第三十二話 決着
(ヴァルディア王国 ヴァーグレン伯爵領)
早朝の静寂を破って、騎馬隊の蹄の音が屋敷を取り囲んだ。
「た、大変です!伯爵様、屋敷が軍に囲まれております」
執事が血相を変えて執務室に駆け込んできた。
「何だと!?」
ヴァーグレン伯爵が書類から顔を上げた瞬間、扉が勢いよく開かれた。
「ヴァーグレン伯爵、謀反の疑いにより貴殿を捕縛する」
威風堂々とした体格の騎士がツカツカと歩み入った。
「無礼者!何を証拠に...!」
「証拠は揃っている。既にヴァンダール伯爵も捕縛され、自供をいただいた」
騎士隊長が冷然と告げた。
「あやつ、裏切ったのか!?」
伯爵の顔が青ざめた。
「ご同行願う」
「待て!私は何も...」
「抵抗は無駄だ。証拠と証人がある以上、覆ることはない」
騎士たちが伯爵の両腕を掴んだ。
「くそ...この計画が成功すれば...」
「計画は既に破綻している。ドラクスバーグとの密通、王家への反逆、マーヴェル嬢への襲撃。全て明らかになっている」
***
その頃、戦地では連合軍による東西南北からの一斉進軍が着々と進んでいた。
「殿下、東方面ノルディア王国軍より報告です。敵軍第三師団を撃破、現在追撃中とのことです」
「南方面エルベリア公国軍からも連絡が。敵の補給線を完全に遮断したとのことです」
次々と届く勝利の報告に、本陣は活気に満ちていた。
「よし、包囲網は順調に縮まっている」
ラウレンツが地図上の敵軍位置を示す駒を動かした。
「このまま行けば、一週間ほどで王都を完全に包囲できそうですな」
ガードナー将軍も満足そうに頷いた。
***
一方、ドラクスバーグ軍の陣営では緊迫した空気が流れていた。
「シルクスパイダーは、まだ第二王子に近づけないのか!?」
指揮官が苛立ちを隠さずに問い詰めた。
「警戒が厳重すぎます。兵の数も多く、そもそも対象に近づくことができません。常に複数の護衛に囲まれ、天幕の周囲も見張りが立っています。夜間にも松明が焚かれ、夜襲を警戒し、巡回頻度も上げている様子です」
黒装束の暗殺者が悔しそうに報告した。
「進軍速度も早く、状況も刻一刻と変化しています。常に機会は伺っておりますが、残念ながら今のところ付け入る隙は見出せておりません…」
「わかった。こうなったら相手は将軍でも構わない。事態を打開する有力な一手が早急に必要なんだ。魔石の数にも限りがある。とにかく、機会を見つけて必ず仕留めろ」
***
十日後、ついに連合軍はドラクスバーグ王城を完全に包囲した。
「降伏勧告を送りましょう」
エルベリア公国の使者が提案した。
「無駄な血を流す必要はありません」
「同感です」
ラウレンツが頷いた。
「民草に罪はない。可能な限り平和的解決を図りましょう」
降伏勧告の使者が王城に向かったが、その返答は意外なものだった。
「和平協議を申し入れたい。代表者には是非王城で話し合いを...」
「この状況で『和平協議』がまだできると思っているとは、目出度い頭だな」
「下手に籠城され、長引かせるよりは提案を受けいるのも得策かと」
「我らが優位は最早揺るぎない事実。一刻も早く相手を交渉の席につかせることが肝要かと」
各国代表者が様々な意見を述べる中、ずっと黙って考え込んでいた将軍がおもむろに口を開いた。
「これは罠かもしれません」
ガードナー将軍が眉をひそめて申し出る。
「私が代理で行ってまいります」
「いや、将軍。この軍の責任者は私です。やはり私が行くべきでしょう」
ラウレンツが首を振った。
「しかし、王城内は危険すぎます」
「それならば、野外で行いましょう。双方同数で、武装解除しての会談ならば、敵も乗ってくるでしょう」
「「「我々も同席致します」」」
「そうですね。皆様もこの戦争の当事者。協議に参加する資格は十分あります」
「ありがとうございます」
「ただし、これをお持ちください」
ラウレンツが昨日追加で届けられたばかりの無効化の腕帯を差し出した。
「これは?」
「我が国の機密ですので詳細はお伝えできませんが、敵の魔法攻撃に対抗しうるものです。きっと皆様を守ってくれる」
「ほう!このようなものまで!」
「ただし、こちらは差し上げられません。会談後、必ずお返しください。お約束いただけないようでしたら、こちらはお渡し致しかねます」
「なるほど、門外不出の技術ということですか。有り難くお借りいたします」
***
翌日の午後、王都の城門前に白い天幕が設営された。
ラウレンツは護衛を最小限に留め、3国の使者たちもそれに倣って、ドラクスバーグ王との会談に臨んだ。
「ラウレンツ殿下、お会いできて光栄です」
ドラクスバーグ王が恭しく頭を下げた。
「こちらこそ。早期の平和的解決を望んでおります」
「まさに。無駄な争いは避けたいものです。それでは、早速協議に入りましょう。こちらは、我が国の条件を書き記したものです。ご確認を」
王が背後の従者に目で合図を送る。合図を受けた男が書類を手に、ラウレンツの方へゆっくりと歩を進めた。その瞬間―
天幕内に眩い光が走った。
「フレアストライク!」
従者に扮したその男が魔法攻撃を放った。
咄嗟に腕で体を庇うラウレンツー
「な!?何が起こった!?」目を見開く使者たち。
光は完全に消失し、そこには無傷のラウレンツが立っていた。
腕に巻かれた「女神の糸」のハンカチが、淡く光を帯びていた。
「何も起こってはおりません。そこの従者が私を攻撃したという事実以外は」
ラウレンツが静かに答えた。
「そ、そんな馬鹿な...」
護衛に取り押さえられた男が震えた声で呟く。
「我々の切り札が...」
その様子を見ていた別の男が、懐から短剣を抜いて襲いかかる。しかし、すぐに護衛騎士に取り押さえられた。
「くそ!」
従者に扮した男たちを全て取り押さえると、ラウレンツが静かに向き直る。
「ドラクスバーグ王、これで貴方の最後の賭けも終わりです。降伏してください」
王の顔は真っ青だった。
「な、なぜだ!?なぜこんなことに…」
「我が婚約者の技術を甘く見ていたようですね」
「あの小娘の...」
「彼女の名はリィナ・マーヴェル。素晴らしい魔導士であると共に、最高の技術者でもある我が国の『宝』です。その『宝』に手を出そうとしたこと、我々は決して許していません。覚えておいてください」
***
その後、ドラクスバーグ王国は正式に降伏。王城は無血開城された。
全軍を集め、その前にラウレンツが立った。拡声の魔術具を使い、宣言する。
「戦争は終わりました。我が軍の勝利です!」
「うおおお〜ヴァルディア王国万歳!」
「ラウレンツ殿下万歳!!!」兵士たちの歓声が夜空にこだました。
「女神さまに感謝を!」
「我らの絹の女神よ!!!」
たくさんの兵士が腕帯や治癒ガーゼをその手に掲げ、女神に感謝を捧げている。
「兄上、やりました」
ラウレンツも胸に巻いたハンカチを手に取り、女神の横顔に口付けを落とす。
「リィナ、君のおかげだ。ありがとう、俺の愛しい絹の女神…」
そっとハンカチを胸に戻し、夜空を見上げる。きっとリィナも、同じ星空を見上げているだろう。
夏の大三角が夜空を彩る中、春先から続いた長い戦いがやっと終わりを告げた。
戦後処理には時間がかかるだろうが、あともう少し頑張れば、愛する人の下に帰ることができる。
勝利の夜は、希望の光に満ち溢れていた。




