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第六話 蚕の世話と新たな出会い

農具小屋の一角――いや、もう養蚕小屋と呼んでもいいかもしれない。

そこに、私たちの六匹の蚕が並んでいた。


「うーん、やっぱり大きさがバラバラだな」


タク兄が覗き込む。

「虫嫌いのミナが見たら気絶するな」

「こら」

グレン兄ちゃんが苦笑した。


リィナ監督――私の役目は桑の葉集めと餌やり。


でも、予想以上に葉っぱの減りが早い!

「こんなに食べるの?」

「昨日取ってきた枝、もう半分なくなったぞ」

タク兄が驚く。

(前世でも経験したけど……蚕の食欲は尋常じゃない)

三歳児の手では毎日の桑の葉確保が追いつかない。

さて、どうしょう…


しかも。

「……二匹、動いてない」


「え?」

タク兄の声が沈む。


小さな蚕が二匹、葉にしがみついたまま動かない。


触れるとひんやりしていた。

「だめだ……もう死んでる」


(野生の蚕だから、体力もないし環境変化にも弱い)

(しかも湿気。今朝、小屋の床が少し湿ってた……)

胸がぎゅっと痛む。


生き物を育てるのは簡単じゃない。

前世でも、最初は失敗の連続だった。


「泣くなよ」

グレン兄ちゃんが優しく頭をなでてくれた。


「仕方ないことだ。これから気をつけて世話していけばいい」


そう言われても、三歳の心と体は言うことを聞いてくれない。

止めようとすればするほど、ポロポロと涙が溢れ出してきた。


(私、知ってたのに。気をつけなくちゃいけないこと、分かってたのに…)

自分はもっとできると思っていた。前世では、もっとちゃんとできてた。

悔しくて、情けなくて仕方なかった。




それから数日。

タク兄とグレン兄ちゃんが交代で山へ桑の葉と新しい蚕を採集に行ってくれた。


「また三匹持ってきたぞ!」

「こっちも二匹追加!」


だけど、新入りの中にも病気の子がいた。


小屋の湿気が多い日は、特に調子を崩す。

(やっぱり、風通しと湿度管理が課題だ……でも、この世界でどうやってやればいいんだろう?)


悩み続けていたある日、見かねた母さんが市場へ連れてってくれた。


「リィナ、何か考え込んでるみたいだけど、閉じこもってばかりじゃ体に悪いわ」


母さんに手を引かれながら市場まで歩いていくと、そこにはたくさんの人と、珍しい品物が並んでいた。お馴染みの野菜や肉、木の実、香辛料のようなものもあった。

賑やかな掛け声や商いのようすが珍しく、私はキョロキョロと顔を動かし、興味深げにあちこちの店に視線を送った。


「ほらリィナ、そんなキョロキョロしてると人にぶつかるわよ」


ちょうど布がたくさん売っているお店の前を覗こうとした時、私は案の定人にぶつかった。


「いたっ!」

「おおっと、ごめんよ。お嬢ちゃん、大丈夫かい?」


目の前に旅商人風の男が立っていた。

背中に大きな荷物、腰に小道具袋。


「ごめんなさい!私、ちゃんと前を見てなかった」


「いいってことよ。おや、お嬢ちゃん。そのかご、桑の葉かい?」

朗らかにそう言うと、商人は私の手提げ籠にある桑の葉に目を止めた。


「はい。蚕の餌です!」

「蚕?」

男は目を細めた。


「ほお。蚕なんてよく知ってるな。

養蚕は都市部や大貴族の専売だってのに」


(やっぱり、そうなんだ……)


「絹って、そんなに高いの?」

「お嬢ちゃん、あんた市場に並んでる絹布見たことあるか?」

「ないです!」

「ほら、そこの店でも売ってるだろ?銀貨五十枚でも足りねぇ代物さ。

庶民は一生触れない。だから養蚕は儲かる。だが、難しい。それに大量の桑が必要だ」


男はもう一度、桑の葉をちらりと見た。

「その程度の葉じゃ、すぐ足りなくなるぜ?」


(やっぱり……!)


「だがまあ、上手くいけば儲けも大きい代物だ。まあ、せいぜい頑張ってみることだな」

そう言って、商人は去っていった。


私は家に帰る道すがら、思い切って母さんに相談してみた。


「母さん。うちの畑の隅に桑を植えてもいい?」

「え?」

「山だけじゃ足りないの。さっきのおじさんも言ってたでしょ?蚕を飼うにはたくさんの桑の葉っぱが必要なんだって。だから、お願い!!」

「そう。まずは父さんに相談してからね」

「わかった!」


その夜、早速私は家族会議に臨んだ。


「父さん、お願い!」


父さんは腕を組んでうなっている。

「畑は食料用だぞ。桑なんかに場所を取らせたら……」


「最初は隅っこだけ。それに、余った畑を使うから野菜も育てられるよ!」


ミナ姉ちゃんは黙っていたが、

私の必死の説得を見守ってくれていた。


私はテコでも動かない覚悟で、粘り強く食い下がった。

十分ほど睨み合いを続けた後、ついに父さんがため息をついて折れた。


「仕方ないな……少しだけなら許す」


「やった!」

私は飛び上がって喜んだ。


タク兄も、膝を打って歓声を上げる。

「よおし!そうと決まったら、苗木は明日取りに行こう。棚板も余ってそうだから、簡単な囲いも作ってやるよ。」

「うん!ありがとうタク兄!!」


よかった!これで何とか進められそう。

安心した私は、その夜、久しぶりにぐっすりと眠った。

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