再会 2
藤が初めて団体の練習に参加するのは金曜日。丈瑠はその前に美代に電話を入れた。秋の近所に住んでいる美代なら、秋の世話を任せられると思ったからだったが、美代は電話だと話せないと言って、丈瑠を近所の公園に呼び出す。美代は大事な話をする時や、自身の愚痴を零す時、決まってこの公園を選ぶ。丈瑠が公園に行くと、美代とその旦那の良紀も一緒に居た。良紀は丈瑠の従兄弟であり、中学・高校時代のチームメイトだった。2人を取り持ってやったのは他ならぬ丈瑠だ。
「おぉ!久し振りだなぁ!」
丈瑠は良紀の腕を軽く殴ると、久し振りの従兄弟の顔を見た。
「お前、団体の練習の方にも顔出せよ」
「すまんな、仕事がなきゃ行くんだけどなぁ」
良紀は変則的なシフトのせいで、中々捕まらない。それでも今日2人が揃って丈瑠に会いに来たのは何かあるのだろうと丈瑠は思った。
「秋に会ったんでしょ?」
美代が口を開く。
「おぉ・・藤が団体に入る事になったよ」
美代は真顔で丈瑠を見た。
「藤崎秋・・・よね?」
丈瑠の顔から笑みが消える。
「ごめんな、丈瑠。俺達もうずっと前から知ってたんだ」
良紀が申し訳なさそうな顔で言った。
「秋が引っ越して来た時から知ってた」
「秋は・・お前達が自分の事を知ってるって事・・」
丈瑠がそこまで言うと、美代は首を横に振った。
「俺と雪の関係を知ってて、俺にも黙ってたのか?」
丈瑠の胸に怒りが込み上げてくる。
「あんたは!!」
そんな丈瑠の様子を察した美代が大きな声を上げた。
「引っ越して来たばかりの秋を見てない」
「どういう事?」
「私達はずっと月島を見て来たから、引っ越して来たばかりの秋を見てすぐに気付いたわ、藤崎雪の奥さんだって。でも秋はそれを隠そうと必死だった。初めはマスコミが怖いのかと思ってた。でも・・あれは違う」
丈瑠は美代が話す言葉を黙って聞いた。
「秋が引っ越して来てからすぐにね、地区のお祭りがあったの。初めて皆の前に顔を出した秋に、皆・・特に男が喜んじゃってね・・。秋の周りを囲んだの・・ただそれだけの事なんだけど、あの子・・・集会場の隅で皆から隠れて震えながら泣いてた」
丈瑠は秋の言葉を思い出す。
’人が怖いの・・男の人はもっと怖い’
「余程トラウマとして残ってるんだと思った。でも、それだけじゃない気がして・・良紀と2人で藤崎秋だって知ってるって事は秘密にしようって決めたの」
「俺に黙ってたのは何で?」
「あんたバカ?」
美代が呆れた顔で丈瑠を見た。
「あぁ!?」
「その当時、あんたが動けばマスコミも動くし、あんたのファンも動いたでしょうが!」
美代の言葉に丈瑠はグッとなって黙る。
「あんたと雪君の関係を知ってたから、ここでの生活が落ち着いたら秋から連絡が行くかと思ってたの!でも・・・秋は誰にも連絡しなかった」
「秋ちゃんさ、本当に外に出ないんだよ・・出ないっていうよりは、出れないって感じでさ・・それでも町内の集まりには必ず参加してたんだぜ?」
「1年位経つ内に、秋はこの町内の中でだったら笑顔を見せる様になって来たの。愛想笑いじゃない、本当の笑顔。私、その笑顔を守りたいって思う様になってた。秋があんたに連絡を入れないのにも、何か事情があるんじゃないかって思ったら、秋の気持ちを考えずにあんたに教えるのは違う気がしちゃって・・・3年前、あんたがこっちに転勤するって言った時、喉元まで秋がここに居るって言おうと思った。でも、まだ外に出る事も出来ない秋にあんたを会わせて、やっと見せる様になった秋の笑顔を奪いたくなかった・・」
丈瑠は3年前、転勤すると良紀に連絡を入れた時、美代に少年バレーのコーチをして欲しいから近くに引っ越せと言われた事を思い出した。
「俺にコーチを頼んだのは・・」
美代は小さく笑って頷く。
「これは縁だと思ったのよ・・月島が転勤するって言った時、静岡の中だったらどの支部だって可能性はあったのに、よりによって浜松だった事、そしてあんたと近い存在が地元でもないのに秋の側に居た事・・。秋とあんたの縁がまだ切れてないんだとしたら、きっとまた会えるんだろうって思った」
美代の言葉に頷きながら、良紀は
「美代の奴、やきもきしながら秋ちゃんに何度も ’藤に少年バレーどう?’ って誘ってたんだぜ?」
と言ってニシシと笑った。
「結局、大人が動くよりも子供同士の方が早かったけどね」
丈瑠は秋と再会出来た今なら、この2人の気持ちを有難いと思えた。秋の気持ちを一番に考え、秋をずっと見守ってくれていたんだと。
「ありがとな・・」
丈瑠がそう言うと、2人は照れ臭そうに笑った。
「私はこれからも秋の気持ちを大事に考える。だから秋にも今まで通り言わない。あの子が自分から話してくれるのを待つわ。後は、あんたがしっかりしなさいよ!」
美代は丈瑠の背中を叩いて喝を入れる。
「おう」
丈瑠は満面の笑みで頷いた。