第十六話 三人の秘密会議
約束通り、ラウレンツも交えた会合が王宮の小さな応接室で開かれた。
「グレン、久しぶりだな。リィナから何か問題が生じていると聞いたが、状況を説明してもらえるかな?」
ラウレンツが気安い口調で口火を切った。
「ご無沙汰しています、ラウレンツ様。お忙しいところありがとうございます」
グレン兄ちゃんが資料を取り出した。表情がいつになく真剣だった。
「グレン、ここには俺たちしかいないんだ。気楽に話してくれ」
「そうか。では、遠慮なく」そう言って、グレン兄ちゃんはいつものように話し出す。
「まず、マーヴェルのシルク産業への妨害についてだ。直接的な攻撃はないものの、蚕種の仕入れ業者への圧力、流通業者への取引停止要請などが確認されている」
「え?そんなことがおこってたの...」
私は息を呑んだ。
「それと、以前にもあった軍税の話が再燃している。今度は『国防協力金』という名目で、シルク売上の三割を徴収するという話が出ているらしい」
「三割も?」
「ああ。これじゃあ商売にならない。明らかに潰しにかかってる」
グレン兄ちゃんの口調が厳しくなった。
「グレン、詳しい情報をありがとう」
ラウレンツが頷く。
「こちらでも情報収集を進めていた。君の報告と合致する部分が多い」
ラウレンツが別の資料を広げながら説明を始めた。
「シルク産業で有名な隣国の貴族、特にドラクロス公爵家が中心となって、我が国の保守派貴族に働きかけを行っている。目的は明らかにリィナシルクの市場からの排除だ」
「ドラクロス公爵家...」
私は初めて聞く大貴族の名前を反芻した。
「隣国最大の絹製品商会を経営している一族だ。リィナシルクの普及で大きな損失を被っている」
「つまり、経済戦争ということですね」
私の言葉に、ラウレンツが重々しく頷いた。
「その通りだ。そして、この状況を一変させる可能性があるのが...」
ラウレンツ様の視線が私に向けられた。
「今回発見されたリィナシルクの特性だ」
ラウレンツに目で促され、私は深呼吸してから、魔導士長との研究結果について話し始めた。
「実は、リィナシルクが、魔力媒体として機能することが分かったの」
「魔力媒体?」
グレン兄ちゃんが身を乗り出す。
「うん。私だけじゃなく、他の人でも魔法の付与ができる。持続時間は魔石ほどじゃないけれど、それでも実用可能なレベルらしい」
「それは...すごいことだな。世紀の大発見じゃないか!」
「もしこの技術が普及すれば、今よりもずっと安価に魔道具が作れるようになる。そうすれば、広く国民みんなが魔道具の恩恵を受けられるようになると思うの」
私は興奮を抑えながら続けた。
「わたし、この技術を使って、誰もが広く魔法の恩恵に預かれる暮らしやすい社会を作りたい!」
「リィナ...」
ラウレンツの表情が急に厳しくなった。
「その考えは素晴らしいが、危険すぎる。今この技術を公言することは、君の危険を一層高めるだけだ」
「でも...」
「殿下の言う通りだ」
グレン兄ちゃんも同じ意見のようだった。
「ただ、何もしないわけじゃない。まずは、俺たちで実用できる魔道具を開発しよう。どうやって使っていくのがいいのか、まずは試してみないと始まらないだろ?」
「そっか...確かにそうかも!」
「それと、今のうちに量産できる体制を整えた方がいいな」
グレン兄ちゃんが別の資料を取り出す。
「急には桑も蚕も増やせない。幸い、タクマの主導で、マーヴェル村一帯では桑栽培組合も養蚕組合も組織化が進んでる」
「タク兄が?」
「ああ。あいつ、リィナが王都に行ってから、すごく積極的になったんだ。『妹のために俺ができること』って言って、村全体を巻き込んで体制作りを進めてる」
「タク兄...」
胸が熱くなった。
「あとは、製糸効率さえ上がれば糸の増産はある程度可能だ」
「みんな、すごい!」
「素晴らしいですね!」
ラウレンツも感心している。
「ああ、リィナが王都で頑張ってた間、俺たちだって遊んでた訳じゃないさ」
グレン兄ちゃんがにやりと笑った。
「それなら、魔道製糸機開発プロジェクト、ますます頑張らなくっちゃね!」
「ああ」
グレン兄ちゃんが力強く頷く。
「プロジェクトが完了すれば、マーヴェルのシルク産業の価値はますます上がりそうだね」
ラウレンツが今後の展望を語る。
「それまでに、君たちの産業を保護する方法について検討しておくよ。軍税や圧力の件も、ひとまず我々に預けてもらえるかな?」
ラウレンツのこの一言で当面の方針が決まった。
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会合が終わった後、三人で王宮の庭園を歩いた。
「そういえば、リィナ、村を離れる時に渡した『特別な木』の種、もう蒔いてみたか?」
「ううん、まだだよ」
「ここに蒔いてみたらどうだ?」
「王宮に?」
「ああ、今日の話を聞いて思ったんだけど、ここで一から魔力を与えて育てたら、面白い結果が出るんじゃないかってな」
「いいかもしれませんね。王族の居住スペースの庭なら、出入りできる者も限られますし。せっかくなので、普通の種にも魔力を与えて比べてみてはいかがですか?」
「なるほど!それも面白そうだな」
「そうだね!王宮の庭なら様子を見に来やすいし。いいかもしれない!」
「では、手配しておきますね」ラウレンツがにっこりと微笑んだ。
「ねえ、グレン兄ちゃん」私はふと思い出して尋ねる。
「ん?」
「桑の木と言えば、さっきの話。タク兄が、本当にそんなに頑張ってくれてるの?」
「ああ。『リィナの分まで俺が頑張る』って言って、あちこちの村へ出向いては、村の人たちを説得して回ってる。最初は渋る人もいたけど、今じゃ近隣の村々も賛同してくれてるよ」」
「そっか...」
「リィナ、君は一人じゃない」
ラウレンツが私の肩に手を置いて語りかけた。
「家族も、友達も、そして私も、みんなが君を支えている」
「ラウレンツ様...」
「だから、一人で頑張ろうとしなくていい。何よりも君の安全を優先してほしい」
「…はい」
目の前では、夕日が王宮の庭園を美しく染めていた。
「よし、じゃあ明日から魔道製糸機の開発を本格的に始めるか」
グレン兄ちゃんの意気込んだ声に背中を押され、私も拳を突き上げた。
「うん!頑張ろう!」
「君たちふたりなら、この国の未来を変えるような、あっと驚く技術を軽々と生み出すんだろうな」
ラウレンツの言葉に、私たちは顔を見合わせて笑った。




