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君に紡ぐ言葉  作者:
18/25

支えと決意 2

次の日、丈瑠は純一郎に起こされる。

「父さん!早く起きて!映画!」

「まだ早ぇって・・もう少し・・」

純一郎は余程楽しみにしていたのか、丈瑠の布団を剥いだ。渋々と時計を見ると、針は6時半を指している。

「まだ6時半だぞ!?お前、何時から行くつもりなんだ!」

丈瑠が剥ぎ取られた布団を奪い返し、もう一度潜り込む。

「汚い格好で行くと・・秋ちゃんに嫌われるよ・・」

耳元で言われた言葉に、丈瑠はもう目を閉じても眠れなくなってきて、

「・・・風呂・・・」

諦めて布団から出た。風呂から出ると、純一郎が丈瑠の服を用意してくれてあって、丈瑠は頭を掻く。

(これ着ろって事か?・・やけに張り切ってんなぁ・・)

だが、折角の純一郎の気持ちを無下にするのも気が引けたので、用意してあった服に袖を通すと、純一郎は満足そうだった。いつもの様にコンタクトを入れようかと思ったが、今日はバレーをする訳でもなかったので、丈瑠は滅多に掛ける事のない黒縁の眼鏡を掛ける。それを純一郎がジッと見ていた。

「何だよ?」

「そういう格好すると、やっぱり父さん格好良いよ」

純一郎はそう言って笑った。


時間になって家を出ると、純一郎が後部座席で鼻歌を歌いだしたので、丈瑠はクスリと笑った。秋の家へ着くと、丈瑠は2人を迎えに車を降りる。玄関先では純一郎に負けない位テンションの高い藤が出迎えていた。藤は丈瑠を見ると、

「丈瑠さん、格好良い!」

と笑顔で褒めるので、丈瑠はニヤリと笑ってその頭を撫でる。丈瑠は玄関先でその様子を見ていた秋に目をやった。

(絶対行く気ねぇな)

と思ったが、

「秋、支度出来た?」

と、あえて聞いた。

「私、人が沢山いる所は・・」

(ほら、きた)

「秋」

丈瑠は秋の言葉を遮る。そして満面の笑みを浮かべた。

(まだそんな事言ってんの?)

これまでの付き合いで、秋は丈瑠の笑顔の裏の言葉を知っている。秋が小さな肩を竦め、顔を引きつらせたのを見て、ちゃんと伝わっている事が分かった丈瑠はフッと笑った。

「俺が居る、大丈夫だよ」

丈瑠が優しく言うと、秋は少しだけ考えて小さく笑う。

「ちょっとだけ待ってて」

秋はそう言うと家の中へ戻って行った。

「えぇ!?丈瑠さん、どんな魔法使ったの!?俺が何回言っても行かないって言ってたのに!」

藤が驚いてそう言うと、丈瑠は藤に視線を合わせる為に藤の前にしゃがんだ。

「藤、俺な、これからは少しずつ秋を外に連れ出そうと思ってるんだ」

丈瑠は昨日から考えていた事を口にした。ただ待っていても秋の傷を癒す事が出来ないという事が昨日でよく分かって、まだ幼いこの子が必要以上に母を守ろうと神経を使わなくて済む様に、そしてあんな不安そうな怯えた顔をしなくて済む様に、これからは自分が秋と藤の盾になって行こうと思っていた。

「でも焦っちゃ駄目なんだ。だから少しずつな。昨日の秋を見ただろ?もし昨日みたいになっちゃったら映画観れないかもしれないけど、それでもいいか?」

「俺はいいけど・・純一郎がガッカリするんじゃ・・」

藤は申し訳なさそうな顔でそう言った。

「お?純一郎はとっくにいいって言ったぞ?」

「本当?」

「あいつ、秋が大好きだからなぁ」

丈瑠は昨日の純一郎の赤くなった顔を思い出してハハっと笑った。藤もそんな丈瑠を見て笑う。

「ごめんね、お待たせ」

支度を終えた秋が玄関から出て来ると、丈瑠は一瞬その姿に見とれた。いつもの練習に来る格好とは違う秋の姿に丈瑠の顔がにやけて、丈瑠はそれを隠す様に立ち上がり背中を向けた。

「行くか」

藤は車の後部座席に座っている純一郎の隣へ乗り込んでドアを閉める。

「可愛いじゃん」

丈瑠が秋にそう言って笑うと、秋は照れ臭そうな顔をして

「ありがと」

と、短くお礼を言う。丈瑠は基本的に女を褒めたり、おべんちゃらを言うのが苦手だ。ただ、この時は心の中で思った事がすんなり口から出て、丈瑠自身も気恥ずかしくなった。車が走り出すと子供達はやけに静かだった。

「普段はコンタクトなの?」

丈瑠の眼鏡を掛けた所を見た事のない秋が聞く。

「ん、そうだよ。今日はバレーやんないから眼鏡でいいかと思ってさ」

「眼、悪くなかったよね?」

「こっち来てからだな。急に落ちた」

「あ、そう言えばね・・」

秋が仕事の事を話し出すと、急に後部座席が賑やかになって、4人は前と後ろでそれぞれの話で分かれた。

映画館が近付いて来ると、丈瑠は映画館の近くにある駐車場には向かわずに、離れた所にある駐車場へと車を停める。普段は第3駐車場になっているそこは、余程混んでいる時でもなければ誰も停める事はない。それでも丈瑠はあえてそこを選んだ。降りてすぐに人が沢山いるより、誰も居ない所から少しずつ人が多くなって行く方がいいと思ったのだ。子供達は興奮気味だったが、秋の表情はどんどんと固くなっていく。車から降りた時にはすでに顔色さえ悪く見えた。

「秋」

丈瑠は秋に手を差し出す。秋は不安そうな顔を向け、そして差し出した手をジッと見た。

「怖かったら俺と藤と純一郎だけ見てればいい。大丈夫だよ」

丈瑠は笑顔でそう言った。そして差し出した手をクイクイと動かす。秋がその手をゆっくり握ると、丈瑠は秋の小さな手を包む様に握り返した。丈瑠はその繋いだ手を引っ張るでもなく、秋の一歩を待った。秋が丈瑠の顔を見上げたので、丈瑠は優しく微笑んで頷く。一歩、二歩と秋が歩くのに合わせて丈瑠も歩いた。俯きながら歩く秋を、急かす事も、歩みを早める事もなく、丈瑠は秋が自分で進んで行くのを待つ。人が1人、2人と、そんな秋の隣を通り過ぎたが、秋は足を止めなかった。繋いだ手から秋が恐怖心と戦っているのを感じて、丈瑠は心の中だけでエールを送る。が、秋の顔が段々と上を向き、顔に当たる風に気持ち良さそうに微笑み出した。まるで幼い子供が初めて外に出たかの様に秋は目を輝かせて周りに視線をやる。

「悪くないだろ?」

丈瑠がそう言うと、秋は嬉しそうな顔で丈瑠を見上げた。

「うん、忘れてた。こんな感じ」

そう言って笑う秋に、丈瑠の胸がトクンと動く。

(やべぇ・・)

昔のままの秋の笑顔に久し振りに会って、丈瑠の胸に愛しさが込み上げて来た。

映画は子供達の強い希望でアニメに決まり、丈瑠も始めの5分は頑張った。だが、純一郎に朝早くから起こされた事もあって、自然と瞼が閉じる。しばらくは睡魔と格闘していたが、繋いだままの秋の手の温もりが余計に眠りを誘う。次に目を覚ました時には映画は既に終わっていて、丈瑠は純一郎に怒られた。隣にあるフードコートで軽めの昼食を取ると丈瑠は時計を見る。

(まだ13時か・・)

買い物をして帰ってもまだ夕食には時間がある。丈瑠は藤と純一郎を見て考えた。

「晩メシの買い物行く前にさ、ちょっと行きたい所あるんだけど」

丈瑠の言葉に、皆が丈瑠を見る。

「どこ行くの?」

「着いてからのお楽しみ」

丈瑠はニヤリと笑った。


車を走らせて丈瑠が選んだのは海だ。誰も居ない砂浜に、丈瑠は大きく伸びをする。

「海?今、冬だよ?」

純一郎が寒そうに肩を竦めながら言うので、丈瑠は笑った。

「入らねぇよ。純一郎、藤、靴と靴下脱げ」

丈瑠の言葉に2人は驚いて、

「え?何で?」

と、目を丸くする。

「ここから水際までダッシュな、んで、秋の所までまたダッシュで帰って来い」

「えぇ~~~~!!」

2人が大きく文句を言った。

「バカ!練習が休みの時こそ鍛錬すんだぞ?それにな、砂は足に優しいから足腰鍛えるのに丁度いいんだって」

丈瑠がそう言うと、純一郎は

「だったら父さんもやりなよ!俺達ばっかりずるいじゃん」

そう言って頬を膨らませた。

「お?やるか?誰が1番になるかなぁ」

丈瑠が靴を脱ぎだしたので、藤と純一郎も慌てて靴と靴下を脱ぐ。丈瑠は着ていたダウンジャケットを秋の肩に掛け

「秋、スタートかけて」

と楽しそうに言った。秋もそんな丈瑠と、ブツブツ文句を言いながらも走る準備をしている藤と純一郎を見て微笑んだ。横一列に並ぶと、秋の

「よーい、ドン」

という掛け声と同時に3人で走り出す。水際まで子供達をからかいながら走り、折り返して丈瑠は秋を見た。遠くに見える秋が何故かすごく儚げに見え、丈瑠は走る速度を上げる。その時、横から押される様な突風が吹いた。風になびく秋の髪、その小さな体が飛ばされて居なくなってしまいそうな気がした。

(行くな!)

丈瑠は全速力で秋の元へ走る。早く捕まえてしまわないと、秋が消えてしまいそうな気がして怖かった。

「ちょ・・ちょっと、ぶつかる!」

秋の細い体を抱き上げると、その確かな感触にホッとする。

「高い!高いってば!」

秋が丈瑠の首に腕を回してしがみつく。

’このまま俺の側に居ればいい’

丈瑠はそう強く思った。

「ちびっ子に高い景色見せてやろうと思ってさ」

丈瑠がそう言ってニヤリと笑うと、秋は悔しそうに丈瑠の頭をポカリと叩く。

「落とすぞ?」

丈瑠が秋を抱いた腕の力を少し緩めると、秋の体が僅かにずり落ちて、

「落ちる!もうバカ!」

と、秋は丈瑠にしがみつく腕に力を込めた。昔のままの秋が自分の腕の中に居て、丈瑠の胸に懐かしさと愛しさを運ぶ。丈瑠が声を上げて笑うと、秋もそんな丈瑠を見て笑った。声を上げて笑う秋を、このまま側に置いて誰からも傷つけられない様に閉じ込めてしまいたい。だが、そんな自分の想いは秋を変える事は出来ないだろう事も分かっている。丈瑠はもう自分の気持ちを抑える事が出来なくなっている事に気付き始めていた。雪が居る事でバランスの取れていた想いは雪が居なくなってしまった事でバランスが保てないでいる。いつかこの独占欲が表に出てしまった時、秋はそれでも自分の側に居てくれるのだろうか。そう思うと、丈瑠の胸は苦しさを増した。


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