第三章 告白 1
秋と丈瑠が以前からの知り合いだと知ったその日の夜、練習が終わると丈瑠は藤と純一郎を車に乗せ、不安そうにしている秋に、
「ちょっと藤を借りるな」
と、優しく笑ってその肩に手を置く。秋は車の中の藤を見ると、複雑な顔をしながらも頷いた。
車が走り出し、秋が車を追い掛ける様に一歩、二歩と足を踏み出す姿を見ると藤は不安になった。2人が揃って隠していたという事は、自分に知られたくない何かがあるという事に、藤はこの時改めて気付いたのだ。
「丈瑠さん・・どこに行くの?」
「俺が働いてる所」
「あ・・俺、丈瑠さんが何してる人なのか知らない・・」
「藤って、どっか抜けてるよな」
純一郎がそう言って無邪気な笑顔を見せると藤は拗ねた顔で言葉を返す。
「だってそんな話になった事ないじゃん」
「父さんバレーボール協会で働いてるんだ」
「えぇ!?お母さんと同じなの?」
「えぇ!?秋ちゃんって協会の人なの!?」
「ほら!純一郎だって知らないじゃん」
藤が笑うと、今度は純一郎が拗ねた顔を見せて丈瑠は声を出して笑った。
「秋は静岡に居るいけど、東京の本社で働いてるんだ。俺は協会の浜松支部で働いてる」
丈瑠が説明してくれた事は、藤達も知らない事だったので、2人はほぉと頷いた。車で走って20分位経っただろうか、車はゆっくりと駐車場に停る。目の前には白い建物があって、看板には’静岡県バレーボール協会 浜松支部’と書かれてあった。丈瑠に促され、車を降りて建物に入ると、目に飛び込んで来たのは全日本選手のポスターだった。建物の中は静まり返っていて、誰も居ないみたいだった。
「もう誰も居ないね」
「流石に21時過ぎてるからな」
丈瑠は2階へ続く階段を昇って行く。藤と純一郎も丈瑠の後を付いて階段を昇った。階段の前に扉があって、扉には ’資料室’ と書かれたプレートが貼ってあった。丈瑠がその扉を開け、藤と純一郎に中に入る様に顎でクイッと合図したので、2人は中を伺う様にして部屋へ入る。部屋の中は天井にまで届きそうな棚が沢山並んでいて、棚にはファイルが所狭しと詰められていた。
部屋の1番奥には4人掛けの応接セットがあり、テーブルにはテレビも備え付けられている。丈瑠は2人をそこに座らせると、棚の中から1冊のファイルを持って来た。
「これ、見てみな」
丈瑠にファイルを手渡され、その重さに落としそうになりながら、藤はそれをテーブルの上に置くと、表紙を開いた。
「丈瑠さん・・これ・・」
写真だった。全日本選手の集合写真。
「背番号8、それが藤崎雪、お前の父親だ」
列の1番前でガッツポーズで笑っている。初めて見る父の姿だった。
「かっこいいね」
隣で見ていた純一郎が言う。
「うん」
藤も頷いたが、鼻がツンとして、声が掠れた。
(丈瑠さんじゃなかった・・)
ページをめくると試合中の写真、タイム中の写真が綺麗に貼ってある。藤は指でそっと父を撫でた。
「ふぅ・・ウッ・・うぇ」
堪えきれなくて袖を目元に当てると、丈瑠が優しい声色で口を開く。
「お前の父さんな、すっごくバレーが上手だったんだ・・初めの集合写真、背番号2。それが俺だ」
丈瑠の言葉に、藤は初めのページに戻る。父の隣で微笑む若い丈瑠がそこに居た。
「父さんと藤の父さんは一緒のチームだったの!?」
純一郎は初めて知る事実に、興奮を隠さないまま尋ねる。
「その集合写真に秋も居るよ」
丈瑠が集合写真の左端を指差した。
「ほんとだ・・お母さんだ・・」
今よりも若い母が、協会のポロシャツを着て写っていた。
「昔から・・知ってたの?」
純一郎の質問に、丈瑠はゆっくりと昔の事を話してくれた。
丈瑠と雪の出会い、雪と秋の出会い、丈瑠が初めて秋と会った時の事、雪が丈瑠の居る実業団に入った時の事、そして雪と秋が結婚した事、長い話になったが2人は黙って聞いた。
「純一郎の母親と別れた時、純一郎はまだ6ヶ月だったんだけどな、純一郎が3才になるまで、ほとんど秋が育ててくれた様なもんなんだ」
丈瑠の言葉に純一郎の顔が輝く。
「本当!?」
「ああ、本当だよ。秋は藤と一緒にいつもお前の側に居たんだ」
「そうか・・だからだったんだ・・」
純一郎は秋が自分を見る優しい眼差しを思い出して納得した様に嬉しそうに目を細めた。
「お母さんが育てたって、そういう事だったんだ」
藤も嬉しそうに笑った。
「俺達、初めてじゃなかったんだな」
「うん」
2人は顔を合わせて微笑む。昔の記憶があった訳ではなかったが、藤は純一郎とすぐに気持ちが通ったと思ったのはそういう事だったのかと分かって、胸が暖かくなった。
その後、丈瑠は雪と共に全日本の舞台で戦った事、雪がどんなにすごい選手だったのかを話した。そして、藤は今まで聞きたくても聞けなかった事を口にする。
「お父さんは・・どうして側に居ないの?」
丈瑠の顔が困った様な、寂しそうな顔になったので、藤はやっぱり聞いてはいけなかったのではないかと不安になった。
「藤、お前の父さんはもう亡くなってる。藤が3才の時だ」
(やっぱり・・)
分かっていた。分かっていたけど、確認せずにはいられなかった。藤の薄茶色の瞳に涙が溜まると、隣に座っていた純一郎が藤を抱き締めたので、藤は涙を堪えきれなくなって、純一郎にしがみついて泣いた。藤が泣き止むまで、丈瑠は何も言わずに待ってくれていて、純一郎はずっと抱き締めてくれていたので、藤は自分の悲しみを2人が一緒に感じてくれているのだと思った。