤、純一郎、お前達はもう何が悪い事で、何がいい事かちゃんと知ってる。だから、今日は俺の知ってる事を全部話すつもりでここに連れて来たんだ。でもな、本来子供であるお前達に話す事じゃない。それでも聞くか?」

藤は力強く頷く。自分だけが何も知らないのはもう嫌だった。母が1人で苦しむ姿を見るのも、1人で泣く姿を見るのも。

「どんなに嫌な話でもちゃんと聞く。でないと、秋ちゃんが何に怖がってるのか分からない。もうそういうの嫌なんだ」

藤が心の中で考えていた事を純一郎がハッキリと言葉にしたので、藤は ’兄弟’ の絆を感じた。

「雪の父親はな、雪と秋が結婚する事に反対してたんだ。それでも2人は反対を押し切って結婚した。雪の父親は怒り狂ったけど、最後には1つの条件を付ける事でその結婚を許したんだ」

「条件?」

「そう。2人の間に子供が生まれたら、その子供を自分に渡す事が条件だった」

「え?じゃあ、藤はお祖父ちゃんの所に居たって事?」

純一郎の頭が混乱してくると、丈瑠がクスリと笑う。

「ま、最後まで聞けって。・・2人が結婚した時、雪は高校を卒業したばかりだった。でもな、あの顔だろ?ものスゴく人気だったんだ。それまで人気のなかったバレーボールが、雪の登場で一気に盛り上がった。雪の入った会社は1人でも多くの人にバレーを好きになって貰う為に、雪と秋が結婚した事を秘密にする様に頼んで来たんだ。2人はこの先自分達に子供が出来たら、雪の父親から隠しておける、そう思ってそれを承諾した。実際、藤が生まれても誰もそれを外に漏らす事がなかったから、秋は藤を取られずに済んだんだ」

2人がホッとした様に頷く。

「幸せだったよ・・雪も秋も本当に幸せそうだった。よく雪と秋と一緒に2人を連れてボールで遊ばせたり、練習みたいな事やったりしてさ・・秋には気が早いって笑われてたけどな」

そう話す丈瑠の表情が、段々と苦しそうになっていくのを、藤と純一郎は心配そうに見つめる。

「事件が起こったのは、藤・・お前が3才の時だ」

「・・事件?」

「秋と雪の後輩で、協会の清掃員として出入りしてる男だった。その男が、記者会見をしている雪をナイフで刺して殺した」

藤は言葉を失った。

(殺された・・お父さんは殺された・・)

その言葉が頭を回る。隣に居た純一郎が藤の手をギュッと握った。

「2人共、ストーカーって知ってるか?」

藤も純一郎も首を横に振る。

「ストーカーっていうのはな、相手の気持ちも考えずに追い回したり、気持ちを押し付けたりする人の事を言うんだ。雪を殺した奴は秋の事が好きで、雪が秋や藤の存在を隠してる事が我慢出来なかったんだ。こっちにも事情があったし、秋自身がそれを嫌だと思ってなくても、その男は雪を殺す事で秋が自由になれると思ってたんだ」

「お母さんが好きなのはお父さんなのに?」

丈瑠が頷くと、藤の胸に嫌悪感と怒りが湧く。

「おかしいよ・・そんなのおかしいよ!」

「うん、おかしいよな。藤が好きでもない知り合いの女の子から ’純一郎と居ると藤は駄目になる’ って言われて、その子が純一郎を殺してしまったらどう思う?」

藤も純一郎も想像してゾクリとした。

「「怖い」」

2人が声を揃えて言うと、丈瑠も頷いた。

「秋も一緒だ。とても怖かったんだよ。1番大事だった雪を、訳の分からない理由で殺されて、とても辛かったんだ」

藤は胸が苦しくなる。母の苦しそうな顔に、そんな事情があったのかと堪らない気持ちになった。

「でもな、それだけじゃなかった。雪はとても人気者だったから、その事件の事がテレビで沢山流れたんだ。それも嘘ばっかりで、知らない人からも悪口を言われて、秋はとても傷ついたんだ」

藤は怒りが込み上げて来たが、純一郎はそれ以上に怒った顔を見せたので、藤は少し冷静になる事が出来た。

「テレビで秋と雪が結婚してた事、2人の間に藤って子供がいる事まで流れて、今まで隠して来た雪の父親に、藤の事を知られてしまって・・秋は雪の父親から逃げる為にここへ引っ越して来たんだ」

一瞬、丈瑠の瞳に激しい色が見えた気がして、藤と純一郎は肩を竦める。丈瑠がそんな2人に気付いて、気を取り直した様に笑顔を向けると、2人はいつもの丈瑠の笑顔にホッとした。

「何でそう話してくれなかったの?」

「藤、秋はな・・自分のせいで雪が殺されたと思ってるんだよ」

「違うよ!お母さんのせいじゃない!だって、お母さんは悪くないじゃないか!」

藤が立ち上がって叫ぶと、丈瑠は寂しそうに小さく笑った。

「そうだよ、悪くない。でも、秋はずっと自分を責めてる。今でもだ。お前に話せば、自分のせいで雪が死んだってお前に嫌われると思ってるんだよ」

「俺、そんな事思わないよ!」

苦しくて、苦しくて仕方ない。藤は痛む胸を押さえて叫ぶ。

「それにな・・秋自身が思い出したくないんだ。雪の事を思い出せば、幸せだった時の事と一緒に1番辛い事まで思い出してしまう。秋はそれが怖いんだよ」

丈瑠が辛そうな顔でそう言うと、藤は力が抜けた様にストンと椅子に座った。

(だから・・だからだったんだ・・)

藤は秋がふとした時に見せる表情に納得した。幸せそうに目を細めて自分を見たかと思うと、静かに目を閉じて全てを諦めた様に虚ろな、感情のない表情を見せる母が、藤は子供心に怖かった。思い出さない様に、心を殺して来たのだと、藤はやっと知った。

「俺・・どうしたらいい?どうしたらお母さんは笑ってくれる?」

藤が丈瑠を見上げると、丈瑠は優しく微笑んで藤の頭を撫でた。

「今のままのお前でいいよ。お前が居れば、秋はそれだけで強くなれる。後は、俺の番。お母さんの事、俺に任せてくれるか?」

藤は安心した様に頷いた。

「俺・・丈瑠さんがお父さんだと思った・・」

少しガッカリした気持ちを正直に伝えると、純一郎が藤の顔を見て笑う。

「これから先、そうなるかもしれないじゃん!その可能性がない訳じゃないんでしょ?」

「ん~・・そうだな・・俺はそうなれればいいと思ってるよ」

丈瑠の言葉に、藤と純一郎は顔を見合わせてニシシと笑う。

「でも!これは男同士の秘密な!」

丈瑠が念を押して2人の顔を見たので、2人も口に指を当てて頷いた。


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