動乱の兆し
オルディア暦三年。
帝国の支配は、辺境の村々にまで濃い影を落としていた。
中央より派遣された徴税官は、痩せ細った村人からなお穀物を奪い取り、徴兵の命令は働き手を失った家を荒廃へと追いやった。
わずかな反抗はたちまち鎮圧され、見せしめとして吊るされた者の影が、村々の子らの記憶を深く刻んでいった。
人々は声を上げることを恐れ、ただ黙して冬の寒さに耐えるしかなかった。
しかしその年、辺境の小村にて一人の若き狩人が立ち上がる。
名はエルディン。獣を仕留めることに長け、勇敢にして真っ直ぐな性格であった。
彼の家族は、帝国兵の横暴によって失われた。妹は徴用の途上で病に倒れ、父は抵抗を試みて斬り捨てられた。残されたのは、荒れ果てた家と孤独だけであった。
「もうこれ以上、奪わせはしない。」
彼の叫びは、同じく失うものを抱えた者たちの胸を震わせた。
最初に応じたのは農夫であった。犂を槍に変え、畑を守る覚悟を決めた。
次に旅の途中で足を止めた放浪の剣士。己の腕を試す機を求め、エルディンの決意を力強く支持した。
さらに追われる身の盗賊、行き場を失った傭兵、そして村を愛する老婆までもが加わり、リュオスには寄せ集めの群れが生まれた。
彼らには統率もなければ、鎧も武具も乏しかった。
鍛えられた帝国兵と正面から戦えば、勝敗は明らかであっただろう。
だがその目に燃えていたのは、生き延びたいという卑小な望みではなく、「人として生きる尊厳を取り戻す」という烈しき意志であった。
史家は、この小さな蜂起を「リュオスの火」と呼ぶ。
やがてその火は、風に煽られ、薪を得て、炎となり、帝国の広大な領土を揺るがすこととなる。
この蜂起こそ、後に「オルディア独立戦争」と呼ばれる大乱の最初の一頁であり、
人々が長き闇を抜け出し、新たな黎明を迎えるまでの道を開いた起点であった。