再会 1
それは本当に偶然だった。
義和が壇上で話していた少年の1人に目が向く。近くまで行くと、その少年と目が合って、丈瑠はどこか懐かしい様な気がした。義和に誘われ、渋々といった顔で練習に参加した少年は、丈瑠の放ったボールを綺麗なフォームで返す。
(あれ?経験者か?)
丈瑠がそう思う程、綺麗なフォームだった。
「お前、名前は?」
「・い・・・藤です」
藤は、その後も丈瑠が打ち込んだ強打すら綺麗にレシーブして見せる。丈瑠の胸に、久々に湧き上がる期待感だった。どんな才能を持っているのかを見極める為、丈瑠が藤にアタックの仕方を教えると、藤は教わった以上のものを見せ、丈瑠は驚いて言葉をなくす。それは丈瑠が雪と初めて会った時を思い起こさせた。外から吹く風にカーテンが舞って、その隙間から差し込んだ光が藤の顔を照らすと、藤の瞳の色が薄茶色に見えた。
「藤って・・・藤崎藤・・か?」
丈瑠は伺う様に聞いたが、心の中ではもう確信に近いものがあった。飛び抜けたジャンプ力、長い滞空時間、振り下ろすスイングの速さ、雪そのものだった
。
(・・藤だ・・あの小さかった藤が・・雪の息子が・・)
丈瑠が声を掛けようとすると、藤は怯えた顔を見せ、逃げる様に体育館から走って行く。丈瑠はその理由は分からなかったが、藤がここに居るという事は、秋もここに居る。ずっと捜し続けた秋が・・・。練習が終わるのを待っていられない程焦る。また秋が居なくなってしまう前に、どうしても、一目だけでも会いたかった。
「悪い!ちょっと抜ける!」
一通りの基礎練習が終わると、藤に置いていかれた卓人を送りながら、藤の家まで道案内を頼む。丈瑠の脳裏には色んな思い出がよぎった。
「ここだよ」
卓人は一軒の家の前でそう言った。柄にもなく足が震える。卓人が玄関のチャイムを鳴らすと、中から懐かしい声が聞こえ、その人物が玄関から姿を見せる。
(秋!!!)
丈瑠は7年を経て、やっと秋を見つけた。
リビングに通されると、丈瑠はソファに腰掛け、お茶を入れている秋を見つめる。相変わらずの小さな体、まだ幼かった愛くるしい顔立ちは、7年を経て大人の女性になってはいたが、それでも尚可愛かった。
「久し振りだな、秋」
「・・うん。丈瑠さん変わってないね」
「捜した」
丈瑠が短く言うと、お茶を入れていた秋の手が一瞬止まった。
「ごめんね・・黙って居なくなって・・」
秋が震える声でそう言ったので、丈瑠は秋が泣いているのかと思った。
「守ってやれなくて悪かったな・・」
お茶を差し出した秋に丈瑠がそう言うと秋は寂しそうに小さく笑って首を振った。秋が丈瑠の正面に座ると、丈瑠は秋をジッと見つめる。秋もそんな丈瑠を見つめていた。色々な想いが込み上げて丈瑠が言葉を探していると、秋が
「傷・・残っちゃったのね」
と、丈瑠の目元の傷を指差した。
丈瑠はその傷を触りながら笑う。
「東京を出てからずっとここに?」
「うん・・この家ね、雪が私にも黙って買い取ってたらしいの」
「雪はここの出身だろ?」
「うん。でもまさか家を買ってるとは思わなかった・・丈瑠さんは?どうしてここに?」
「3年前に浜松支部に転勤したんだ。家、隣町だぞ」
秋は驚いた様に少し笑った。
「転勤なんて、よく会長が許してくれたね?」
「ジジィは駄目って言ったけどな」
丈瑠はその時の後藤の様子を思い出してニヤリと笑った。
「プッ。相変わらず ’ジジィ’ って呼んでるのね」
秋も笑う。
「静岡ってさ、サッカーは有名だけど、バレー人口がどこの県よりも少ねぇんだよ。やっぱり故郷のバレーが廃れていくのって寂しいだろ?だからこっち戻らせてもらった」
「えぇ!?丈瑠さんって静岡出身なの?」
「あれ、そう言わなかったっけ?」
「聞いてないよ」
7年の年月がまるで嘘だった様に、丈瑠と秋の間に流れる空気は昔と同じままだった。
「藤も大きくなったな」
丈瑠が目を細めて言うと、
「でしょ?純一郎も大きくなったんだろうなぁ」
秋も懐かしそうに微笑んだ。
「そう言えば、今日少し見ただけで良く分かったね?」
「フォームが雪そっくりだったからな・・後は ’藤’ って名前な」
「やっぱりそうだったか・・きっと藤の名前を知ってる人だと思ったの・・でも藤はコーチみたいな人としか言わなかったから、最後まで丈瑠さんだとは分からなかったけどね」
「秋は今、何してんの?」
「相変わらずやってるよ、アナリスト」
秋の言葉に丈瑠は目を丸くした。
「はぁ!?そんな情報入ってこねぇぞ?」
秋はそんな丈瑠を見て笑う。
「トップシークレットだからね。会長と分析センターの上原さんしか知らないの、これ」
「信じらんねぇ!お前、ずっと上原さんと仲良かったから居なくなってからも、あの人に何回も聞いたんだぜ? ’分からないわ’ ってしらばっくれてたんじゃねぇかよ!しかもジジィまでグルになりやがって!」
秋は丈瑠が面白くなさそうに話すのを聞いてまた笑った。
「大会にも視察に来てたのか?」
丈瑠が尋ねると、秋は顔を曇らせて首を振る。
「人が怖いの・・男の人はもっと怖くて・・外へ出られないの」
あの事件は秋の心をこんなにも壊してしまったのだと、丈瑠の胸が苦しくなった。丈瑠は立ち上がると、秋の隣へ座り直す。
「俺も怖いか?」
秋が小さく笑って首を振るのを見て、丈瑠は秋に向かって両手を広げる。
「何?」
秋は意味が分からないらしく、首を傾げた。
「ほれ、来い!」
「犬じゃないんだから・・」
秋は笑いながら、丈瑠の腕の中へ少し躊躇いながらも寄り添った。その小さな体を優しく包むと、ホッとした安心感が丈瑠を暖かい気持ちにさせる。
「秋」
「ん?」
「藤にやらせろよ、バレー」
秋の体がピクリと跳ね、腕の中から離れた。表情が少し怯えた様に見えて、丈瑠は不思議に思う。それでも、
「あれは雪を超えるぞ」
そう言うと、秋の目が輝いた。
「・・・そんなに?」
「おぉ、今日アタックのやり方を見せたんだけどな、一回だけだぞ?なのに、あいつのフォームは雪そのものだった。しかも、ネットから頭半分出てたよ・・滞空時間も長いし、スイングも速い。小4でだぞ?あれは雪の血だ」
秋は口元を両手で押さえると、目を潤ませた。
「俺に藤を育てさせてくれないか?」
丈瑠は率直にそう言った。雪の遺伝子を受け継いだ藤を、雪を一番知っている自分が育てたい、そしてもう一度雪の様な胸を熱くするプレーを見たい。自己満足だと言われても、丈瑠は藤の中の雪を呼び起こしたかった。
「藤は・・何にも知らないの・・雪の事も、私の事も・・」
「そう言えば、俺が藤崎の名前を出した時、藤の様子がおかしかったな・・何で?」
「約束をさせてたの・・お父さんの名前を人に教えちゃいけないって・・」
理由は丈瑠にも想像出来る。東京を離れて穏やかな生活を望んでも、雪の名前はマスコミを呼び寄せてしまうだろう。だが、7年もの年月を重ねても尚、秋が隠し通そうとする理由までは見えて来ない。
「雪の事、藤はどこまで知ってんの?」
「名前だけ・・」
「何で話してやらない?」
「話すのが怖い・・藤に雪の事を聞かれても、私はきっと藤に答えてあげられない・・私の中では、どうしてもあの事件にたどり着いてしまうから・・」
丈瑠は秋の言葉に切なくなる。秋は7年経った今でも雪を愛している。雪を思い出せば、必ず最後は雪を奪われたあの日を思い出さずにはいられないのだろう。雪に関する全てのものに蓋をした秋を見ている内に、丈瑠はもしかして秋は自分と会いたくなかったのではないかと思えて来た。丈瑠と雪の関係を考えれば、どうあっても雪を思い出してしまう。それは秋を苦しめる事になるのではないだろうか。
「俺に会いたくなかった?」
丈瑠が秋を真っ直ぐに見ると、秋は一瞬驚いた顔をし、
「会いたかったよ!すごく会いたかった・・」
そう即座に答えたので、丈瑠は少しホッとした。
「でも・・話さないで・・雪の事も・・私の事も」
秋の頑なに過去を消し去ろうとする言葉に、丈瑠の疑問は膨らむ。だが、余程の理由がそこにある気がして、丈瑠はこれ以上秋を追い込みたくなかった。これ以上追い込めば、また秋が消えてしまう気がして怖かった。
「秋」
丈瑠が優しく呼ぶと、秋は俯いていた顔を上げる。
「何も話さない、約束だ」
丈瑠がそう言うと、秋はホッとした様に表情を緩ませた。
「だけど、お前も約束してくれ」
「どんな?」
「もう二度と黙って消えるな」
丈瑠の切実な想いを理解した様に、秋は小さく笑って頷いた。