マレーナからの報告書〜公爵にして、妹にして、艶やかなる愛人より〜
基本設定等の説明はこの話(シリーズ先頭)を読んでいただけると幸いです。
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ゼータ公領に見切りをつけてボクが立ち去るのと入れ違いでの出来事。
〝顔の無い王〟が現れたらしい話を聞きつけたオメガ公がゼータを訪れていた。
ボクはあれ以来オメガには足を踏み入れていないのだが、ある程度のその後の話は以前傭兵仲間から聞いていた。
「今のオメガ公は腕利きの魔術師でよぉ。しかも働き者で美人さんと来たもんだ。先代が引きこもりの腰抜けだったのを払拭するように、合衆国各地を飛び回っているって言うぜ。しかも未婚。コブ付きと言うのが少し残念だが……男としては一度ああいう姫を抱いてモノにしてえもんよ」
酒の席で鼻を伸ばす元オメガの傭兵はボクに対して自慢するように語ってくれた。
曰く、先代公爵アルケイデス・オメガと紅蓮の鷹エンディミオンは団長の地位を狙ったクレスとジェイによって殺されたことになったらしい。
そして先々代には他に生き残った子女はなく、ファイ公爵家に預けられていた姪のマレーナがオメガ公爵を継いだという話になっていた。
継承時点での年齢は20歳なので5年後の今は25歳。
公爵を継いですぐに子供を授かっていることが判明し、しかも父親がファイ公ということもあり、今のオメガはファイとは一つに近しい関係にあるのだという。
かつてのボクに対しての嫉妬を織り交ぜながら語る酔った男は紅蓮の鷹の団員だったらしいがボクはこの顔に覚えがない。
彼のほうもボクのことは知らない様子で本人を前に口を滑らせていた。
まあ僕も王様の助力で顔の認識を阻害しているので、幼い頃の素顔を知っていても気づきにくいであろうが。
「ジェイ……オルガ……そしてカミーユ。顔の無い王は現れるたびに名前と顔がコロコロ代わっておりますね。なんとしても早く捕まえて金印を取り戻さなくては」
兄にして可愛い娘イレーナの父であるイヌイタに向けた報告の手紙をしたためながら、マレーナは身体の疼きを覚えつつ呟いていた。
あれから5年。
魔術で金印を賊に奪われたことを隠蔽しながらオメガ公となったことで兄と離れて暮らすことに不安や不満がないかと言われれば嘘である。
だがそのために授けてくれたのが娘のイレーナ。
この世界でも禁忌とまでは言わないものの、あまり褒めた行為ではないとされる近親相姦の末の娘はマレーナにとってはすべてを捧げた兄に匹敵する大事なものだった。
オメガ公爵を正式に継いでからの彼女は兄に可愛がってもらえていないのでイレーナを仕込んで以来当然ご無沙汰。
オメガの貴族が早く正式な婿を迎えて世継ぎを増やすようにと心配するのも子無しだったアルケイデスのことを考えれば当然なのだが、マレーナ自身は次の子を産むにしてもイヌイタとの子供しか考えていなかった。
「いくらでも変えられる名前だけではなく人相書きの顔はどれも異なる。やはり顔の無い王とは生身ではなく思念体なのでしょうか。だがそれでは今まで奪った金印をどうやって引き継いでいるのでしょう。金印を含めたスタンプにおいて重要な触媒は生身の肉体……思念体が引き継ぐなど不可能なハズなのに」
マレーナは〝顔の無い王〟とは何なのかと考察を走らせる。
彼女が調べた限り、顔の無い王とは初代皇帝とは同盟関係にあった古代の王だという。
そして現在の人相書きが性別すら異なる千差万別な顔をしているところから、導き出した「古の王が思念体として蘇って活動している」という彼女の仮説は正解に近かった。
だが彼女は生身の肉体を我が物にする魔術を知っているからこそボクらの簡単な偽装には気づいていない。
実際の姿形ではなく記憶や記録に残る姿形を偽ることによる撹乱は王様が期待していた以上に効果的だった。
「どちらにせよ捕まえられればわかることですね。それよりもあれから5年……後手に回り続けていることが兄上に申し訳ない」
オメガ公となり、顔の無い王を探して合衆国を渡り歩くようになってからのマレーナは、一度も故郷ファイ公領には帰っていない。
もしイヌイタと出先で顔を合わせてもあくまで対等かつ敵対関係にある公爵同士としてであり、血よりも濃い繋がりを持つ家族として接するのは避けていた。
その徹底ぶりは娘のイレーナに父親がイヌイタであることを隠すほど。
故に数えるほどしか会えていない父とファイ公が同一人物であることをイレーナは知らなかった。
そこまで彼女が気持ちを押し殺すのもひとえにイヌイタのため。
兄が望んだオメガの金印を手に入れるまで顔見せできないとマレーナは考えていた。
「さてゼータ公の代わりはどうしましょうね。クリンビダン殿下は好色家だったという話ですし、正室の嫡子よりも妾の庶子の方がよろしいかしら」
そんな彼女が顔の無い王を求めて各地を巡る上での大きな仕事は偽装工作である。
金印を失って24公爵本来の存在意義としてはお取り潰しになるべきであろう公爵家たち。
マレーナは魔術による隠蔽に協力することで各地の公爵を裏から操っており、それはマレーナ自身も金印を奪われた偽りの公爵であることを隠すベールとなる。
金印の持つ力は膨大だが故に表立って振るう機会は減りつつある。
そのため公爵同士の派閥争いにおいて金印の有無が形骸化しつつある昨今において、マレーナの工作は金印を失った公爵家の没落を防ぐとともに、金印こそが公爵の証しという因習からの解放──公爵という肩書自体の権威化に一役買っていた。
「自らへの戒めとはいえ……拙もそろそろ恋しいですよ……兄様」
報告の手紙を書き終えて、次のゼータ公の候補も選び終えた。
あとは公爵の引き継ぎを見届けたら一旦オメガ公領に帰って溜まっていた公務を片付けなければいけないか。
寝入る娘の顔を見て、その先にいる最愛の人の顔を浮かべて自らを慰めるマレーナの艶やかな声。
美人の公爵が宿泊していると聞き、隣の部屋で壁に耳をつけてその吐息を盗み聞きしていたクリンビダンの遺児は名実ともに次のゼータ公にふさわしいマセガキだった。