第三十一話 援軍
(ドラクスバーグ王国 王宮)
豪華な謁見の間に、勝ち誇った笑い声が響いていた。
「やりましたぞ!シルクスパイダーがアレクサンダー王太子に深手を負わせたようです」
膝をついたクリムゾン侯爵が、興奮を抑えきれずに報告した。
「ほう。よくやった。して、王太子は死んだのか?」
玉座に座るドラクスバーグ王が、満足そうに身を乗り出した。
「今のところ定かではありませんが、フレアストライクを二発もくらったのです。無事では済みますまい」
「奇襲隊を待ち伏せした者たちからの知らせはあったか?」
「はっ。先ほど入った連絡によりますと、敵奇襲隊は全滅させたとのことでした!」
「ふふふ。よくやった」
王が手を叩いて笑った。
「ヴァーグレン伯爵もやっと役に立ってくれたようだな」
「しかし、潜ませていた手のものが露見した模様。同じ手は今後使えないかと...」
「よいよい。どうせ使い捨ての駒だ。一度でも役に立ってくれれば十分だろう」
王が手を振って軽く答えた時、別の側近が進み出た。
「陛下、それよりもシルクスパイダーが面白い物を持ち帰ったようなのですが、お見せしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「こちらでございます」
側近がそっとハンカチを差し出した。
「なんだ、これは?」
「襲撃した敵方の騎士の所持品なのですが、確認したところ全員同じ物を所持しておりまして。魔道省に確認させましたところ、治癒効果があるようでした」
「なんだと、このような布に治癒効果だと!?」
王が驚いて身を乗り出した。
「はい。実際、倒れた騎士の中には、このハンカチを使い傷を癒して逃走を図った者もいたとか。当然、追っ手を差し向け、とどめを刺しておきましたが」
「これは、例の『魔法糸』か?」
「そのようです」
「あの小娘、こんな物まで作り出せるとは...」
王の目が貪欲に光った。
「これは予想以上に使い道のありそうな娘のようだな。手に入れるのが楽しみだ」
その時、伝令兵が慌てて謁見の間に駆け込んできた。
「陛下、大変です!たった今前線より連絡がありました」
「何事だ?」
「敵本陣に増援部隊が到着した模様。その数二万。第二王子が率いている模様です」
謁見の間が一瞬静まり返った。
「加えて、国境に駐留していた3カ国の援軍にも動きがあったようです。恐らく進軍に向けた準備かと…」
「何だと!」
王が立ち上がったが、すぐに冷静さを取り戻した。
「いや、慌てることはあるまい。国境には適当に部隊を派遣しておけ。それと、シルクスパイダーを呼べ!赤い魔石もできるだけかき集めろ!」
王の声が謁見の間に響いた。
「次の獲物はヴァルディアの第二王子だ。ああ、将軍を狙うのもいいな。ついでに指揮官も何名か血祭りにあげてやろう。この戦はそれで片付くだろう」
***
( ヴァルディア王国 本陣)
夕暮れの陣営で、ラウレンツは地図を広げて戦況を確認していた。
「殿下、近隣諸国の援軍から使者が到着しております」
副官の報告に、俺は顔を上げた。
「分かった。すぐに通してくれ」
天幕に入ってきたのは、三つの国の代表だった。
「ラウレンツ殿下、この度はアレクサンダー王太子殿下のご負傷、心よりお見舞い申し上げます」
使者の一人が代表して挨拶を述べると、揃って深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。兄上も、皆様のお気持ちを知れば喜ぶでしょう」
「我々は殿下の到着を機に、約定に従い進軍を開始したいと考えております」
「頼もしい限りです。では、早速軍議を行いましょう。どうぞこちらへ」
従者に席を用意させ、将軍や将校も呼び寄せた。
将軍が現状の報告を行い、使者からは周辺の様子や派兵規模について報告がなされた。
地図を囲んで、敵軍も含めた各軍の位置を確認していく。
「包囲網を構築できそうですね」俺が呟くと、みなの視線が集まった。
「良案ですね。現在、我がノルディア王国軍は東側に、エルベリア公国軍は南側、そしてカストール帝国軍は西側に軍を駐留しております。徐々に王都に向け進軍致しましょう」ノルディア王国軍の提案に、皆が同意するように頷く。
「我が軍が正面から押し、皆様に側面と後方を封じてもらう作戦ですな。敵も退路を断たれれば、降伏せざるを得ないでしょう」ガードナー将軍も鋭く地図を一瞥し、街道の位置、王都までのルートを確認しながら意見を述べた。
「しかし」
エルベリア公国の使者が痛ましそうに視線を下げながら口を開く。
「アレクサンダー殿下にお怪我を負わせた『謎の攻撃手段』については、何か対策があるのでしょうか?」
(ほう。兄上が攻撃された手段が特殊であることを知っているのか。優秀な密偵を使っているようだな。)
「よくご存知ですね。ちょうどいい機会ですので、みなさんがその攻撃についてどうお考えなのか教えていただけますか?情報を共有いたしましょう」
「我々は『謎』の攻撃を受けられたとしか…」
「我が国も同様です。通常の物理攻撃とは違った攻撃であったとしか…」
「火傷のような傷を負われたと聞き及んでおります」
各国ともなかなか詳細な情報を持ってるな。
「おっしゃる通り、あの攻撃は『魔法攻撃』であったと我が国では判断しました」
「魔法攻撃ですと!?」
「魔力をエネルギーとして放出する技術が、すでにドラスバーグ王国で開発されているということでしょうか!?」
「それでは、敵の武力想定を見直さねば!?」
使者達が焦ったように次々と疑問を口にする。
その様子を平然とした顔で受け止め、もちろん大丈夫だということを態度で示す。
「落ち着いてください。まずは敵の魔法攻撃について、現時点で分かっていることをお話しします」
そこから私はこの攻撃について、魔法技術部による分析結果を話していった。この攻撃が物理防御障壁を貫通すること、媒体として赤い魔石が必要なこと、その魔石は希少性が高く多用は難しいだろうという見解についても包み隠さず報告した。
「貴重な情報をありがとうございます」使者の一人が深々と頭を下げる。
「魔力媒体の希少性により、多用が難しいと知れただけでも安心しました」
「この情報がなければ、今後我が国が攻撃されるようなことになった場合、なす術もなく蹂躙されていたことでしょう」
「そうですな、このような危険な技術、国境を接する我が国としても脅威となります。危険な芽は早めに摘んでおきたい」
よし、危険性は理解してもらえたようだな。
「あの魔法攻撃は『フレアストライク』というそうです。実際に我が国で使用が確認されたのは2回。今回の兄上への襲撃、そして私の婚約者へ襲撃でした。いずれも黒ずくめの特殊工作集団による犯行でした」
「殿下のご婚約者というと、あのリィナシルクの…」
「そうです。私の婚約者でもあるリィナ・マーヴェル嬢が狙われました」
「婚約者どのはご無事だったのですか?」
「ええ。護衛騎士が庇い、幸にして傷も回復しております」
「それを聞いて安心しました。それで、この攻撃に対して、貴国では何か対策は取られているのでしょうか?」
「はい。一応魔道具を用意してきましたが、急なことでしたので数を揃えられませんでした。皆様方は何か対策がございますか?」
「我が国の魔法騎士団は、対魔法戦術に長けていますので対抗は難しくないかと」
「我がエルベリア公国は重装騎兵が強みです。至近距離に寄せ付けなければ問題ありますまい」
「我が帝国の弓騎兵隊は優秀です。たかだか少数の工作部隊の動きなど恐るるに足りません」
「ありがたいことです」
私は従者に視線で合図を送る。すると、木箱が3つ運ばれてきた。
「こちらは我が国の秘匿技術『魔法糸』で織った布に、治癒魔法を付与した医療具です。大変貴重な物ですので、数は多くありませんが、この度の援軍のお礼として皆様にお渡しします。どうぞ役立ててください」
「なんと!噂の『魔法糸』に『治癒の付与』ですと!?」
「素晴らしい技術ではないですか!?これをいただけるのですか!?」
「これを頂けただけでも、此度の戦に参戦した甲斐があったというものです!」
驚愕しつつ喜色を浮かべる使者たちが落ち着くのを待って、私は軍議の終了を告げることにした。
「では、包囲網作戦に向け、各軍準備をお願いします。決行は3日後の夜明け。緊急時には魔道具にて連絡をお願いします。敵方の降伏を引き出せればベストですが、やむを得ない場合は王宮の制圧も視野に入れましょう。よろしいですか?」
「「「はい」」」
「では3日後の夜明けと共に、一斉攻撃を開始します」
***
天幕の外では、兵士たちが準備に余念がなかった。
「女神の糸」を身に着けた指揮官たちの顔には、自信と決意が宿っていた。
近隣諸国の援軍到着により、数的優位は確実に我が軍にある。加えて、リィナの開発した魔法無効化の布があれば、敵の切り札も無力化できる。
勝利への道筋が、ようやく見えてきた。
「兄上、見ていてください」
ラウレンツが夜空を見上げて呟いた。
「必ず、あなたの仇を討ちます」
決戦の時は、もうすぐそこまで来ていた。
アレクサンダーの死去は公式には発表していません。トップシークレットです。
それゆえ、今話では「ラウレンツ殿下」呼びになります。




