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君に紡ぐ言葉  作者:
15/22

秋の過去 2

ーー7年前。

バレー界の至宝と言われた雪の突然の死は、その亡くなり方もあり、新聞のトップを飾った。ワイドショーは特番を組み、雪が隠れて結婚していた事実と、松原の恨みの経緯を解説する。秋の写真も目隠しこそされてはいたが、無断で使用され、加熱する報道は留まる事がない。その内に、松原がその様な殺意を抱いたのは秋の態度に問題があったのではないかという報道まで出て、どこに行っても突き刺さる視線と、最愛の人を亡くした悲しみに秋は精神的に追い込まれていた。そんな秋を心配した上原は、報道陣が押し寄せる自宅から秋と藤をこっそりと連れ出し、自分の自宅へと匿った。上原も、後藤も、この報道の加熱状態に危惧はしていたが、一時的なものだとも思っていた。上原という話し相手がいるだけで、秋は表面上強がってみせるだけの元気も出て来ていたので上原も安心してしまっていた。丈瑠は松原と揉み合いになった傷を治療するのに一時的に入院措置が取られ、その後警察による事情聴取などに追われていたが、上原はこの加熱した報道が収まるまでは、丈瑠には秋に接触しない様に告げてあった。雪が亡くなったばかりの中、丈瑠までもが報道陣の前に出てしまえば、秋の立場は益々悪くなる事が手に取る様に分かる。そして、上原は丈瑠の気持ちに気付いていた。丈瑠が真知子と離婚した時、周囲は誰もが驚いたが、上原だけは予想していた事が現実になったと思った位だった。上原の苦言もあって、丈瑠は秋を心配しながらも上原の自宅を訪ねたり、報道陣の前に顔を出す様な愚かな真似はしなかった。秋からのコメントが取れない報道陣は、段々と自宅前から引き上げ始め、事件から5日目には深夜まで張り込んでいた報道陣は居なくなり、もっぱら朝から夕方までに2~3組の報道陣が居るだけとなっていた。

「一回家に帰って大事な物と着替えだけ持って来るね」

秋が報道陣の居なくなる深夜を狙ってそう言った。

「1人で大丈夫?」

「藤も寝ちゃってるし、悪いけど上原さん藤を見ててくれる?」

「勿論。もし報道陣が居たら車から降りずに帰って来るんだよ?」

上原の言葉に秋は笑って頷き、玄関を出て行った。だが、それが間違いだったのだ。報道陣が居なくなるのを待っていたのは秋達だけではなかった事に、誰も気付く事など出来なかった。

1時間経っても、2時間経っても、秋は帰って来なかった。心配になった上原は、後藤に電話を掛ける。

「会長、秋が自宅に荷物を取りに行ったきり帰って来ないの!何かあったんじゃないかと思って・・藤も寝てて動けないの・・お願い秋の様子を見て来て!」

普段冷静さを失わない上原が、取り乱しながら後藤に言うと、後藤は深夜2時を回っているにも関わらず二つ返事で飛び出してくれた。

それから1時間後・・・・。

後藤に支えられながら秋が上原の自宅に帰って来ると、上原は秋の姿に言葉をなくす。上に後藤の服を羽織ってはいたが、中に見える破られた服、手首に残された赤い痣。左頬は赤く腫れ上がっている。そして虚ろなどこを見ているか分からない秋の瞳。何があったのかなど、聞かなくても分かった。

「・・・誰?」

上原は秋を強く抱き寄せる。秋は上原の腕の中で声を押し殺して泣いた。

「誰がやったの!?言いなさい!」

上原は怒りで気持ちを抑える事が出来なかった。後藤はそんな上原の肩に手を置くと、黙って首を振る。

「藤崎・・藤崎の父が・・」

秋が震える声を上げ告げた名前に、上原も後藤も愕然とする。

「藤を・・雪の息子を・・渡せって・・」

途切れ途切れの言葉は、上原の胸を締め上げる様に痛くする。そして、藤崎大河の卑劣な行為に吐き気がした。

「秋、とても辛い事を言うわよ?今から病院に行くの」

後藤が驚いて上原を見る。

「ちょっと、何もこんな時に・・」

「・・行く・・」

秋は上原にしがみつきながら、それでもハッキリと口にした。

「あの人・・藤が欲しいの・・もし裁判にでもなったら、ある事ない事言われてる今の状況じゃ負けるかもしれない・・でも、この事実があれば・・藤を取られずに済む。それに・・処方して欲しい物がある・・」

上原は自分が全てを口にしなくてもきちんとその意味を理解してくれる愛弟子の頭の回転の早さに、熱くなる目頭を押さえる。後藤をその場に残し、上原は秋をそのままの姿で病院に連れて行った。


後日、上原と後藤は物的証拠を持って藤崎大河の元を訪ねた。

「貴方が秋にした事の証拠は揃ってます。秋の息子は絶対に渡しません」

上原の言葉に大河がククッと笑う。

「何の話かと思えば・・向こうから誘っておいて酷い言い草だ」

「秋が誘ったですって!?あれはレイプです!」

努めて冷静さを保っていた上原が、我慢出来ずに声を荒げる。

「診断書にもはっきりと書かれています。お渡しする事は出来ませんがね!」

「おや、私だけでは物足りなくて別の所で男漁りでもしてたんですかねぇ?そこで痛い目をみたからといって全てこちらの責任だと言われても・・」

「そこまでしらばっくれるつもりなら、貴方のDNAを提供して頂きますよ?秋の体内から取れたDNAが何人分あるんでしょうね?」

静かに睨み合う上原と大河だったが、先に視線を外したのは大河の方だった。

「私はね、藤が心配なんですよ・・何と言ってもたった1人の孫ですから・・そうですね、ご理解頂けないのなら・・何度もお願いに上がるしかないですねぇ、秋さんに」

上原の背筋に冷たいものが走った。

(この男はまた秋に・・)

「秋には二度と会わせません」

ワナワナと震える手でテーブルの上の書類を拾うと、上原と後藤はその場を後にした。

「あいつ・・また秋を襲うつもりなのよ」

帰りの車の中、上原は悔しさで滲む涙を拭きながら後藤に話す。

「こんなに注目されている中で警察沙汰になんてなったら、今度こそ秋は壊れてしまう・・こっちが被害届けを出せないのを分かった上での行動なのよ、何て卑怯な奴なの!!」

「話の通じる相手じゃないし、秋ちゃんをどこかに隠しておけないかしら・・」

後藤の言葉に、上原はハッとする。

「会長!それだわ!」

上原はこの時、秋を女性専用のシェルターに隠す事を思いついていた。



「そして、事情を理解してくれた保護施設が警察と連動して秋と藤に保護プログラムを掛けてくれたの」

丈瑠はそこまで聞くと、黙って立ち上がった。

「月島君、どこへ行くつもり?」

「決まってんだろ!あの野郎、殺してやる」

藤崎大河がどんな人物なのかは知っていたがまさかそんな事があっていいのかと丈瑠の心は増悪で黒く染まっていく。

「座って」

上原の冷静な声も、今の丈瑠には届かなかった。丈瑠が足早にドアに近付くと、後藤に前を遮られる。

「ジジィ、そこどけ」

「どく訳にはいかん。座れ」

丈瑠の前では滅多に出さない男言葉。

「月島君、貴方が藤崎大河の所へ行ったらそれこそあの男の狙い通りになってしまうわ」

「秋にそんな事されて、黙って許せって言うのか!?」

「秋があの男に見つかってしまったら、秋のこれまでの努力が無駄になるって事が分からないの!?1番辛いのは秋なのよ!」

上原の言っている事は正しい。でも、丈瑠は自分の中にある黒い感情を制御出来ずに、ドアを思い切り叩いた。

「こんなに人を憎んだのは二人目だ・・」

後藤は丈瑠の肩に手を置き、椅子に座る様に促した。

「さっき、秋に触ったかって聞いたわよね?」

上原が優しい声で言う。

「あんな事があって、秋が怖がりもせず触らせたのは貴方が初めてよ」

上原の頬を涙が流れて、丈瑠はやっと先程の質問の意図を理解した。

「今の秋にとっても、これから先も、きっと貴方の存在は秋の助けになる。だから感情で走らないで・・秋を助けて・・お願い」

しゃくりを上げながら話す上原を、丈瑠は初めて見た。

(ずっと守って来たんだな・・この人は・・)

そう思った途端、丈瑠の目頭が熱くなった。秋がどんな気持ちで今まで暮らして来たのか、どんな想いで藤を守って来たのか、そう思うと丈瑠の目からも涙が溢れる。丈瑠はやっと秋の言葉とその理由を理解した。1番愛した雪を思い出せば、あの日雪を奪われた事と同時に、大河の事も思い出す。秋はそれが怖いのだ。息子である藤にすら雪の事を話せない程秋の心は傷ついている。秋の笑顔を思い出すと胸が締め付けられた。あの小さな肩に、とても抱えられない様な重荷を乗せ、それでも懸命に自分で立とうとしている秋を心の底から愛しいと思う。

「雪が引き合わせてくれたのかなぁ・・」

丈瑠の呟く様な言葉に、上原も後藤も泣きながら頷く。

「秋と藤は俺が守るよ・・絶対に」

丈瑠の心の中の決意を口にした。



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