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君に紡ぐ言葉  作者:
11/15

慟哭 2

「皆さんに紹介したい人がいます・・秋!」

報道陣に囲まれている雪が、秋を呼ぶ。丈瑠は秋を肘でつつくと、その背中をそっと押した。

(長かった・・ようやく本当の形で夫婦になれるんだな)

丈瑠は報道陣が開けた道をゆっくりと雪に向かって歩き、雪の差し出した手を取ろうとしている秋の背中を見ながらそう思った。報道陣も、周囲の人間も、丈瑠も、雪も、秋に視線を送る。

その瞬間・・・・。

音も立てずに近づいた人影に、雪が重なって見えなくなると、その人影が大きく高笑いをした。時が止まった様に、誰もが動けなかった。何が起こったのか分からないまま、その人影がゆっくりと秋の正面に振り向く。

(松原!)

丈瑠がそう思った時、松原の後ろで雪の体がゆっくりと倒れていくのを見た。松原の手には、赤い鮮血を滴らせたナイフが握られ、松原はゆらりと秋に向かって行く。秋はジッと動かず、何か一点を見ていた。

「僕が助けてあげる・・君を・・」

ブツブツとそんな言葉を繰り返す松原にその場に居た誰もが狂気を感じた。

「雪!秋!」

丈瑠は2人の名を叫びながら走る。それでも雪は倒れたまま動かなかった。

「嫌ーーーー!!雪!!!!」

秋が叫ぶ。

その声に周囲がやっと動き、秋の前に居る松原を取り押さえようとするが、松原は持っているナイフを振り回し、周囲を牽制する。丈瑠はそんな松原に飛び掛った。松原が振り翳したナイフが目元を掠め、一瞬その部分がカッと熱くなったが、丈瑠はそんな事など構わずに松原のナイフを持つ手を握り潰す。力で松原を制すると、丈瑠は雪を見た。倒れた雪の体から流れる血が、雪の周囲を赤く染めていく。

「救急車!早くしろ!」

丈瑠は叫んだ。秋は雪の血だまりの中で、必死に雪を呼び続ける。駆け付けた協会の職員に、松原の体を押さえ込ませ、丈瑠は雪の元へと急いだ。白いユニフォームが心臓部分から赤く染まり、雪は息をするのがやっとの状態だった。丈瑠は溢れ出る血を止めようと、心臓を圧迫する。

「駄目だ!駄目だ、雪!逝くな!」

「・・・・あ・・き」

雪の唇が微かに動き、虚ろな視線が秋を捜す。

「秋!!」

丈瑠の声に、隣に居た秋が雪を覗き込むと、力の失くなった雪の手を握った。

「雪・・雪・・嫌だ・・置いてかないでぇ・・」

この時の秋の悲痛な想いは届かず、雪は秋の目の前で静かにその呼吸を止めた。

その後、ようやく到着した救急車に、秋と丈瑠が同乗し、藤は上原に抱かれ救急車が走り出すのを無邪気な顔で見ていた。秋は心肺蘇生を繰り返す隊員の後ろで、自分を無くしてしまった様にそれをただ見詰めている。もう1人の隊員が丈瑠の目元の傷の手当てをしてくれていたが、丈瑠は秋の心を現実に繋ぎ留める様に、小さな手を強く握った。救急搬送された病院で、雪の死亡を宣告されると、秋は声を上げて泣いた。丈瑠もそんな秋を強く抱き締め、雪を想って泣いた。


23才の若さで最愛の夫を目の前で失った秋に対し、マスコミは容赦なく追い詰める。連日流れる報道、押し寄せるリポーター、秋の心は限界だった。

「私の家に連れて行くわ」

上原の言葉に、本社の会議室でこれからの事を話し合っていた丈瑠と後藤も頷く。

「これから警察の事情聴取があるから行って来るけど、後で上原さんのとこ寄るから・・」

そう言った丈瑠に、上原が

「月島君は来ないで」

と、ピシャリと言い放った。

「こんなにマスコミに騒がれている今、貴方が秋の側に居たら貴方のファンから何を言われるか・・言わなくても分かるわよね?」

丈瑠は上原の冷静な言葉に力なく頷く。こんな時だからこそ側に居てやりたくても、丈瑠が側に居る事は秋を余計に傷つけ、追い込む結果にしかならないだろう。

「秋の様子だけ・・電話して」

丈瑠はやり切れない心を抑えて上原に従った。


事件から一週間が経った時、丈瑠はいつもの様に上原からの電話を待った。上原は秋に付き添ってずっと会社を休んでいたので、その電話だけが丈瑠と秋を繋いでいる。いつもなら仕事が終わる時間に掛かって来る電話が、その日はいくら待っても鳴らない。丈瑠の胸に不安が広がって、丈瑠は上原に電話を掛けた。

「上原さん、何かあった?」

「・・・言いにくいんだけど・・・秋が居なくなったの」

「はぁ!?」

「ごめんなさい・・自宅に荷物を取りに行くって藤と出て行ったきり・・戻って来ないの・・・」

「ちょっと、待って!何で1人で行かせたんだよ!?」

「・・・ごめんなさい」

丈瑠は電話を切ると、秋の家へと車を走らせ報道陣の居なくなった秋の家の扉を叩く。

「秋!!秋!」

いくら呼んでも返事がない事が、丈瑠の中の絶望感を色濃く滲ませた。それから何日経っても、秋は帰って来なかった。


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