第八話 家族と村の目、そして蚕たちの反乱!
ある朝、事件は起きた。
「な……なんでいないのっ!?」
小屋の扉を開けた私は、しばらく現実を受け入れられなかった。
昨日せっせと改良した蚕の棚が、もぬけの殻だった。
「リィナ、どうした?」
タク兄がやってきて、棚を覗き込む。
「いや、本当にいない!」
「昨日は確かに十匹いたよな?」
「うん!」
(夜のうちにどこかに……!?)
私は青ざめた。
そのとき、グレン兄ちゃんが慌てて駆け込んできた。
「リィナ、タクマ!」
「どうしたの?」
「畑の隅に……蚕が!」
大急ぎで畑に向かって駆け出した。先に飛び出したタク兄があっという間に見えなくなる。
私も短い足で一生懸命走った。途中、振り返ったグレン兄ちゃんが「この方が早い」とばかりに私を抱き上げ、タク兄の後に続いた。
畑に着くと、呆然と立ち尽くすタク兄がいた。その視線の先には、桑の若木。
よく見ると、その下で 三匹の蚕がのそのそと這っていた。
「どうしてこんなところに……」
「脱走か?」
タク兄がぽかんと呟く。
(そんな……脱走なんて……)
でも、確かに棚の通気口の隙間が少し大きくなっていた。
グレン兄ちゃんと2人で改良した時に広げたところ。
「通気良すぎたか……」
グレン兄ちゃんも苦笑い。
「というか、蚕って脱走するんだな…」
(いや、前世でもそんなのなかった!)
まさか、野生の本能……!?
「と、とにかく残りの子を探そう!」
私たちは手分けして庭中を探し回った。
小屋の周りや畑の端々に、小さな白い姿がちらほら。
「こっちにもいた!」
「三匹捕まえた!」
タク兄とグレン兄ちゃんが手際よく次々と発見してくれる。
(よかった……)
朝の静けさの中、ポツリポツリと畑に出かける村人が家から顔をだす時間。
やがて道端には、呆れ顔でボソボソと話す村人たちが集まり出した。
「また何か始めたの?」
「この前は何やってんだって思ってたが……」
「今度は畑で虫集め?」
洗い物を抱えた噂好きなおばちゃんたちも井戸端でひそひそ。
「リィナちゃん、変わった遊び好きだねえ」
嫌な空気と視線に抗うように、私は精一杯胸を張って仁王立ちした。
「遊びじゃない!」
私は叫んだ。
「養蚕なんです! 絹を作って、売って、みんなで豊かになるんです!」
周囲がしん、と静まり返った。
(しまった……言いすぎた)
「ははは!」
後ろから響く大きな笑い声。父さんだった。
「いいぞリィナ、その心意気!」
その横で、母さんも肩をすくめながら声を出す。
「最近、大人顔負けのこと言うから驚いてばかりよ」
(あ、また……)
大人びた話し方に気づかれてる。
「うちの子にしかできない遊びなら、好きにやらせてやってくれ」
父さんが村人たちに頭を下げた。
グレン兄ちゃんも蚕を腕に乗せながら言う。
「この子たちが大きくなれば、絹糸が取れるらしいぞ。村にもいい影響が出るんじゃないか?」
「ふーん……」
「まぁ、私らに迷惑がかからないなら構わないさ」
「変わった遊びだねえ。まあ、頑張んなさい」
おばちゃんたちが笑って去っていった。
(よかった……)
***
その日の夕方。
小屋に戻った蚕たちを箱に戻し、また棚を整えた。
「やれやれ、もう脱走しないでね」
私は一匹ずつ頭をなでた。
(前世では「虫なんて触りたくない!」って思ってたのに)
今は、この小さな命が愛しくてたまらない。
「次は、脱走防止対策が必要だな」
グレン兄ちゃんが作業台に座った。
「蓋をしっかり閉めて、通気口に細かい網をつけよう」
「いいね!そうしよう!」
作業はグレン兄ちゃんに任せておけば大丈夫。次の問題は――桑の葉っぱだ!
これから蚕の数はどんどん増える予定。葉っぱも蚕棚も足りなくなるだろう。
「タク兄、グレン兄ちゃん、次はもっと大きな棚を作らなきゃ!」
「え、また?」
「それにね、桑の葉っぱももっともっと増やさなくっちゃ!!」
「ええっ!?」
タク兄とグレンが同時に目を丸くした。
私は笑った。
「だって、絹を作るって決めたんだから。まだまだ、これからだよ!」
ハンカチ1枚作るのにも、確か蚕7〜8匹分くらいの糸が必要だったはず。
もっともっと増やしていかなきゃ!
拳を握り締め、野望に燃えるリィナだった。