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プロローグ2.極悪ロリのバズ学入門

真剣に、全力で相談に乗ってるのに、どう見えてもふざけてるとしか思えない彼らの日常、第二幕。

 

 そんなスピカの隣。


 そこには、紅之介が倒れていた。

 うつ伏せ、白目、脱力の極み。魂の抜け殻。

 畳の目に沿って転がるその姿は、もはや干物。

 ちょっと放置すれば出汁が取れそうなほどに。


 正座を崩さず、男は息を呑んだ。


「オレの名前は……日比谷刻人(ひびやときと)。三十二歳。生きてた頃は、週刊誌の記者の仕事をしてました」


 声に張りはない。

 どこか、擦り切れたテープを再生するような語り口だ。


「取材して、書いて……って毎日だったけど、ろくなネタは拾えなかったし、記事はボツばっかりで。上司には怒鳴られっぱなし、彼女にはフラれて──そのうち、自分が生きてる意味も見いだせなくなりました」


 日比谷の視線が、皿の梅干しに一瞬だけ落ちる。


「そんな時に、見つけたんです。“ポイッター”っていう、短い文章を気軽に投稿できるアプリ。……まぁ、似たようなのはいっぱいあるけど。なんとなく、どうでもいいことを投稿したら──それが、やたら反応もらっちゃって」


 “反応”という言葉を使う時だけ、ほんの僅かに嬉しそうだった。


「誰かが、見てくれる。面白いって、言ってくれる。……自分にも、居場所があるような気がして。気がついたら、その数字ばっかり気にするようになってました」


 スピカが手を止めることなく、梅干しをまた一つ、口に運ぶ。彼女の表情に変化はない。だが、聞いていないわけではない。


「でも……ああいうのって、何度もうまくはいくわけじゃなくて。普通のことじゃ、誰も見てくれなくなるんですよね。だから、徐々に過激な投稿をするようになっていきました。『人生終わった』とか、『死にたい』とか」


 冗談のつもりだった、と日比谷は言う。

 だが、言葉の端々に、自分への言い訳の匂いが混じっていた。

 紅之介も寝転がったまま、その話を追っていた。


「そのうち、本当に『死ぬ』って投稿するようになったんです。『オレ、明日死ぬから』って……毎日、何十回も書いて。それで、少しずつ反応が増えていって。オレ、舞い上がって、調子に乗っちゃって──」


 日比谷は、苦笑いしていた。


「……で、先日、『今日は飛び降り自殺します』って投稿をしたんです。観光地の崖に行って。スマホ構えて、自撮り棒立てて。さぁ撮るぞって思った瞬間──足、滑らせちゃって……」


「……本当に死ぬつもりなんてなかったんですけど──気付いたらこの姿になってまして……」


 喋り終えた日比谷は、肩を落としていた。


 スピカはというと、ついに梅干しの山を完食。

 指先についた汁をぺろりと舐めて、そっと息をついた。


「──で、結論はなんじゃ」


 その言葉に、日比谷の顔が、待ってましたとばかりに明るくなる。

 子どもがプレゼントをねだるみたいな目で、身を乗り出すのだった。


「よくぞ聞いてくれました!! オレのアカウントを使って、代わりに投稿してくれませんか!? 『本当に死んで幽霊になっちゃいました』って……それを載せたら、過去最大級の反応がもらえると思うんですよ!!」


 勢いだけは本物だった。

 魂が実体化してる理由、それすら“ネタにできる”と信じて疑ってない。


 スピカは、しばらく沈黙した。

 そして──


「……要は、おぬしは“死んだこと”すらネタにして、世間に見せびらかしたいわけじゃな」


「!」


「承認欲求とやらの成れの果て……というやつか。

 愚かすぎて、笑っていいのか泣いていいのか、迷うわい」


 その横で、ミイラのようだった紅之介がむくりと起き上がる。


「……承認欲求?」


 言葉の意味が分からず、片眉をひそめる。

 そんな彼に、スピカが言葉を返す。


「承認欲求というのはつまり、“他人に認められたい”気持ちの事じゃ。見てほしい、褒めてほしい、評価してほしい。そういう欲求の事じゃのう」


「へぇ……」


「で、それには大きく分けて二つある。“他人に認めてほしい”という他者承認と、“自分で自分を認めたい”という自己承認。このふたつが、根っこでごちゃ混ぜになっとるんじゃよ」


「……へぇ」


 紅之介の反応が、だいたい“へぇ”で済まされるあたり、教育の未来が危うい。


「じゃが、ここで落とし穴がある。『承認欲求が満たされない』と感じる者の多くは、

 見てもらえないから『もっと目立とうとする』

 反応が薄いから『もっと過激にしようとする』

 自分らしさが分からないから『誰かの真似をしようとしようとする』

 そういう浅い手段に走るんじゃ。 この男のようにな」


「へぇ……」


 それはともかくとして……


「つかお前……なんでそんなに詳しいんだよ」

 紅之介が、ふと訪ねる。


 素朴な疑問を投げかける紅之介に、スピカは鼻で笑った。


「ふん。ワシもかつて天界でSNSをやっていた身。この手の話はお手の物じゃ」


「天界でSNS!?」


 唐突にぶっこまれるスケールのデカい新設定。


「そうじゃ。“聖女スピかんぬ@羽はえてます”という名前で、フォロワー二百万を叩き出しておったものじゃ」


 聞いてもないのに勝手に語り出す。どうやら自慢モードに入ったらしい。


「二百万!??」


「フォロワーからは“空の管理人”、はたまた“映えの神”などと呼ばれておったな。#雲の上からこんにちは #奇跡的自撮りスポット #太陽に負けない笑顔……など、タグ職人としての評価も高かったのう」


「情報が濃すぎて追いつけねぇよ!!!」


 紅之介が頭を抱えてのたうつ横で、スピカはうっすらと笑っていた。

 どこか誇らしげに、それでいて──ほんの少しだけ、懐かしむように。


「まぁ、最初はやる気なんてなかったんじゃがの。なんか気づいたら、時代の波に乗っておってな」


「軽っ!! 軽すぎて逆に腹立つわ!!」


「天界でも流行っとったのじゃ、“映え”とか、“奇跡の一枚”とかのう。ワシも暇つぶしに雲の上で寝そべった写真をアップしただけなんじゃが──

 それがなんと、“空の天使ちゃん可愛すぎ”でバズってしもうてな」


 紅之介は、ふらつく頭を手で押さえる。

 まともに考えたら負けだ、と思いながらも、どうしても問いが湧いてくる。


 ──いや、ちょっと待て。

 そもそも、あの世にSNSってあるのか?

 てか、“映え”って概念、霊界でも有効なのか?

 あと、二百万フォロワーって何だよ。成仏どころかインフルエンサーじゃねーか。


 この感覚だ。話が進めば進むほど、思考のキャパが崩壊していく。この女と話してると、いつも物理法則も倫理観も崩れていく。


 そんな混乱の中、目の前で──


「師匠!!」


 日比谷が突如、ズイッと身を乗り出した。

 目はうるうる、手は合掌、魂は前のめり。


「し……師匠?」


 紅之介の声がひっくり返る。


「ぜひとも、その極意のご教授を……どうか愚かなワタクシめにもひとつ!!」


「……っ!!」


 何を言い出すかと思えば。


 紅之介は思った。

 ──いや、わかる。わかるけど、お前もう死んでんの。なんで死んでなお“映え”に人生賭けようとしてんだよ。


「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ。お前はとっとと成仏──」


 そう言いかけたところで。


「よかろう、愛弟子56709号よ。ワシのとっておき。くれてやる」


 ──何言い出してんだ、このロリ。


 スピカが唐突に“師”の顔になっていた。


「待て待て待て待て待てぇ!!!」

 紅之介が咆哮する。


「いつの間に師弟関係結んでんだよ!? てか弟子何万人いんの!? いや違う、そもそもなんでそんなめんどくさい事になってんだよ!!!」


 突っ込みながら、紅之介の魂のヒビが聞こえた。


 ◇◇◇


 ──バサァッ!


 天井から派手な布がしだれ落ち、空気が一変する。

 金の縁取り、朱の奔流のような模様。そのど真ん中に、誰が書いたのか、達筆ぶりっこフォントで一言──


【超実践講座 スピカ式☆バズ学入門】

 ~神の気まぐれで世界を燃やせ~


 ドッとスモーク。床の下からまさかの逆ライトアップ。


 ──和室の居間が、まるっとショーステージ化していた。


 目の前には、車輪付きの即席黒板。

 そしてその脇に立つスピカ──丸メガネ装備。

 髪を一本に縛り、黒いジャケットまで羽織っている。

 どこからどう見ても、怪しい講演会の空気そのものだった。


 その隣で、なぜかチョークと黒板消しを持たされている紅之介。


(……何してんだろうオレ)


 魂がそっと遠のく音がした。


 スピカは、ひとつ咳払い。

 そして、妙に得意げな顔で──語り出す。


「よいか日比谷。“バズる”というのはな、一言でいえば──“神の気まぐれによる誤爆”じゃ」


 黒板に、ドンと“誤爆”の二文字。


「選ばれし者だけが、炎のごとく燃え上がる。

 いわば、祝福された奇行ともいえるのじゃ」


「いや何言ってんの? もう帰ってきて」


「まずは基礎から説明しておこう。

 “バズり”を引き寄せる者には、いくつか共通項がある──」


 スピカが手のひらを上に向け、何かを待つ仕草。


「……?」


「……?」


 紅之介と日比谷が、わけも分からず目を見合わせると、


 ──その次の瞬間、


 スピカ、プロレスラーばりに滑空して、紅之介に華麗なドロップキックをかます。


 ──ズドンッ!


「この役立たずがぁーーーーーッ!!!」


「ぶふぉええええぇぇぇっ!!!!」


 紅之介、背中から黒板に激突。チョーク爆散。魂も浮いた。


「そこはすかさず白チョークじゃろうが、たわけが!! ワシの“興”をそらすでないわ!!」


「だったら言えよ!! 口で言えよ!! 破壊神かお前はァ!!」


 黒板の前で転がる紅之介を、完全に無視して──


「……まったく……これだから助手は使えぬ」


 ぼそっと毒を吐きながら、スピカはチョークを拾う。

 そして、黒板に──

 信じられないほど汚い筆致で文字を書き殴っていく。


 居間に広がる、意味不明と衝撃のハーモニー。

 これが、彼女のやり方──七年前から何も変わらない極悪ロリの生き様である。



 ■スピカ式☆バズ学入門■


 その一、目を奪え(視覚の神)


「まず、0.5秒で魂を掴め。画像、見出し、キャッチ──なんでもいい。見た瞬間、スクロールの手が止まれば勝ちじゃ。神の眼力を騙せ」


 スピカの指がピンと宙を刺す。その角度、完全にアイドル。


「キャッチに“感情”を込めよ。『地獄のど真ん中から実況中継』とか、『朝の納豆が爆発した理由』とか。凡人には書けぬタイトルを叩き込むのじゃ」


 その二、感情を燃やせ(共感 or 反感)


「“わかる!”と叫ばせるも、“ふざけんな”と憤らせるも、反応した時点で術中じゃ。心を動かす言葉こそ、いいねの燃料よ」


 その三、拡げやすくせよ(拡散神)


「複雑すぎる言葉は嫌われる。テンプレ、タグ、ネタ構文──拡げやすさは正義じゃ」


 隣で、日比谷はメモ帳を取り出してカリカリと書き始めていた。

 その顔、完全に弟子のそれ。


「な、なるほど……メモメモ……」


 紅之介は、もはや聞いてもいない。

 チョークを持ったまま、魂だけワープしそうな目をしている。


 その四、語らせよ(解釈の余白)


「真実より、“考察したくなる謎”のほうが跳ねる。

 完全な答えではなく、少しの余白。それが狂信者と信者を生む」


 その五、時を選べ(神の通り道)


「バズりとは、“運命との接点”じゃ。

 深夜のテンション、祭りの最中、朝の暇つぶし──神の道が開かれる瞬間を逃すな」


 その六、運。結局これ(クソ重要)


「結局、選ばれるかどうかは天任せじゃ。

 ……じゃが、努力した者だけが“偶然”を迎えられるのじゃよ」




承認欲求はほどほどに。

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