湿度100%の恋模様
梅雨――――天気も気分も晴れない暗黒の季節、それは煌めく青春真っただ中の学生たちにとっても等しく平等に暗い影を落としている。
「おい潤太、なに今にもカビの生えそうな辛気臭い顔してんだ?」
「さ、爽風……酷くない!? そりゃあ、たしかに俺はぱっとしないしネガティブだし取柄もないけどさ……」
こいつは幼馴染の霧村潤太、小学校まではこんなうじうじじめじめしたヤツじゃなかったんだが、中学の時色々あって――――すっかり自信を失ってしまった。
高校に入ったら変われるんじゃないかって期待していたけど……相変わらずだ。なんとか自信を取り戻して欲しいんだけど……。
ああ――――駄目だ、駄目、梅雨のせいか私までうじうじと考えてしまっている。
そうじゃない、そんなの私らしくない。私は――――私に出来ることをするだけだ。
「潤太はさ、彼女とか作らないのか?」
「……そんなの……絶対無理だよ。俺なんかと付き合ってくれるわけないし……」
チラチラとこちらの反応を窺う潤太。小動物みたいで庇護欲を刺激してくるが――――この様子だと行動に移す可能性はゼロだな。
わかってる、潤太は私のことがずっと好きだった。
なぜ知ってるかって? 私も潤太のことが好きだからに決まってる。ずっと見てたからわかるんだ。一歩踏み出したい――――でも、この心地良い関係が終わってしまうかもしれない。覚悟が出来ずに先延ばしにしてきたのは私も同じだ。
このままじゃいけないのはわかってる、本人は自覚が無いのかもしれないけど高校に入ってから潤太は一気に背も伸びて本当に格好良くなった。これで本来の自信を取り戻してしまったら――――きっと潤太は私の手の届かないところへ行ってしまう。
潤太が自信を失ったのには私にも原因がある。
自信を取り戻して欲しいと願いつつ――――どこかでこのままでいて欲しいと願っている自分勝手な私がいた。
ごめん、うじうじしていたのは私の方だった、もう――――やめよう、止まない雨はない――――明けない梅雨はないんだ。
私は――――潤太、お前と二人で――――雨上がりの虹を見てみたい。
「潤太、聞いてくれ」
「さ、爽風?」
怖い、なんでこんなに鼓動が速くなるんだ。でも――――伝えなきゃ――――何も始まらない!
「潤太、お前はさ、自分が思ってるよりずっと良い男だよ。優しいし他人のこともよく見てるし、気遣いの出来る所も凄いと思う。今は――――ちょっと色々考えすぎて、抱え込み過ぎてるだけだ。だけど……もう十分苦しんだし、これ以上お前が辛そうにしているのは見てられないんだよ」
「爽風……」
潤太の熱い視線が私に向けられている。その熱が私の顔を――――全身を熱くする。
「悩むことはない、躊躇うことなんてない、お前はもっと幸せになって良いし、なるべきだ。だから――――その気持ちをただ伝えれば良いんだ。大丈夫、お前ならきっと大丈夫だ」
くっ、ここに来てヘタってしまった。い、いや、これで良いんだ、潤太自身が伝えてこそ自信を取り戻すきっかけになるはず。私の気持ちはすでに決まっているんだから。
「……ありがとう、爽風、俺、伝えてくるよ!!」
「そうか、伝える気になった――――って、え? どこへ行くつもりだ!?」
席を立ちあがる潤太。え? 伝える相手って――――私じゃないの……?
「隣のクラス、白雪姫乃さんのところ」
「へ……? あ、そ、そうなんだ、頑張れよ!」
うわあああああああああああああああああああ!!!! マジかああああああああああああああ!!!
白雪さんって、あの学年のアイドル……なるほど……うん、たしかにカワイイヨネ。
いやいや、あの白雪さんが潤太を相手にするはずない――――
まてよ、そういえば……何度か楽しそうに話しているの見たことあったっけ……
え? ちょっと待って、告白が成功したら論外だけど――――失敗したら――――せっかく勇気を出した潤太は――――取り返しのつかない傷を負って――――
どっちに転んでも……最悪だ。
うわあああああああ!!!!! 私の馬鹿あああああああ!!! どうしよう……もう……最悪。
『おい……なんか教室内の湿度が上がってないか?』
『誰か窓開けろよ』
『馬鹿野郎、外、土砂降りだろうが』
「さ、爽風、元気出して、クラス中のみんなは貴女の味方だから」
「そ、そうだよ夏野さん、男は霧村だけじゃないんだから」
ああ……皆の優しさが今は鬱陶しい。私は今――――ひとりになりたいんだよ。
生温い人肌はジトっと汗ばんで不快でしかない。
わかってる、悪いのは私自身、半分くらいは梅雨のせい。
「爽風!! 聞いて!」
教室内のどんよりとした空気を読まず、一足先に梅雨明けした沖縄の空のような朗らかさで潤太が戻ってきた。
聞かなくてもわかってる、成功したんだな――――告白。
悪いけど――――おめでとうって言えない。どんな顔していいのかわからないよ。
「はっきり断って来たんだ、俺、好きな人がいるからって」
「……へ?」
それって――――どういう……
「爽風、いつも側に居てくれてありがとう、お前がいたから俺は……自暴自棄にならずに済んだんだ、どれだけ救われたかわからない。気付いたら……爽風がいることが当たり前になってた。俺さ……ずっとお前のことが好きだった。何度も言いたかったけど、怖くて言えなかった。でも、もう躊躇しない。どうか俺と――――付き合ってください」
「――――はい」
じめじめした空気よりも
ウンウン唸る除湿機の音よりも
クラスメイトの歓喜と喝采の声よりも
ずっと見たかった――――その明るい笑顔と優しい声が心の中を吹き抜けてゆく。
まるで――――初夏の風のように。
長かった、私と潤太の梅雨が――――ようやく明けたのだと告げるように。