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第七話 湿気との戦いと、小さな工夫の始まり

春の雨が、続いていた。


説得の甲斐あってやっとの思いで庭に確保した一角に、私たちは早速山から桑の苗木を移植した。

この季節の雨は『慈雨』とも呼ばれ、草木を育てる恵みの雨。

新しく我が家にやってきた桑たちをすくすくと育ててくれていた。


しかし、それは植物にとってのこと。

農具小屋――いや、蚕たちの城でもある養蚕小屋は、雨のジメジメした空気の下、湿気地獄と化していた。


「……また湿ってる」

私は棚の下を覗き込んで、ため息をついた。


昨日グレン兄ちゃんとタク兄が新しい棚板を付けてくれたばかり。

風通しを良くするため、壁に小さな通気口も設けた。

それでも湿気は完全に抜けない。


「リィナ、床に藁を敷こうか?」

タク兄が提案する。


「藁は水を吸うけど、敷きっぱなしにするとカビちゃうよ」


「お、おう……」


(前世でカビ被害に泣かされたの、今でも忘れない)


「やっぱり、もう少し高さのある台を使った方が……」


「そうだ!グレン兄ちゃん!」

私は入り口に立っていたグレンに声をかけた。

「昨日の余った板、もう使えない?」


「板ならまだあるぞ。作業台くらいなら作れるな」

即答。頼もしすぎる。


「お願い!」


「任せろ、監督さん」

グレン兄ちゃんはにやりと笑って作業に取りかかった。


そして、その日の午後。

あっという間に高さのある作業台が完成した。


蚕の棚をその上に置き、湿気の影響を最小限に。


「どうだ?」

「バッチリ!」


でも――。

根本的な解決にはなってない。湿気を完全に管理できない限り……。前世で使ってた温度と湿度を自動で調整する機械は無理にしても、せめてしっかりとした温度計と湿度計が手に入らないかな…。


私は何とかして温度と湿度を管理できないかと頭をひねる。

しかし、家電製品みたいなものを一切見かけないこの世界で自動調整なんて夢のまた夢であることは考えなくてもわかりきっていた。


結局は、風通しを工夫するか、湿気を吸ってくれる素材を使うしかないのかなあ…。

私は大きなため息をついた。


次の日も、私たちは小屋の改良案を練っていた。


「通気口をもう少し大きくしよう」

「でも、雨が入ったら困る」

「じゃあ、板を斜めに取り付けて雨除けにする」

(すごい。グレン兄ちゃん、木工だけじゃなく発想力もある)


「それと、監督さん」

「なあに?」

「湿気が抜けないなら、香草を干してみるのはどうだ?

うちの婆ちゃんがよく、梅雨時に使ってた」


「え?」

(そうだ! 前世でも防虫と除湿に使った!)


「話をしたら婆ちゃんが分けてくれたんで、今日少し持ってきたんだ」

「グレン兄ちゃん、ありがとう!早速試してみよう!」


小屋の梁に、香草の束が吊るされた。



「ふう、これでどうだろう?」

準備を全て整えると、二人で完成した蚕たちの棚を見上げた。


蚕たちの棚に、少しずつ乾いた空気が流れる。


「よし……これで少しは改善できるはず」

私は小さく頷いた。


だが、まだ試行錯誤は始まったばかり。

(これからも、工夫して、失敗して、また工夫して。

それを繰り返していくんだ――)


***


同じ日の夜の寝室――。

アヤメがセイランに静かに語りかける。


「ねぇ、あなた」

「ん?」

「最近、リィナの話し方……ちょっと変じゃない?」

「変?」

「妙に大人びてるのよ。

この前も、蚕の病気や絹の価値なんて、私でも知らないことを話してたわ」

「……そう言えば、グレンも驚いてたな」


セイランは天井を見上げる。

「でも、あの子は昔から覚えが良かった。

タクマや俺たちの話を聞いて覚えたんだろ」

「そうかしら?」

アヤメは少し眉を寄せた。


「知識だけじゃないの。

時々、言葉の選び方が……まるで大人のようなの」

「……」

「やっぱり、不思議な子よ」

「だが、あの子はあの子だ。

頑固なのは親譲りだしな」

セイランは苦笑した。


「今は、あの子のやりたいようにさせてやろう」


アヤメも静かにうなずいた。


窓の外では、春の雨がまだしとしとと降り続いていた。

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