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プロローグ4.そして始まりへ……

日常系プロローグ最終幕。

果たして、日比谷刻人の運命はいかに……!?

 


「……ああもう、埒が明かねぇ!!」


 紅之介が吠え、両手を突き出した。

 親指を絡め、残りの指を扇状に広げ、何かの“印”を結ぶ。


 その瞬間、空気が震え出した。


 ──バチンッ!!


 一瞬、真っ白な閃光が空間を裂く。紅之介の全身を中心に、光の粒子が──否、神聖な“塵”が舞い上がる。

 青白く揺れ、空間の輪郭を曖昧にし、世界そのものが書き換わる錯覚すら起こしていた。


 だが、それは美しさではなく、“恐れ”を連れてくる光でもあった。


「お、おい紅之介!! 何をするつもりじゃ!?」


 すぐさまスピカが、反応する。


「これ以上何を言っても、話が通じねぇんだよ!!  だったらもう、強制的にでも──成仏させるしかねぇだろ!!」


 電灯がバチバチと明滅し、床板が軋む。

 何かが、この世とあの世の隙間に指をかけている。

 その“力”に、日比谷の動きが止まる。


 目の前の少年が、“人間ではない”何かに見えたから。


 寒気。緊張。あるいは、もっと根源的な──祈りにも近い“恐怖”なのか。

 とにかく、紅之介の身体から立ちのぼる“何か”が、言葉に出来ない威圧感を生み、日比谷の存在そのものを拒絶していた。


「馬鹿者が!!」

 スピカの声が飛ぶ。


「お主……気づいてないのか?」


「何がだよ!!」

 紅之介が振り向く。顔は本気だ。


「……日比谷殿」

 静かな呼びかけだった。

 スピカは、光の粒子に包まれるその中心へと、一歩踏み込んでいく。


「改めて問う。お主の願いは、なんじゃ?」


「……え?」


 ぽつりと漏れた日比谷の声は、震えていた。


「今お主が欲しておるのは──本当に、目立つことなのか? 誰かに知ってもらう事なのか?」


 紅之介が、眉をひそめる。

「はぁ!? おいスピカ、何言って──」


「黙っておれ、紅之介」

 スピカの目が光る。


 場が、また沈む。


「──本当に、そうか?」


 その言葉は、静かに、でも確かに刺さった。


「…………」

 そのまま、拳を握るでもなく、頬をゆがめるでもなく──ただ、目を伏せる日比谷。


「その沈黙こそが、本当の答えに近づいている証じゃないのか?」


 その声音は、まるで()いだ水面に投げ込まれた小石のように、波紋を広げた。


 眉をひそめる紅之介。

「本当の……答え?」


「……な、何ワケの分からない事言ってるんですか、オレはただ……炎上でも、何でもよかった。忘れられるくらいなら、叩かれてでも──名前を残したくて……」


 日比谷のその声は、もう“怒り”ではなかった。

 必死に何かを繋ぎとめようとする、風前の灯のようだった。


「それが満たされれば、お主は後腐れなく成仏できるのか?」


 問いは優しくも鋭い。


「自分が一番分かっていよう。そんな満足感など、一瞬の感情でしかないということに。現に今のお主も、次は次はと……後に引けなくなっておるじゃないか」


 日比谷は頷いた。

「それは……。そうですけど……」


「違うじゃろうが。もっと根本に目を向けろ。お前は自分を証明したかった。誰かに、気づいてほしかった。忘れてほしくなかった。そうじゃろ?それはつまり、どういう事じゃ。自分の口で言ってみい」


「ど、どういう事って……その通りですよ!! だからオレは毎日投稿を続けてきたんです。何度も言ってるじゃないですか!!」


 日比谷が早口で吐き出す。

 声が震え、言葉に追いつかないほど感情があふれていた。


「それなのに、あんな所で死ぬなんて思わなかった!! 本当に死ぬなんて思っていなかった!」


 声が震える。


「……分かってますよ。こんなのただの自己満足だって事くらい。生きてるからこそ価値があるんです。死んだら意味がないっていうのに……」


 視線が揺れる。


「本当はイヤですよ……。イヤに決まってるじゃないですか。本当は……死にたくない!」


 一瞬、息を詰め。


「オレはまだ、生きていたかったんだ!!!」


 喉を裂くような絶叫と同時に、日比谷の肩が大きく上下する。

 呼吸は乱れ、足元がぐらつく。

 霊だというのに──そこにあるのは、まぎれもない“生”の脈動だった。


 それを見たスピカは、待ち望んでいたとばかりに、ニヤリと唇の端をつり上げた。


「そう。その気持ちこそが、“生きたい”者の足掻きじゃ。分かったら早く自分の肉体に帰れ。今なら──まだ戻れる」


 その一言で、場の空気が一変した。


「はいィっ!???」

 紅之介が、盛大に声を裏返す。


「えっ……?」

 日比谷も、目を丸くしていた。


 ポカンとした二人を前に、スピカは当然のように腕を組む。


「……やはり、気づいておらなんだか。お主、自分の“死に際”を看取ったわけではなかろう?」


 その問いに、日比谷は一瞬、ぽかんと口を開け──すぐ、目を伏せた。


「……は、はい。気がついたら、この姿で……。だから……てっきり、もう死んだんだと思ってました。だって、自分の死んだ姿なんて見たくなかったから……」


「いやいやいや、ちょっと待てって!!」

 紅之介が頭を抱え、スピカに詰め寄る。


「どういう事!? このオッサン、まだ生きてるって事!?」


「その通り。こやつは生き霊じゃ」

 あっさり告げるスピカ。


「──生き霊ォォ!?」


「うむ。おそらくこやつの本体は、どっかの病院じゃろう」


「いやお前、そういう事なら、もっと早く言えよ!! てか、“もう死んでる”って前提で話してたじゃねえか!? もしかして最初から分かってたのか!?」


 スピカはさらりと答える。


「正確には生と死の狭間で、かろうじて命を繋ぎ止めている状態じゃ。精神次第でどちらに転んでもおかしくなかったからこそ、気づかせる必要があったのじゃ。

 ……自らの“生きたい”という感情に──のう」


 視線を向けられた日比谷は、まだ混乱の中にいるようだった。

 けれど、その目には、さっきまでにはなかった光が灯っていた。


「オレ……戻れるんですか……? 本当に……?」


 スピカは神妙な面持ちで頷く。


「お主が他者からの承認欲求に囚われ、己の意志を見失えば確実に死んでいた。じゃがお主は、最後に心から生きたいと願った。その一念が、道を定めたのじゃ」


「とはいえ、急げ。猶予はそう長くはない。肉体から魂が離れてから、一定の時間が過ぎれば、完全に終わるぞ」


 日比谷の胸元からは、一本の白い糸が空へと向かって流れていた。


「それを目印に辿れば、帰れるじゃろう。早う行け」


 日比谷は、その光を見上げた。

 まるで夜明け前の空を見つめるように、目を細める。


「あぁ……オレ、生きてるのか……」

 涙が、頬を伝う。


 日比谷の姿が、ゆっくりと、粒子になって溶けていく。


「よかった……本当によかった。自分がどれほどくだらない事に悩んでいたのか……よく分かったよ。緋月くん、怒らせるような事を言ってすまなかった……」


 感情の波が崩れ落ちたように、日比谷は深く頭を下げる。


 紅之介は、ふっと鼻を鳴らして言った。

「あぁ。さっさと行けよ」


 日比谷が微笑む。その顔は、どこまでも晴れやかだった。


「生きてる限り、なんでも出来る、何度でもやりなおせる。何度だってバズれる!!」


 紅之介の額にぴきりと青筋が走る。

「いや、それはもう懲りろ」


 粒子の光の中で、日比谷が最後の声を残す。


「本当にありがとう。また……どこかで」

 その声が、空へと溶けていく。

 表情は驚くほど穏やかだった。


 そして──

 あとには、何も残らなかった。


 ただ、部屋の空気だけが、少し温かくなっていた。


 ……完璧な幕引き。と思われた、ほんの数秒後──


 紅之介が、ぼそっと呟く。


「いや──ちゃっかり感動で締めくくろうとしてるけど、やってたことマジでくだらないからなこれ」


 その一言が、見事に全てを台無しにした。



 ◇◇◇



 ──数日後。


 空気が少しひんやりと、輪郭を取り戻していた。

 夕暮れの光が、山の端からゆっくりと町を撫でてゆく。

 しっとり濡れた石畳には、夕立があったのか、まだ雨の名残があり、風の合間にふわりと土と緑の匂いが立ちのぼる。


 紅之介は、古びた和室の縁側──梅と松が並ぶ境内に、ぽつりと腰を下ろしていた。


 足元には、粉々になったチョークの白い粒が、まだ地面に残っていた。

 まるで、騒がしかったあの日の夜の名残を、静かに語っているかのように。


 紅之介の手には、スマホ。

 ただ、ぼんやりと、「ポイッター」のタイムラインをスクロールしていた指が──あるところでピタリと止まった。


「……あ?」


 画面をのぞき込み、数秒後──不意に鼻で笑う。


「はは……バカだな、あいつ」


 画面には、日比谷のドアップ写真。



『#帰ってきた男』

『#かろうじて生きてました』


 新聞紙で作った王冠をかぶり、病室のような場所で得意げなポーズをする日比谷の自撮り写真。


『えー、生霊だったオレが奇跡の肉体復活を遂げた件について。※ガチで本人です。ご心配おかけした皆さん、本当にどうもすみませんでした!』


 以前より、ずっと明るくて、ちょっとだけダサくて──けれど確かに“生きてる”息遣いが、そこにはあった。


 紅之介がスマホを見つめながらつぶやく。


「……凍結、解除されたんだなー」


 スピカがひょっこりと顔を出す。

「おお、あの男、生きとったか。無事帰れたようじゃのう」


 飄々とした声音。

 けれど目元には、ほんのり安堵の色が浮かんでいた。


 そして画面の中。

 次の投稿には──こんな言葉が載っていた。


『生と死の狭間で、死ぬほど生きたいって思いました』

『そう教えてくれたのは、あの二人の天使のおかげです』

『……ありがとう』


 風が吹いた。


 その下で、紅之介たちの肩が、ほんの少しだけ、軽くなったような気がした。


「──しかし、紅之介」


 スピカが、ふいに呟いた。


「あの時、お主があそこまで声を荒げるとは思わなんだ。なんだかんだで、お前はいつも冷めとるからの」


 返事はすぐには返ってこなかった。


 紅之介は風に揺れる前髪をかき上げ、ひと息ついたあと、ぽつり。


「……“死ぬ”なんて言葉、軽く使うやつ見てるとムカついてくるだけだよ。望んでも生きられない。そんなヤツらもいるのにさ」


 続く言葉は、ぽつりと、独り言みたいだった。


「なーんか……あいつのこと、思い出しちゃったなぁ」

 柔らかく笑ったその顔は、どこか切なかった。


「……あの少女の事か」


「あぁ」


 風が、境内を撫でた。

 梅の木の枝がさわさわと揺れて、遠くで、カンカン、と遮断機の音が響いた気がした。


「元気かな、あいつ……」


 空を見上げながら、紅之介は目を細める。

 まぶたの裏で、あの記憶が──ゆっくりと動き出した。


 ***



 オレには、忘れられない人がいる。


 ──出会ったあの日から、ずっと心に居座ってるやつだ。


 そんな長い間一緒に過ごしたわけじゃないけれど。

 笑い方とか、まなざしとか、無茶なとことか──

 どれもこれも、なぜか鮮明に残ってる。


 いつからか、名前よりも先に、その存在が浮かぶようになった。


 そんな記憶が──また、静かに、まぶたの裏で息をしはじめる。

これより本編へと入ります。

終点まで、各駅停車で参ります。

最終駅までの到着予定時刻は、未定です。

長旅となりますので、どうぞごゆるりとおくつろぎ下さい。


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