表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/42

#2.施設で暮らす少年

0話【天使になった少年】②

 

 □□□


 ──鳥の声がした。


 山のほうじゃない。

 もっと近い。たぶん、窓のすぐ外。


 ……朝か。


 オレは、天井をにらむ。


 見慣れた天井。

 古びた板が、何枚も重なってるやつ。

 あっちこっちに、シミ。


 あれはたぶん、雨漏りの跡。

 でも、親子が手つないでるみたいな形にも見える。


 見るたびに形が変わるから不思議だ。

 まあ、オレの目が悪いのか、想像力が過剰なのか、そのへんはノーコメントで。


 のそのそと上半身を起こして、壁の時計を見た。


 ──六時五十分。


 うげ。あと十分で起床時間じゃん。


 寝直すには短すぎるし、

 起きるには……テンション、足りねぇ。


 原因はハッキリしてる。

 あの夢のせいだ。


 何回見ても、内容は毎回一緒。

 始まりも終わりも全く同じ。

 ……再放送にも限度ってもんがある。


  しかも、夢のくせに音も匂いもリアルすぎんだよ。

 五感までしっかりサービスしてくる悪夢って、どんな嫌がらせだ。


 でも、たぶんあれ、オレの記憶だと思う。


 オレの中にいるもう一人のオレが、

「おい、これ忘れんなよ」って毎晩上映会してる感じ。


 やめてほしい。上映、もう十分だ。


 ──しょうがねぇ。起きるか。


 身体を起こすと、ベッドの足元に、今日もいた。


 手足が妙に長くて、顔が逆さを向いてるオッサン。

 何をしたいのか、よくわかんない。


 毎朝そこにいて、じーっとオレのこと見てるけど──

 特に何もしてこないし、別に話しかけてこないから放ってある。


 ふと視線を落とすと、部屋の隅を何かがふよふよと漂っていった。


 白っぽくて、足がない。

 たぶん、小さい子ども。


 でも、布団のどれにも入ってないから、ここの住人じゃない。

 ……ま、いいや。邪魔しなきゃ気にしない。


 布団をめくった瞬間、空気がむわっと首筋にまとわりつく。


 七月って、空気の中に湿気という名のスライムでも入ってんのか?

 ……ってくらい、背中がすでに、ベタベタだ。



 さて、ここがどんな場所かっていうと──


 三段ベッドがふたつ。つまり六人部屋。


 のぞきこむと、みんなの布団が、それぞれの呼吸に合わせて、ゆっくり上下してるのが見える。


 中には、頭までくるまってるヤツもいて、誰が誰だかわからない。

 こんなに蒸し暑いのに、信じられない。


 オレの寝床は、左側のいちばん上。

 三段ベッドのてっぺん。


 見晴らしはいいけど、天井が近すぎて座れない。秘密基地っていうより、天井直通のデスゾーンだ。


 しかも、鉄のフレームが年季入りすぎてて、

 ちょっと動いただけで「ギィィ……ギィィ……」って音が鳴る。


 夜中にトイレ行きたくなったら、忍者かスパイか体操選手みたいな動きが必要になる。


 ……わりと命がけ。


 で、扇風機。


 あいつは最初こそ涼しい顔してるけど、上に届くころには、風がぬるくなってる。


 しかも、だれかがこっそり“自分だけに風が当たる角度”に直してるのも、オレは知ってる。


 エアコンくらい設置してくれよ。もしオレが将来総理大臣とかになったら、絶対エアコン必須にする法律作ってやる。


 それが最近の、ちょっとした不満。


 ──さて。


 ここ、“未来園”って名前の施設。

 漢字で書くと、未来に生きる園。

 ポジティブ感ぶち上げネームだけど、正体は──


 児童養護施設。


 要は、親がいない子どもたちが、いっしょに暮らしてる場所ってこと。


 建物は三階建て。

 一階に職員室と食堂と大広間。

 二階が男子。三階が女子。ちゃんと分かれてる。


 玄関の黒板には、毎日「今日のひとこと」が書かれてるし、掲示板には、誰かの誕生日カードが週イチペースで貼られる。


 でも、それ見て「家みたいだな」って思うやつは、あんまりいない。


 ここは──そういう場所で。

 そういう朝が、ただ繰り返されていくだけだ。



 ◇◇◇


 ──七時になった。


 廊下から足音。

 だんだん近づいてきて、バタンとドアが開く。


「朝だぞー、起きろー!」


 豪快な声といっしょに入ってきたのは、周平兄ちゃん。

 高校三年の十八歳。年長組のエース。


 上半身ハダカで、肩にくしゃくしゃのタオルひっかけて、髪はぺっちゃんこの寝ぐせヘア。



 寝起きのくせにテンション高すぎて、見てるだけでちょっと疲れる。


「……ん? 紅之介、もう起きてたのか。相変わらず早ぇなお前は」


「うん。おはよう」


 返事をしたら、どっかの布団が「もぞっ」と動いて、「ううー……」と誰かがうなった。


 止まってた空気が、ゆっくり流れはじめる。


 周平兄ちゃんは、ベッドをひとつずつ回って、ぽんぽんと布団を叩いていく。


 力は優しいけど、テンポは容赦ない。


 この施設には、二歳から十八歳まで、ぜんぶで六十人くらいの子どもが暮らしてる。

 小学生チーム、中高生チーム、ちびっこチームって感じで分けられてて──


 オレは、小三~小五の男子部屋。ちょうどど真ん中。


 十歳。小学四年生だ。


 十歳を超えると、「当番」ってやつが始まる。


 朝の点呼係、廊下掃除、配膳係──

 曜日でローテーションが組まれてて、地味に忙しい。


 あと、季節イベントがあるとさらに増える。


 夏はプール掃除。冬は薪ストーブ当番。

 ストーブ係って言うと聞こえはいいけど、実質“薪の番人”。重いし、熱いし、地味だ。


 まあ、年上が多く負担する仕組みだから文句はないけど、かといって面倒な事に変わりは無い。


 でも、誰も言わない。


 言ったところで、なにも変わんねぇから。


 やがて、ギシ……ギシ……と、ベッドの揺れる音がしはじめる。


 みんなが這い出してきて、布団をばさばさと畳む音が、部屋じゅうに広がっていく。


 ピシッときれいに伸ばすヤツもいれば、

 ぐしゃぐしゃのまま丸めるヤツもいる。


 ちなみに後者は、あとで先生にフルボッコタイム。


 布団が終わると、次は洗面所……の前に、トイレだ。


 この階、トイレがふたつしかない。


 つまり朝のサバイバルレースが開幕する。

 早い者勝ち。腹痛リスク高いやつは、ガチで命がけ。


 タイミング悪けりゃ朝メシに間に合わない。


 だからオレは、夜はなるべく水を飲まないようにしてる。

 知恵ってやつだ。生き抜くための。


 洗面台の前に立って、蛇口をひねる。

 水が出た瞬間、鏡の中のオレと目が合う。


 白い髪に、てっぺんだけ真っ赤な髪。

 最初は「ニワトリ」だの「焼きそばパン」だの言われたけど、もう慣れた。


 名前は──

 緋月(ひづき)紅之介(こうのすけ)


 鏡の中のオレは、あくび寸前の顔してた。


 で、そのすぐ後ろに、女の子が立ってる。


 なんでか知らないけど肩まで髪が濡れてて、服がべちゃべちゃ。

 顔はよく見えないけど、こっちをじーっと見てる。


 でも──この階は男子部屋しかない。


 てことは、たぶんこいつも“そっち側”のやつだ。


 毎朝、だいたいこのタイミングで映ってるけど、

 何もしないし、動きもしない。


 ただ鏡の中で、ずっと、こっちを見てるだけ。


 害はなさそうだから、これも基本スルーしてる。


 ……でも、ああやって真正面に立たれると、

 顔洗うタイミングが微妙にズレるから地味に困る。


 冷たい水でバシャッと顔を洗って、

 タオルでガシガシ拭く。


 ぼんやりしてた頭が、やっと少しだけ動きはじめる。



次回──


『未来園、沈む』


突如現れた巨大ロボ「ゴロちゃんMk-II」が、施設の三段ベッドをなぜか一本ずつ食い始め、

謎の転校生・バチカンから来た無口な少年「神父くん(13)」が赤ワインを片手に参戦。

紅之介は、便所サンダルに宿った古の霊と契約し、覚醒──!


そして鏡の中の少女がついに喋る!


「キミの昼メシ、わたしがいただいたわ」


怒号が飛ぶ未来園食堂……!

散らばるコロッケ……!


次回、『食堂防衛戦(前編)』


──嘘です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ