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君に紡ぐ言葉  作者:
17/22

支えと決意 1

12月に入り、6年生最後の大会が迫って来ていた。厳しくなる練習にも弱音を吐かず、懸命にボールを追う子供達を見ていると、最後は笑って終わらせてやりたいと丈瑠は心から思う。’頑張る事が大事’ よくそう言われるが、それは見ている側だから言える言葉だ。毎日、毎日バカみたいにボールを追い、汗だくになって、既に力が入らない足を奮い立たせているのは、’勝ちたい’ という執念が無ければ決して続かない。目の前に居る子供達は、それを乗り越えて今ここに居る。この子達の頑張りを、結果に繋げてやりたかった。

子供達の頑張りが、普段は練習を見に来る事のない父親達にも通じたのか、練習を重ねる毎に訪れる父親の数が増えて来ていた。丈瑠がそれを嬉しく思っていた、ある日。練習前に3人の父親達が体育館の隅で雑談しているのが、丈瑠の耳に入って来た。

「マジでそんな子いるの?」

「居るんだよ、これが!」

「うさぎちゃんな」

「めちゃ可愛いんだ~。目の保養ってやつ?」

「見てるだけかよ」

3人の下品な笑いが、丈瑠の苛立ちを生む。

(てめぇの子供がこんなに頑張ってんのに、女目当てで来てんのか、こいつら)

「あ、来た!」

1人の男が、体育館の入口を見て言った。

「マジ!?めっちゃ可愛いじゃん」

「だろ~?美代さんが居なきゃ話し掛けに行くんだけどなぁ」

(はぁ!?)

入口から現れた秋を見て、3人が口にする言葉に丈瑠はムッとしたが、確かに美代が居れば誰も秋に近寄る事は出来ないだろう。それ程美代のガードが鉄壁だった。丈瑠は美代が居てくれて本当に良かったと思う。だが、今日に限ってはその美代が現れない。

「義和、今日夏目どうした?」

「インフルエンザで寝てる」

丈瑠はそれを聞いて内心焦る。だが、斗貴子が秋の隣にずっと居たので、大丈夫かなとも思っていた。練習が始まると、丈瑠は子供達の指導で目が離せなくなったが、それでも時折は秋の様子を盗み見ていた。

「次!サーブやるぞ~!打ったサーブを俺に上げられた奴は3周ダッシュな!」

丈瑠は子供達に指示を出しながら、コートの中に入っていた。サーブの順番を待っている藤が、仕切りに秋を見ていたので、丈瑠は藤も同じ事を気にしているのだと少し切なくなった。まだまだ子供の藤が、その小さい体で秋を守ろうとしている姿はとても健気だった。それでも、藤は自分のサーブ順が回ってくると、真剣な顔でサーブを放つ。バレーに対する姿勢までもが雪譲りで、丈瑠は嬉しくなって口角を上げた。

練習も中盤まで来ると、丈瑠も3人は秋を見ているだけで満足して帰るだろうとタカを括っていた。試合形式の練習を始める為に、斗貴子が得点板を取りに1人で倉庫へ入って行くのが丈瑠の視界の端に見え、丈瑠は秋を捜す。

「月島さん!」

その時、6年のキャプテンをしている栄の母、高田に呼ばれ、丈瑠は秋を見つけられないまま高田を見た。

「何ですか?」

「大会の時の確認なんですけど・・」

高田の話に答えていた丈瑠の耳に、藤の声が飛び込んで来る。

「お母さん!」

藤の視線の先には、先ほどの3人の男の内の1人に肩を抱かれ、顔を青くした秋の姿があった。

「秋!」

丈瑠は高田がまだ話していたが、それを振り切って秋の元へ走った。男から秋の体を奪い取ると、丈瑠はその男を睨み、その威圧感に男は怯えた顔を見せる。今にも崩れそうな秋の肩を抱いて体育館の外へ連れ出すと、外へ出た途端秋の体が崩れ膝を落とした。体はガタガタと震え、浅すぎる呼吸のせいで酸素が上手く回っていない。

「ちゃんと息しろ!ゆっくり!」

丈瑠は両手で秋の顔を包むと、自分の方へ顔を向かせた。

「秋、俺を見ろ。大丈夫だから」

焦点があってない秋の瞳が丈瑠を捜す。肩で息をする秋を、体育館から飛び出して来ていた藤が後ろから見ているのが分かった。秋の視線が丈瑠を捜し当てると、徐々にゆっくり落ち着いて来たので、丈瑠は秋を抱き抱えながら背中を撫でる。

「ごめん・・大丈夫だよ・・藤」

秋は丈瑠の後ろで青い顔をして怯えている藤に気付き、そう言って笑顔を作った。

「大丈夫じゃないじゃん・・」

藤は泣き出しながら秋に近付くと、秋のまだ震える手をギュッと握った。丈瑠の胸に、大河への憎しみが込み上げる。松原が壊した秋の心に、決して消えない傷を付け、ここまでの恐怖を秋に与えたあの男を殺したい程憎いと思った。秋の呼吸が戻って来たのを腕の中で感じ、丈瑠はそっと秋の頬に手を当てた。

「秋、車の中で少し休んでろ・・治まったら今日は帰れ、いいな?」

丈瑠の言葉に秋は小さく頷く。

「藤、悪いけど荷物持って来てくれるか?」

丈瑠がそう言うと、藤はすぐに頷き、体育館の中へ戻って行く。

「丈瑠さん・・・ごめんね・・・」

秋が溢れそうになる涙を堪えながらそう言うと、丈瑠は胸が痛くなった。

「バカ・・無理して喋んな」

「もう丈瑠さんが知ってる私じゃない・・ごめんね・・」

「どんな秋も・・俺の大事な秋だ、変わんねぇよ」

丈瑠は秋に優しく笑ってみせた。藤が体育館から出て来たので、丈瑠は車の鍵とドアを藤に開けさせ、秋の体を抱き上げる。その体の軽さと小ささに、丈瑠は堪らない気持ちになった。そっと運転席に座らせると、シートを倒す。

「後で家に寄るから」

丈瑠はそう言って微笑むと、丈瑠の斜め後ろからその様子を見ていた藤に、

「藤、もう大丈夫だ。でもお母さんの事頼むな」

と声を掛け、藤の頭を撫でた。藤の顔が緊張から解き放たれた様にホッとしたのを見ると、丈瑠の心に小さな決意が生まれた。

(このままじゃ駄目だ)


練習が終わり、純一郎と秋の家へ寄る。

「すぐ来るから車で待ってろよ」

丈瑠は純一郎を車に残すと、玄関のチャイムを鳴らした。玄関から藤と秋が姿を見せると、丈瑠の後ろから、いつの間に車から降りたのか、純一郎がヒョコっと顔を出した。

「すぐ帰るから車で待ってろって言っただろ?」

「俺だって秋ちゃんが心配なの!」

純一郎が口を尖らせる。純一郎は昔の事など覚えている訳でもないのに、やたら秋を気に入っていた。少年バレーには各学年の母親達がいるが、純一郎はこれまで美代以外には一定の距離を取っている様に丈瑠には見えた。いや、美代にすら近付き過ぎない様にしている。だが、秋にはそれがない。

(三つ子の魂百までってか?)

丈瑠はそんな事を思いながらも、秋に視線を移した。顔色も呼吸も正常に戻っているのを確認すると、

「顔見に来ただけだから・・もう大丈夫そうだな」

丈瑠は優しく笑った。秋も丈瑠の言葉に頷いて微笑む。

「ま、明日は学校も練習も休みだしゆっくり休め」

丈瑠がそう言うと、藤は丈瑠の横を通り抜け外に居る純一郎を引っ張って丈瑠達から少し離れた所で何やら話し出した。

「丈瑠さん・・」

秋が小さな声で丈瑠を呼ぶ。秋に視線を合わせると、秋は小さく、それでも何かを決意した様に

「私、もう藤にあんな顔させたくない」

そう言った。

「うん、そうだな」

丈瑠も藤の怯えた顔を思い出して頷く。

「でも・・どうしていいか分からないの・・自分の体なのに思う様にならないの・・」

「秋、焦んな。少しずつ、ゆっくりいこうぜ」

「少しずつ?」

「おう。お前はまず自分が楽しむ事を考えろ」

「楽しむ・・の?」

「そ、笑える様になりゃ、気持ちも変わってくっから」

「私、笑ってるよ?」

秋は丈瑠の言っている意味が分からないといった風にキョトンとした顔をした。

「夏目達と居る時は少しはマシだな。でも、楽しそうにした後で決まって辛そうな顔もしてんだろ?」

秋は驚いた様に丈瑠を見た。

「自分を責めるな・・楽しいって思ってもいいんだ。幸せになってもいいんだって。雪もそれを望んでると、俺は思う」

丈瑠の言葉に、秋は今まで見た中でも1番苦しそう表情を浮かべた。

(呪縛だ・・)

丈瑠の推測で言った言葉が、確信へと変わる。雪の死の責任は自分にある、秋はそう自分を責め続けているのだ。

「お母さん」

藤が突然秋に声を掛けた。秋が気を取り直す様に笑顔を藤に向けると、藤と純一郎が揃ってにこやかにこちらを見ている。

「明日練習休みだから、純一郎と一緒にご飯食べたいな」

藤がニッコリ笑って言うと、純一郎も

「俺も秋ちゃんのご飯食べたい」

と言って、藤と同じ様にニッコリ笑う。

「えぇ?」

秋は突然の子供達の言葉に意味が分からないらしく、丈瑠に視線を投げた。

「・・・俺も食いたい」

久々の秋の手料理。雪は頼みごとがあると、決まって秋の料理をエサに丈瑠を釣った。丈瑠は昔からこの誘惑に勝てた事がない。施設で育った秋は、昔から施設の職員を手伝っていたせいか、とても料理が上手だった。丈瑠、藤、純一郎の視線が秋に集まると、

「分かった・・分かりました」

秋は降参した様に了承する。

「本当!?」

純一郎の顔がパッと輝いたのを見て、丈瑠は胸がズキンと痛んだ。

(すまん、純一郎!まともな飯が作れない俺を許せ!)

丈瑠は料理が苦手だ。今まで何でもそつなくこなして来た丈瑠だったが、この炊事という作業だけはどんなに頑張っても上達しなかった。大雑把な性格が災いし、最後にはとんでもない物体が仕上がる。そして、それは純一郎も一緒だった。男の2人暮らしは、大抵弁当か麺類になっている。

「純一郎は何が食べたい?」

秋が優しく聞くと、純一郎は

「俺、唐揚げ食べたい!」

と、自分の1番好きなおかずを口にする。

「じゃ、それにしようか」

秋の言葉に、丈瑠の心も躍る。秋の作る唐揚げはどんな下味がつけてあるのか、とても美味しい。それを思い出して丈瑠が子供の様にワクワクしていると、その横では子供達がハイタッチをして悪い顔で笑っていた。

「ただ飯食わせてもらうだけじゃ悪いな・・映画でも観に行くか?」

丈瑠の提案に、今度は藤が顔を輝かせた。

「行く!行きたい!」

藤が嬉しそうに秋を見ると、秋は一瞬戸惑った顔を見せたが、笑って頷いた。


その帰り道、丈瑠は車の中で純一郎に尋ねる。

「お前がこんなに懐くなんて珍しくね?」

純一郎は助手席から丈瑠を見た。

「?どういう事?」

「いや、どんなお母さんが優しくしても、なるべく近寄らない様にしてただろ?」

「・・うん」

純一郎は丈瑠がそれに気付いていた事を嬉しい様な、気まずい様な複雑な気持ちになる。

「秋ならいいの?」

「秋ちゃんは・・いいの・・」

「何で?」

「父さん目当てで俺に優しくするんじゃないから」

丈瑠は純一郎の言葉に驚いた。

「他の人だってそんなつもりねぇと思うけど・・」

純一郎は溜息を1つ吐き、丈瑠をチラリと一瞥して呆れた顔を見せた。

「子供だと思って誤魔化しても駄目だからね。俺、知ってるんだ。6年生の唯のお母さん、斎藤さん?父さんの事好きなんだ・・何回か俺に弁当作って来たけど、父さん受け取らなかっただろ?あの人もシングルマザーだから恋愛出来ない訳じゃないけどね・・父さん、その気がないから受け取らないんだろ?」

(お前、本当に10才かよ・・)

丈瑠は苦笑いを浮かべる。

「他のお母さんだってそうだよ・・ ’月島さんが旦那と別れてくれって言ったら離婚してもいいわ~’ とか言ってるし・・そういうの、俺うんざりなんだよ」

丈瑠の背筋がゾワッとする。

(女って怖ぇ・・)

「秋ちゃんはさ・・何ていうか・・俺が大事って顔するんだ・・」

純一郎は呟く様に言って、ハッとした様に

「気のせいかもしれないけど!」

と、付け足した。

(気のせいじゃねぇけどな・・)

丈瑠は喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。真知子が居なくなって、後藤が寄越してくれたベビーシッターも、家政婦も純一郎を可愛がってくれたが、1番愛情を注いでくれたのは秋だ。それを伝えられないのはもどかしいが、純一郎がそう感じてくれているだけで嬉しかった。

「なぁ・・純一郎」

「何?」

「明日さ・・映画観に行くだろ?」

「うん」

「秋は・・ちょっと人が怖いんだ・・男の人も怖くてな・・もしかすると、具合が悪くなって映画観れなくなるかもしんねぇけど、それでもいいか?」

「そんなの全然いいよ。秋ちゃんがしんどい思いする方が嫌だ」

純一郎はサラリとそう言った。

「お前・・本当に秋が好きなんだなぁ・・」

丈瑠がしみじみとそう言うと、純一郎は顔を赤くした。


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