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農家の娘、異世界で国家改革始めます ―糸で国を変えた少女―  作者: ふくまる
第2章 - 絹の女神 -

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第二十六話 陰謀

開戦から一ヶ月が経過した。


「王太子軍、またしても敵を撃破!拠点の奪取に成功しました!」


伝令が興奮気味に報告する声が王宮に響いた。


「ガードナー将軍と連携し、占領された町を次々に奪い返しています。敵主力も国境付近まで陣を後退させた模様」


王宮全体が歓喜に沸いた。アレクサンダー王太子とガードナー将軍率いる軍は、快進撃を続けているようだ。私たちが作った治癒医療具が、確実に戦場で役立っているという報告も嬉しかった。



「陛下、提案があります」


若手改革派でもあるオルディス子爵が前に出た。


「『魔法糸』を取引材料として、ドラクスバーグ王国周辺の諸国に援軍要請をしてはいかがでしょうか」


「ほう、詳しく聞かせてくれ」


国王が興味深そうに応じた。


「『魔法糸』は生活を一変させる可能性のある素材です。諸外国も喉から手が出るほど欲しいはず。これをカードに援軍を取り付けましょう。我が軍が優勢な今、乗ってくる国は多いはず。戦さを早期に終結させる後押しとなりましょう」


「なるほど」


「それと同時に、魔法糸の一部輸出解禁も提案いたします。友好国との関係強化にもなります」


居合わせた貴族たちがざわめいた。戦の早期終結も近隣諸国との関係強化も、今このタイミングにおいて重要であることは明白だった。さすが若手改革派のリーダーだと、誰もが頷き合った。


「しかし、我が国の技術優位性やマーヴェル嬢の危険性が高まるのでは...」

反対意見ももちろんあった。特に、今回の宣戦布告の名分が私たちの『魔法糸』や私の魔力にあることを知っている人たちは難色を示す。


「私は賛成です」

私が思い切って声を上げると、皆が驚いたような顔で私を見た。

「技術は人を豊かにするものです。そして、豊かさはみなで享受してこそ、平和で豊かな生活へとつながるんです」


「リィナ?」

ラウレンツが心配そうに声をかけた。


「私の技術が原因で戦争が起きてしまった。でも、その技術をみんなで分け合うことで、争いではなく協力を生み出せるなら...それが本当の平和利用だと思うんです」


少し前の私からは出てこなかっただろう言葉だった。

王家の人々が感嘆の表情を浮かべるのが見える。


しかし、すぐさま国王が深く頷き、賛同してくれた。


「そうか、其方がそう考えるのなら、そうしよう。宰相、早急に手配を頼む」



数日後、その決定は各国に伝えられた。そして予想通り、複数の国が「魔法糸取引と引き換えの軍事援助」を申し出てきた。


国力で勝るヴァルディア王国軍の優勢な状況に、さらに近隣諸国の援軍まで加わることになった。


***


同じ頃、ドラクスバーグ王国の王宮では焦燥感が漂っていた。


「このままでは我が国の敗北は時間の問題です」


クリムゾン侯爵が苦い表情で報告していた。


「ヴァーグレン伯爵は何をしている?内通者による離反があるのではなかったのか?」


「それが…ヴァルディア国内で裏切りの計画が露見したようで、ヴァーグレン伯爵らも身動きが取れないようで…」


「なんだと!」


「さらに悪いことに、密偵からの情報では、周辺諸国がヴァルディア王国の味方として援軍を出すことを決めたようです…」


「畜生...」


ドラクスバーグ王が歯噛みした。


「こうなったら、最後の手段を使うしかあるまい」


「最後の手段、と申しますと?」


「特殊部隊「シルクスパイダー」を集めろ。今軍を率いているのは王太子だったな。其奴を排除する」


***


ヴァーグレン伯爵邸の執務室。

そこでは、部屋の主でもある伯爵が、机に置かれた通信の魔術具を前に、血の気が引いた顔で座っていた。


「ヴァンダール伯爵、少々まずい状況になってきました」

「どうされましたかな?」

「オルトン男爵はじめ、何人かの保守系貴族たちと連絡が取れなくなりました」

「なんと!?もしや情報がもれたのでは?」

「わかりません。しかし、数日前から我が屋敷も監視されているようです。おそらく、そちらにも…」

「どこから漏れたのか…いや、今はそれどころではなかったな」

「ええ。それだけではありません。王宮に忍ばせている密偵からの報告では、近隣諸国に援軍を要請し、受け入れられたとか」

「なんですと!?そんな話は聞いてませんぞ!」

「どうやら、例の『魔法糸』をエサに交渉を持ちかけたようです」

「取引に応じたということか!まずいではないですか!?」

「ええ、このままでは我々の計画も頓挫するでしょう」

「ドラクスバーグはなんと言っているのです?」

「最後の手段を使うので協力せよ…と」

「そういうことでしたか…わかりました。近衛に手のものを潜り込ませています。早急に連絡をつけましょう」


追い詰められたネズミは猫を噛むという。

彼らはまさにそんな状況だった。



***


その頃、連日の戦勝に沸くヴァルディア王国軍では、明るい空気の下作戦会議が行われていた。


「敵に不法占拠されていた我が国の砦や街は、これでほぼ取り返せましたね」

「そうですな。ただ、敵の戦意はまだ衰えておりません。このまま撤退ということにはならないでしょう」

「厄介ですね。こちらは侵略する意思はないので、お帰りいただければ十分なのですが…ね」

「仕方ありますまい。敵の懐具合は大分厳しいようですし、このまま負けを認めれば賠償金問題も含め、国力も威信も低下する一方なのでしょう」

「では、これから我々はどう動くのが良いでしょう?将軍、何か意見はありますか?」

「そうですな。まずは前線の戦意を挫くため、敵の補給路を断ちましょう」

「なるほど」

「近隣諸国の援軍もまもなく到着するでしょうし、圧倒的な戦力差に加え、補給が途絶えれば、間違いなく戦意は喪失するでしょう」

「いいですね。それでいきましょう」


「王太子殿下」

近衛兵の一人が進み出た。


「私にそのお役目をいただけませんか?将軍もその配下の皆様も連戦でお疲れのことでしょう。私が部下を率いて少数精鋭で行ってこようと思います」


「なるほど、確かにそれも良さそうだな。よろしいですか、将軍?」

「ありがたいことですが、それでは殿下の周囲が手薄になりはしませんか?」

「まもなく援軍も到着するとのことですし、近衛も全て出すわけではありませんから、大丈夫でしょう」

「助かります。負傷はリィナ殿の治癒医療具で治りはしましたが、連戦の疲れは溜まる一方でしたからな」


「では、それでいきましょう」


***


その夜、王太子の近衛兵の一部が夜の闇に紛れて出発した。密偵の調査により判明した補給ルートに向け、敵陣を迂回しながら進み、集積地を襲撃する作戦だった。


前後左右に見張りを置き、敵陣から10キロほど離れた小高い丘の上まで自陣を下げ、将軍は全軍に小休止を命じた。王太子のいる本陣は、さらにその後方に置き、兵士たちを交代で休憩させることにした。


休憩といっても、何組もの斥候を放ち、周囲の警戒は怠らない。

将軍は従者に張らせた簡素な天幕の中、周辺地図を睨み、斥候の情報を分析していた。


「…静かすぎるな」

ガードナー将軍が不安そうにつぶやいた。


「鳥の声も聞こえない...」


その時だった。


「大変です!殿下の天幕から火の手が上がりました!」


部下の声に慌てて外に出ると、後方の本陣から真っ黒な煙が立ち上がっていた。


「殿下!」


慌てて本陣に駆け寄ると、同じように数名の騎士とともに天幕から飛び出してきた殿下の姿が見えた。


「殿下をお守りしろ!」


周囲の兵士に大声で叫び、自身もそちらに向かって全力で駆ける。


すると、森の奥から、黒装束の男たちが現れた。ドラクスバーグ王国の特殊部隊「シルクスパイダー」だった。


「王太子を守れ!」


近衛兵たちが剣を抜く。飛んでくる弓。けれど、物理攻撃防御の魔道具が反応し、即座に弓は力をなくす。


「フレア・ストライク!」


敵の男が、両手を王太子に向けて構えた。

すると、その手から炎のような、しかし見たことのない不可解なエネルギーがアレクサンダーを襲う。

魔法器具を使わない、直接魔法攻撃。


「殿下!」


ガードナー将軍が身を挺して王太子を庇おうとしたが、間に合わない。


王太子の魔道具が青白く光った。ラウレンツとリィナが作った防御魔法が発動する。


しかし、無情にも未知のエネルギーは防御魔法を貫通した。


「ぐあっ!」


王太子が胸を押さえて倒れた。傷のような、赤黒く爛れた傷が胸部を中心に広がっていく。

咄嗟に、王太子がハンカチを取り出して傷口を押さえた。リィナの治癒魔法を付与したハンカチ。

その効果で、ハンカチが触れた部分の傷が、みるみる癒えていくのが見えた。


「殿下!危ない!!」


背後から襲う別の男。先ほどと同じ不可思議なエネルギーが、再び殿下を襲った。


「ぐぅっ!」

「殿下!殿下をお囲みしろ!敵を近づけるな!!!」


何人もの近衛兵が殿下を取り囲み、周囲を警戒する。

駆けつけた兵士が黒装束の男たちに剣を向け、切り掛かる。

慌てた男たちは煙玉を投げつけ、その場から逃走していった。


王太子は意識を失いかけながらも、既に赤黒く染まった治癒ハンカチを必死に傷口に当て続けていた。


「医療班を呼べ!治癒医療具もだ!急げ!!」


ガードナー将軍の叫び声が、森に響いた。


***


その頃、何も知らない私は、王宮の庭で特別な木を見ていた。

最近、木の成長が急激に早くなっている気がする。


「どうしたんだろう...」

不安が胸をよぎった。



その時、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。

慌ただしく響くその音が、悪い知らせの前触れのように思えてならなかった。

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