プロローグ3.アホ師匠×バカ弟子×虚無助手
紅之介とスピカの日常系プロローグ第三幕。
カオスを越えて終末が近づく……(FF6より)
最後の一文字を書き終え、スピカがチョークをくるくる指で回しながら、しみじみと語った。
「……あくまでワシの成功体験じゃが、フォロワー数二百万を引き連れていた頃は、新人天使研修の歓迎会をアップしたり──たまに羽根を逆立てて、“寝癖”とかいうのもバズったな」
「お前……一体なにやってんの、あの世で……」
紅之介の問いは、もはや諦念だった。
そして、おそらくはまったく参考にならないであろうその内容に──
日比谷は、目を潤ませ──
「まさに……目からウロコ……!!」
泣いていた。
「……もう……勝手にやってくれ……」
両手・両膝を畳に押しつけ、完全なる土下座スタイルで日比谷が叫ぶ。
「それで……師匠ッ!! オレは手始めにどうしたらいいでしょうかッ!?」
スピカは腕を組み、うむ、と偉そうに頷く。
「まずは幽体離脱しながら自撮りじゃな」
「えっ」
「そのまま空を飛び、『#今日の死後景色』のタグをつけてポストじゃ。初手は死後テンションMAXなオレで、フォロワーに爪痕を残すのじゃ」
「……そ、そんなテーマで!?」
「うむ。あとは、寝てる元カノの横に立ってる写真とかも、バズるぞ」
その瞬間──紅之介の理性が火を吹いた。
「いやそれ!! 完全にストーカーのやる事だろうが!!!」
そのツッコミに、キョトンとした顔で日比谷が首をかしげる。
「何言ってるんですか緋月くん。法律なんて、生きてる人のためにあるものでしょ? オレ、もう死人なんだよ?」
スピカがすかさず畳みかける。
「そうじゃ。この常識の無法者め」
「いやなんでオレが責められてんの!? 正論言っただけじゃん!!」
ツッコミすら、この場では異端とされる。
スピカが続けた。
「ちなみに、これはワシではないが──
神の会議中に、居眠りしてた閻魔の寝顔をこっそり撮って投稿した同期がおってな。
あれもバズったのう。#業火の寝顔 #会議中に居眠りなう──大反響じゃった。まぁその同期は後日、舌を抜かれて地獄行きとなったが……」
「参考にならねえつってんだよ、お前ぇぇぇぇ!!!!」
紅之介の絶叫が、畳とちゃぶ台と黒板に木霊する。
「てか地獄関係者もSNSやってんの!? 何なんだよあの世のネット環境!!!」
畳にうなだれた紅之介の背中が、静かに震えていた。
◇◇◇
そんなこんなで、スピカの指導の元、いくつかの投稿が連投された。
□死んだんだけど、空、飛べてるのマジで草。
生前より自由でウケる。
#成仏前にバズりたい #死んでも行動力 #幽霊なのに陽キャ #自由になったら物理法則も裏切れた
#死後でも推せる系男子
□死んだら羽が生えると思ってたけど、生えたのは「自由」でした(ドヤ顔)
#ポエムの角度で浮上中 #羽は生えずにキャラは立った #死んでもキメ顔忘れない #そろそろ空も飽きたかも
□今、地上100mから投稿してる。風つよい。でもテンションあがる。
#死後ライドシェア #風圧で髪型どっか行った #このテンションは気圧のせい #死んでも浮かれてる
□死後の世界、めっちゃエモい。下界がフィルターかかって見える。
#死後プリズム #人間界エモ加工 #死後のカメラは魂で撮る説 #天界マジ映え
□【本日の学び】
盛り塩、ガチで効く。
近づいた瞬間、足ジーンて痺れて、進めなくなった。あれマジでバリアなんだな。
てか、目合った犬にずっと吠えられてんだけど。なんで?
#盛り塩アラート鳴りました #犬の霊感センサー強すぎ #物理より結界がつらい #犬には勝てない亡者たち
「さぁ……反応はどうだ?」
日比谷がスマホを覗き込む。画面の照り返しに、半透明の頬がうっすら青白く染まり──その目が、ページをめくるようにゆっくりと、驚愕へと見開かれていく。
──10秒後:
いいね:0
更新。
──30秒後:
いいね:237 リポスト:54 コメント:12
「……は?」
もう一度、更新。
──1分後:
いいね:1.2万 リポスト:890 DM:「本当に死んでるんですか!?」×47件
「いや、え、ちょ、えええええッ!?」
スマホが震える。通知の嵐。光と音の洪水に、彼の霊体が物理的にビクついた。
死んでもなお、バズの爆風は魂を揺さぶる。
端末の画面がじわじわと熱を帯びはじめ、まるで“成仏”じゃなく“発火”しそうな勢いだった。
「おお……これは“乗っておる”な。完全に波が来ておる」
スピカがちゃぶ台の上で、まるで座敷童の如く足パタパタしながら大はしゃぎしている。
「さすがワシの弟子。#死後バズのトレンド入り、秒読みじゃな」
「#盛り塩バリアが2位に浮上!? マジで!?」
「うおおお!?!? スマホが……スマホが燃えるッ!!」
フォロー通知が秒間30件ペースで降り注ぎ、もはやお祭り騒ぎである。
「うおぉぉお! これヤバいっすよ師匠!! こんなのオレ初めて見ました!!」
「ぬはははは、そうか。半分はお主の努力の賜物じゃがな」
「この波に乗っかって、もっかい投稿します! #成仏したら一緒にお茶しましょう とかつけて──」
「うむ、それは語呂もよい。まさにゴーストジョークじゃのう」
だが快進撃は、ほんの一瞬だった。
その時──
コメント欄に、異変が現れた。
最初の違和感は、たった一つの返信だった。
『……これ、笑えない』
次に現れたのは、
『不謹慎って、わかんないのかな?』
更新ボタンを押すたびに、空気が変わっていく。
『死をネタにするの、最低』
『通報した』
『こいつ、絶対生きてる “なりすまし”じゃね?』
『不快、ふざけんな』
『どうせ“かまってちゃん”だろ』
『これは炎上商法。無視無視』
日比谷の指が止まる。
勢いづいていた画面は、まるで毒に染まるように、“痛み”の文字で埋まっていった。
「……ちょっ……なにこれ」
拡散数は増え続けていった。
けれど、それは「共感」ではなく、「糾弾」だった。
──誰かの悲しみを、えぐっていた。
『身内を亡くした人の気持ち、考えたことある?』
『本当に死んだ人がスマホ触れるわけない』
『“死”をネタにする奴が、バズる時代なんて終わってくれ』
いいねの通知は鳴りやまず、
それと同じペースで「通報しました」の報告が重なっていく。
PVは跳ね上がる。けれど、胸の中にあるのは、
かつて自分が生きていた時以上の、孤独感だった。
「……どうして、なんでこんな事になってんだよ」
日比谷が呟いた。
誰かに見つけてほしかった。誰かに届けば、それでよかった。ただ、それだけだったはずなのに──
当然といえば当然の結果。
紛れもなく、自業自得。
……だというのに。
空気も読まず、スピカだけがテンションを爆上げしていた。
「これは……伝説じゃな! 死後初投稿でトレンド入り! いわば生きるレジェンド、いや──死してレジェンド!」
ポンッと、何かのエフェクトでも出そうな勢いで手を叩く。
「見てみよこの数字! リポスト1.2万、いいね4.5万、通報件数700──おぉう、倍率高いのう!」
ドヤ顔で、日比谷の肩をバンバン叩く。
「日比谷、お主やるのう! 死後バズの筆頭じゃ! これは表彰ものじゃ!」
「いやいやいや、バカかお前!! 大荒れだよ!! 炎上してんだよ!!」
冷静な紅之介のコメント。
「え?」
首を傾けたスピカが、スマホを覗き込む。通知欄は、地獄の釜の蓋のように──ガバァッと、開いていた。
「なりすまし、通報済み……? これは笑えない……? 死をネタにしてまでバズりたいとか最低……? ほう、ボロクソに叩かれておるのう(笑)」
「いや、(笑)じゃねーよ!! 全部オメーの責任だろうが!!」
「まぁ待て、こんなのは修羅場のうちに入らん。ここからが快進撃の始まりじゃ!」
「はい、師匠ッ!!」
「よし、次は、“心霊スポットから生還チャレンジ” で、湧かせようではないか!」
「もうやめろって!! 炎上で成仏できなくなるわ!!」
──その瞬間。ピコン、と乾いた通知音が鳴った。
日比谷のスマホ画面に、青白い通知が浮かび上がる。
《このアカウントは凍結されました。利用規約に違反したため、すべての機能が制限されています》
──三人の動きが止まった。
沈黙。時間が、止まったようだった。
風の音だけが、ヒュウ……と、抜けていく。
「…………Oh……」
「…………」
「……師匠……これは……」
「……ま、凍結も一種のバズじゃな」
「それは違う!!!!!!!!」
しばらくの沈黙のあと──
「……でも、師匠。まだ、終わったわけじゃありませんよね?」
紅之介が乾いた声で返す。「いや、終わったよ。潔く成仏しよ?」
「いえ……むしろ、ここからが本番だと思うんです」
顔を上げた日比谷の目がギラついていた。
幽霊とは思えない“執念”の温度──それは、生きていた頃のどんな野心よりも、たぶん強かった。
「──バズるためなら、もう一度死にます」
「はァ!?」
「死んだ後にまた死んだって、衝撃的じゃないですか? ダブル幽霊”ですよ? ありそうでなかったと思いません?」
思いついたまま口にしてるわけじゃない。
ちゃんと“構成”を考えている。
ぶっ飛んだ論理だが、日比谷の中では並立しているようだった。
「やるならやっぱり“供養ライブ配信”ですかね……。“骨壺からこんにちは”的な……」
──我慢の限界だった。
「いい加減にしろよ……ホントくだらねぇな!!」
紅之介のその一言は、吐き捨てるように。それでいて明確な怒気を含んでいた。
スピカが反応する前に、紅之介が立ち上がる。
「誰かに自分を見てほしいって気持ち自体は、分からんでもねぇ。オレも昔はそうだったからよ。誰も気にかけてくれねぇ。無視されて、バカにされて、置いてかれて。生きてるなんて思えないってのも理解できる」
ぐっと拳を握る。
「けど……“死ぬ”って言葉を、気安く扱うんじゃねーよ!!」
日比谷が、ビクリと肩を揺らした。
「その投稿を見て、本気で心配したやつだっているかもしれねぇ。家族とか、友達とか、たまたま通りすがった誰かとか、考えた事ねぇのか?
──お前が思ってるより、その言葉には重みがあるんだよ」
「な、なんだよいきなり。だって、オレには……それしか、自分を証明する方法が……!」
「んなわけねぇだろ!!」
紅之介の声が、空気を裂いた。
「“死ぬこと”が証明になるなんて、おかしいだろ。
今この瞬間だって、辛くて苦しくて、それでも必死に生きてるやつがいるんだよ。それを“ネタ”で使うなんて──ふざけんじゃねえ!!」
「……いいねなんかよりも大事なもん、あんだろうが。死んだアンタに、もう何言ったって手遅れだろうけどよ……」
紅之介の胸が上下し、肩で息をする。
「……ハァ……ハァ……っ」
怒鳴ったあとの静寂。空気が一枚、分厚くなったようだった。
風も止まり、蛍光灯のジジジという音だけが耳に残る。
スピカは、柱の陰に立ったまま一言も発さなかった。
視線だけが、紅之介と日比谷のあいだを往復している。まるで舞台の幕間を見届ける役のように。
「大事なもん……ねぇ……」
だが、日比谷は笑った。
虚勢でもなければ、強がりでもない。
壊れたような、何かが吹っ切れたような──そんな、笑い。
「……じゃあ聞くけどさ」
紅之介の視線をまっすぐに捉えて、言い放つ。
「満たされない人生に、価値なんてあんの?」
「……なんだと?」
「努力しても、才能あっても、いいヤツでも──誰の目にも止まらなきゃ、この世じゃ“存在しない”のと同じなんだ。それが現実なんだよ。『気持ちは分かる』って? オレの半分程度しか生きてない君に、何が分かるってんだよ!!」
「……っ!」
紅之介が口を開こうとした、その瞬間。
日比谷が一歩、にじり寄る。
目は、決意と諦めの狭間で、きらりと濁っていた。
「いい子ぶんなよ、ヒーローくん。
君だって、何かに認められたくて生きてるはずだ。それなのに、“それを望むのは間違ってる”なんて顔して、何様だよ」
吐き捨てるように笑う。
「オレは──オレを証明するためなら、“炎上”だって利用してやる。そうでもしなきゃ、“生きた証”なんて残せないんだよ!!」
あの世のSNSで、どんなのだろう……
何でもありすぎて、書いてて頭がおかしくなりました。