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君に紡ぐ言葉  作者:
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少年バレー

入団を決めた藤の生活はこれまでとは一変した。18時から始まる練習に間に合わない事もあって陸上部も辞めてバレーにのめり込む。義和が色々と教えてくれながら世話を焼いてくれたので、団体にすぐ溶け込む事が出来た事も大きかった。

何度か遊びに来ていた卓人も、藤や義和がいるならと、藤より1ヶ月遅れで正式に入団しこれで4年生は全員で6人になる。

義和・卓人・藤は同じ学校だったが、他の3人、泉・純一郎・康太は隣町の学校の子供だ。

少年バレーでは学年でチームが組まれる為、6人揃った事でようやく大会に出られると月島は大喜びだった。

指導者は全員で3人居て、初老の人が良さそうな向坂と、日曜日だけ指導に来る佐藤、そして皆が一番恐れているのが月島だ。指導者は3人共厳しかった。ヘマをすると容赦なく怒り、出来るまで何度もやらせる。藤達はブツブツと愚痴を言いながらもひらすらボールを追い、いつもお互いを励まし合っていた。

リーダータイプで皆のまとめ役の純一郎。

お調子者でいつも皆を笑わせてくれる泉。

穏やかで皆に優しい康太。

純一郎と同じくリーダータイプの卓人も誰よりもバレーが上手な純一郎にだけは一目置いていた。

皆の意見が分かれた時や、少し嫌な空気になるとそれをおさめてくれる頭脳派の義和。

そして普段は大人しいが、自分がこうと決めたら譲らない藤。

6人は不思議と、この時偶然集まったとは思えない程一気に仲良くなった。特に藤と純一郎は、練習を重ねるにつれまるで兄弟の様に親密になっていった。練習は辛い事も多かったが、時折見える父の影が藤を元気にする。

(お父さんもこんな風に頑張ってたのかな?)

そう思うだけで、クタクタになった体にも力が湧くのだ。

生活が一変したのは藤達だけではなかった。夕食を家で取る事も出来ない子供達の為に、母親達は家で弁当を作り、それを届けに来た後、ボール拾いや球出しを手伝う。仕事を持っている母親が多い中で母親達もお互いを助け合ってこの忙しい日常をこなしていた。


そんな生活が1ヶ月を過ぎた頃、藤と卓人は純一郎の母を一度も見た事がない事に気付く。お弁当を届けて貰えない純一郎は、いつも月島が用意したコンビニのお握りを頬張っていた。義和に聞けば純一郎の母が忙しいから来ないのか、元々居ない人なのかは分かったが、藤は自分も父が居ない事を人に聞かれるのが好きではなかったので、わざわざこんな事を聞くのは意地が悪い気がして、そこには触れない様にしていた。

そんな藤の気持ちとは関係なく、ある日の休憩時間に卓人はその疑問を純一郎にいきなりぶつける。

「純一郎っていつも月島さんのお握り食べてるけど、何で?お母さんは?」

純一郎がいきなりの質問に、少し困った顔を見せたので、

「卓ちゃん!いいじゃん、そんな事!」

藤は少し強くそう言った。純一郎はいつも堂々としていて、優しくてバレーも誰よりも上手だ。藤は純一郎が大好きだったから、こんな風に困った顔をさせたくなかった。

「居ないから・・お母さん」

純一郎が恥ずかしそうにボソリと言うと、藤は堪らない気持ちになって

「俺だってお父さん居ないぞ!」

と、大声で堂々と言った。

卓人は別段気にするでもなく、

「そっかぁ、それで月島さんのお握り食べてたんだな。月島さんももっといいもん買って来てくれればいいのにな」

と、サラリと言う。卓人の言い方が本当にサラリとしたものだったので、藤と純一郎は卓人が気にしていたのはお握りの方で、意地悪で聞いた訳ではないのだと気付いて顔を見合わせて笑った。

「父さん、ご飯作るの苦手なんだ。お腹に入ればいいって人だから」

もう話を聞いていない卓人を尻目に、純一郎が月島を指差して言う。

「えぇ!?」

藤のこの時の驚きは、地球を一周出来ると思える程だった。少年バレーでは基本的に名前呼びが当たり前で藤が入団した時には既に皆が ’純一郎’ としか呼ばなかった為、藤はこの時まで純一郎の苗字が’月島’ だと知らなかったのだ。

「家での月島さんってどんな感じなの?」

「普通のお父さんと変わらないよ?優しいし、怒ると怖い」

「そうかぁ・・俺、お父さん居ないからお父さんってどんな感じなのか分からないんだ」

藤は素直にそう言った。父が居ない事を人に気を遣わせるのが嫌で、普段はそんな話をした事はなかったが、純一郎には何故か素直にそう言えた。

「俺はお母さん居ないから、お母さんってどんな感じなのか分からないよ」

純一郎も素直に言う。藤と純一郎はお互いの気持ちがよく分かって2人でフフッと笑った。

「お母さん、料理は上手なんだ。あっ!そうだ、今度お母さんに純一郎のお弁当作ってもらうから食べてみてよ!」

藤の言葉に純一郎の顔がパッと輝いた。純一郎はこの時、藤が同情からそう言ったのではなく、母の作った料理を食べてもらいたいという言葉が嬉しかったのだ。元々気が合っていた2人だったが、この時に交わした会話で2人はより互いを近くに感じた。

その日の帰り道、車の中で藤はその事を秋に話した。

「純一郎のお弁当ね、お母さんも気になってたんだ。月島さんに聞いてみるね?」

「俺、月島さんがお父さんだっていうのはビックリした」

「え?今更?」

秋は声を上げて笑う。

「だっていつも名前で呼ぶから、純一郎が月島だって知らなかったんだよ!」

藤は笑われてムキになってそう言ったが、秋の笑いはしばらく収まらなかった。

そんな会話から数日後、秋は練習の日には藤と純一郎の分のお弁当も用意してくれる様になったので、藤は母が月島に言ってくれたのだと嬉しくなった。

だが、それが小さな波紋になっていく事をこの時の藤はまだ知らない。


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