秋の過去 1
丈瑠は少年バレーが休みになる火曜日を狙って休暇を取っていた。目的は東京の本社へ顔を出す為だ。秋の事を知っていたにも関わらず、そして自分が秋を捜していた事を知っていて何も教えなかった上原と後藤に腹を立てていた丈瑠はその理由を聞くつもりで足を運んでいた。いくら後藤が溺愛しているからといっても突然押し掛けて会える程後藤は暇な人間ではない。丈瑠は事前に後藤に連絡を入れていたがその歯切れの悪さにも些かの疑問を持っていた。
東京の本社に入ると、愛想笑いを顔に貼り付けた受付嬢がにこやかに丈瑠に声を掛ける。
「本日はお越し頂きまして有難うございます。どちらにご連絡を致しますか?」
「会長のジ・・後藤さんをお願い致します」
思わずジジィといつもの調子で言いそうになって丈瑠は咳払いをしながら言葉を正した。
「後藤の方から承っております。月島様ですね?会長室へご案内致しますので、こちらへどうぞ」
丈瑠は受付嬢の後に続いて歩く。後ろでは残された受付嬢が丈瑠を目で追って顔を赤らめていた。会長室の前まで来ると、案内をしてくれた受付嬢がドアをノックし、中にいるはずの後藤に声を掛ける。ドアは物凄い勢いで開いた。
「丈瑠ちゃ~~~ん!!会いたかったわ~!」
部屋の中から飛び出して来た後藤は、人目も憚らず丈瑠に抱きつき、受付嬢はその様子を呆然と見ていた。
「ジジィ!いい年こいて気持ち悪ぃんだよ!」
丈瑠は後藤を引き剥がすと、部屋の中へ押し込み、
「案内ありがとう」
まだあんぐりと口を開けたままの受付嬢に声を掛けると、急いでドアを閉めた。だだっ広い会長室の中央に、10人程が座れる立派な応接用の椅子とテーブルがあり、その一角には呆れた顔で後藤を見ている上原が座っていた。
「上原さんまで来てたの?」
丈瑠が後藤を押しのけ、上原の向かいへ腰を下ろすと、上原は気を取り直した様に丈瑠に視線を移す。
「月島君が会長に会いに来た理由がね・・私も同席した方がいいと判断したの」
「話が早いじゃん」
流石、分析センター長を任されているだけあって、上原のやる事には無駄がない。
「秋の事・・よね?」
丈瑠の顔が険しくなったので、後藤は丈瑠にちょっかいを出すのを止めて、上原の隣に座った。
「秋と会った」
上原と後藤が顔を合わせ、溜息をつく。
「怒るのも分かるけど・・こっちにも事情があったのよ」
「・・詳しく聞かせてもらうよ?今度こそ」
丈瑠は ’今度こそ’ を強調する。丈瑠が東京に居た4年間、上原は何度秋の事を聞いても ’分からないわ’ と繰り返すばかりで、何も教えてくれなかった。それゆえの言葉の強調だった。
「事情を話す前に、確認してもいいかしら?」
「あ?」
この期に及んでまだ引っ張る上原に、丈瑠はムッとした。
「大事な事なの・・それでなくても秋の了承もなく秋の一番踏み込んで欲しくない事を話すのよ?それ位は我慢して」
上原の瞳が真剣だった事と、キッパリした口調が事の重大さを感じさせ、丈瑠は気持ちを切り替える。
「確認したい事って?」
上原は丈瑠が引き下がってくれた事を安心した様に小さく笑った。
「月島君、秋に会ってから秋は貴方に体を触らせた?」
「何言ってんの!?」
上原が突然、聞き様によってはすごい事を言ったので、丈瑠は焦った。
「あぁ・・ごめん・・そうじゃなくて」
上原もそこに気付いたのか、気まずそうに言葉を探す。
「秋に触った?」
「変な意味じゃなく抱き寄せたけど・・ハグだよ?ハグ・・え?上原さん、これってセクハラ?」
丈瑠の突っ込みに、上原は動じないまま身を乗り出した。
「その時の秋の様子は?」
「え?別に普通だけど・・・」
上原の質問の意味が分からなくて、丈瑠は混乱して来た。
「呼吸は?震えたりしなかった?」
「だから普通だって・・ねぇ、一体何の話?」
上原は心底嬉しそうに微笑んで、後藤を見た。後藤も涙を浮かべながら頷く。
(だから・・何なのこの2人・・)
いつまでも本題に入らない事に苛立ち出した時、上原が真顔に戻って口を開いた。
「月島君、秋ね・・あの事件の後、女性としてとても辛い目にあったの・・それ以来、男の人に近寄るのも、触られる事もとても怖くなってしまったの」
丈瑠は上原の言葉を頭の中で整理するが、話が見えて来ない。
「秋は・・人が怖い、男の人はもっと怖いって・・松原の事じゃねぇの?」
「私が知ってる事・・全部話すわ」