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農家の娘、異世界で国家改革始めます ―糸で国を変えた少女―  作者: ふくまる
第2章 - 絹の女神 -

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第三十三話 凱旋

王宮の大広間には、朝から興奮した空気が満ちていた。


「ドラクスバーグ王国、完全降伏!ラウレンツ殿下が、大勝利を収められました!」


「おお〜やったぞ!」

「ラウレンツ殿下万歳!」「ヴァルディア王国万歳!!!」


歓声が王宮中に響き渡った。誰もが歓喜に沸き、近くにいるもの同士で手を取り合っては喜んでいた。

五ヶ月にも渡る戦争は、多くの人の心に暗い重しとしてのしかかっていた。

近しい人の安否を気遣い、刻々と変わる戦況に怯え、みな少しずつ疲れていた中での待ちに待った知らせだった。


私も思わず両手を握りしめて、胸の奥から湧き上がる喜びを噛みしめた。


やっと長かった戦いが終わる。

ラウレンツが無事で、しかも勝利を収めて帰ってくる。


良かった。本当に良かった。これで、みんなに明るい笑顔が戻ってくる。

気づけば涙で頬が濡れていた。


女神様、心から感謝します。

彼を、みんなを守ってくれて、本当にありがとうございます。



***


それから二ヶ月が過ぎた。


戦後処理のため現地に残っていたラウレンツから、ようやく帰国の連絡が届いた。


「三日後に到着予定です。兵士たちに労いと休息の準備を」


短い文面だったが、その言葉に込められた安堵と兵たちへの気遣いが伝わってきた。

感慨に浸る間もなく、王宮では慌ただしく凱旋の準備が始まり、城下にもその触れが出された。


「リィナ様、凱旋式のお召し物はこちらでよろしいでしょうか?」


侍女のアリスが、美しいドレスを見せてくれた。淡い水色の絹地に、細かな刺繍が施されている。


「素敵ね。ありがとう、アリス」


「これも、リィナシルクで作られたものです。王太子殿下のお帰りを、最高の装いでお迎えしましょう。それから、リィナ様は少しお仕事をお控えください。目の下にクマがありますよ。今日から毎日ピカピカに磨き上げましょう」


私はアリスによって強制的に仕事時間を減らされ、その分これでもかというくらい磨き上げられた。

お陰ですっかりクマは消え、肌もぷるぷるツヤツヤに仕上がり、普段の三割増しくらいには淑女っぽく見えるようになった…と、思う。


***


凱旋当日、王都の街は朝からお祭りのような賑わいだった。

私も朝からドキドキして、何度も窓の外を眺め、部屋の中をウロウロしていた。


城下でも、街角という街角に民衆が集まり、勝利を祝う歌声や笑い声が響いている。


「殿下のお帰りだ!」

「戦勝おめでとうございます!」

「お陰様で平和が戻ってきました!」


私は、部屋の窓を開け放ち、風に乗って時折聞こえる民たちの歓声に耳を傾けながら、ずっと城門の方をを眺めていた。

民たちの明るい声と喜びようを見ていると、また涙がこぼれてきた。


良かった。みんなが笑顔になれて、本当に良かった。


「リィナ様」


振り返ると、イザベラ様が立っていた。


「もうすぐラウレンツ様がお帰りになりますよ」

「はい」

「あなたも、よく頑張りましたね」


イザベラ様が優しく微笑んだ。


「この戦いで、あなたの技術がどれほど役立ったか...」


「そんな、私は何も...」


「謙遜しないでください。いえ、むしろ誇っていいのですよ。みんなが感謝しています。私も」


そう話すイザベラ様の瞳は静けさを湛えていた。まだ癒えていないであろうアレクサンダー様を亡くした悲しみを胸の奥に仕舞い込み、それでも王族として勝利を祝い、帰還する兵たちの無事を喜ぶ凛とした佇まいに尊敬の念が湧き上がる。


「ありがとうございます。イザベラ様。でも、私だけの力ではありません。商会の方々をはじめ、魔道士の方々、刺繍を一緒にしてくださった王宮の女性たち、みなの力を合わせた結果です。イザベラ様もそのお一人ですよ。だから、一緒に誇りましょう」


「まあ」

クスリと柔らかく微笑んだイザベラ様は、眼を細めて私を見つめた。


「さあ、私たちもそろそろ行きましょう」

そう言って、私に手を差し伸べた。


***


正午を過ぎた頃、近衛兵に先導されたラウレンツを先頭に、兵たちが列を成し、整然と城門から入ってきた。

城門の前には熱狂的に声援を送る市民たちが詰めかけ、口々に勝利を祝い、感謝を述べていた。


列はゆっくりと広場まで進むと停止し、出迎えた私たちの前で整列をはじめた。

兵たちの前でゆっくりと馬から降りたラウレンツは、手綱を従者に預けると、私たちに視線を向け、颯爽と歩み出る。

その威厳溢れる堂々とした様子を、国王をはじめとする王族や重臣たちが迎えた。

私もイザベラ様と共に、少し後ろから見守っていた。


「あ...」


思わず声が漏れた。


日に焼けて少し逞しくなった彼の姿は、出征前とは別人のようだった。王太子としての風格と、戦場で培った強さが、その立ち姿からにじみ出ている。


「父上、ただいま戻りました」


ラウレンツ様が片膝をついて報告した。


「戦争は我が軍の完全勝利に終わりました。ドラクスバーグ王国は降伏し、援軍を差し向けてくれた近隣諸国も交え、五カ国による和平条約を締結いたしました」


「よくやった、ラウレンツ」


国王が両手を広げて息子を迎えた。


「其方たちの働きにより、この国に平和が戻った。心から感謝している」


「ありがとうございます。しかし、これは私一人の手柄ではありません」


ラウレンツ様が後ろで整列する兵士たちを振り返った。


「共に戦った勇敢な兵士たち、そして...」


ラウレンツ様の視線が、私の方を向いた。


「この国を守るため、素晴らしい技術で我々を支えてくれた人々のおかげです」


兵士の一人が声を上げた。


「陛下!我々は女神様のご加護をいただきました!」


「そうです!絹の女神様が、我々をお守りくださいました!」


別の兵士も続いた。


「リィナ様の作ってくださった治癒の布で、私は命を救われました!」


「女神の糸のおかげで、敵の魔法攻撃も恐れませんでした!」


次々と上がる感謝の声に、私は胸が熱くなった。

私たちの作ったものが、本当にみんなの役に立ったんだ。


「絹の女神万歳!」

「女神様に感謝を!」


兵士たちの歓声が広場にこだました。


***


三日後、王宮では盛大な戦勝パーティが開かれた。

大広間は音楽と笑い声に満ち、久しぶりに平和な雰囲気に包まれていた。


「論功行賞を行う」


国王が立ち上がると、広間が静まり返った。


「この戦いに貢献してくれた者たちに褒章を与える」


一人ずつ名前が呼ばれ、勲章や称号が授けられていく。


「ガードナー将軍、見事な指揮により敵軍を撃破した功績を讃え、元帥位を授ける」

「ありがたく拝受いたします」


将軍が深々と頭を下げた。


そして、最後に私たちの名前が呼ばれた。


「リィナ・マーヴェル嬢並びに『ディーバ・シルク商会』」


「は、はい」


驚いて立ち上がった私に、国王が優しく微笑みかけた。

会場の一角では、ミナ姉ちゃんやライル兄、グレン兄ちゃんたちが誇らしげな笑顔で拍手を贈ってくれているのが見えた。


「君たちの開発した魔法糸と医療技術により、多くの兵士の命が救われた。その功績を讃え、『王国功労者』の称号を授ける」


「ありがとうございます」


「君たちの技術は、多くの兵とその家族を救ってくれた。礼を述べる。これからも、その技術で王国に貢献してくれることを期待している」


拍手が広間全体に響いた。


***


将軍を始め、たくさんの兵やその家族から感謝の言葉をかけられた。

私は、恐縮しながら笑顔で受け、逆に使い心地や改善点などがないかを聞いて回った。


ラウレンツはと言うと、陛下と共に貴族当主や重臣からの挨拶を受け、戦争中に生じた様々な問題について話し合っているようだった。相変わらず忙しそうだった。


パーティも終盤に差し掛かった頃、ラウレンツが私の元にやってきた。


「リィナ、少し外に出ませんか?」


「はい」


二人でバルコニーに出ると、秋の夜風が頬を撫でていった。


「久しぶりですね。元気にしてましたか?」


ラウレンツ様が振り返って微笑んだ。


凱旋後、報告や会議、論功行賞の決定に休む間もなく奔走されていた彼とはずっとゆっくり会えないままだった。


「はい。お帰りなさい、ラウレ様」


「ただいま、リィナ」


話したいことはたくさんあったはずなのに、彼の笑顔を見ていると胸が詰まって言葉が出なかった。


私たちは、二人並んで、黙ったまま夜空を見上げていた。


「怖かったです」


ふと、本音が口から漏れた。


「もう、二度と会えないかもしれないって...」


「リィナ...」


「でも、信じていました。女神さまが、きっとラウレ様をお守りしてくれるって」


「君のおかげで、僕は生きて帰ることができた」


ラウレンツ様が私の手を取った。


「ありがとう、リィナ。君がいなければ、この勝利はなかった」


「私こそ、ラウレ様が無事で...本当に良かった」


涙がこぼれそうになったが、今夜は嬉し涙だった。


「戦場で星空を眺めながら、いつもリィナのことを思い出していました」


「本当?」


「ああ。リィナの刺繍してくれた女神様を見るたび、君が待っていてくれることを思い出して、どんなに心強かったか」


「お力になれたなら、良かった…」


「そうそう、フレアストライクにも効果がありました。リィナと女神様がしっかり私を守ってくれた」


「良かった。ちゃんとお守りできたんですね」


「ありがとう、リィナ。やっと君の元へ帰ってくることができた…」


ラウレンツがギュッと私を抱きしめてくれた。

温かな腕の中で、私は心から安堵した。


(戦争は本当に終わったんだ。彼は無事に帰ってきてくれたんだ)

ラウレンツの温もりに包まれて、やっとそう実感できた。

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