第十三話 明かされる真実と新たな道
王宮の執務室は、重々しい空気に包まれていた。
「リィナ、今日は災難だったな。ケガはないか?」
エドワード国王陛下が、労うような優しい眼差しで私を見た。
「はい、陛下。セラ先生とルークが守ってくれました」
私は緊張しながらも、しっかりと答えた。
執務室には陛下の他に、王太子アレクサンダー殿下とラウレンツ様、宰相様も同席していた。皆の深刻な表情が事態の重大さを物語っているようで、私は今頃になって足が震えてきた。
「無事でよかった。詳しい話を聞かせてくれますか?」
ラウレンツが私に向かって優しく微笑みかけてくれる。その笑顔にちょっとだけ癒された。
「では、私からご説明申し上げます」
セラ先生が一歩前に出て、今日の襲撃事件について詳細に報告を始めると、部屋の空気がピリリとしたものに変わった。
保守系貴族の生徒たちによる妨害、その隙を突いた謎の侵入者の攻撃、そして私の治癒魔法の覚醒まで。
改めて聞くと、あまりの事件の大きさに頭がくらくらしてきた。
「物理防御を貫通する攻撃とは...我が国には存在しない技術だな」
アレクサンダー殿下が眉をひそめる。
「外国の技術の可能性もある。そのような技術が開発されていたとなれば国防上重大な問題だ。情報収集を急がねばなるまい」
国王陛下が深刻な表情で呟いた。
「そうですね。それに加え、実は、密偵からの報告で気になる情報があります」
王太子殿下が机の上の資料に視線を落としながら報告する。
「マーヴェル村のシルク産業に圧力をかけようとする貴族派閥の動きが確認されています。そして、その背後に従来絹製品を輸入していた隣国貴族の関与が浮上している」
「隣国貴族?」
私は思わず声を上げた。
「ああ。マーヴェル産シルクの普及で、隣国からの絹製品の輸入が激減しているんだ」
ラウレンツが説明してくれた。
「つまり、経済的利益を失った隣国が、シルク産業のキーパーソンであるリィナを狙った可能性があるということです」
王太子殿下が厳しい表情で指摘した。
「そういったことを想定してのラウレンツとの婚約でもあったのだが、我々の考えが甘かったようだ。リィナ、そなたには申し訳ないことをしたな」
国王陛下の言葉に、私は慌てて首を振った。
「そんな!陛下が謝ることなんて...」
その時、執務室の扉がノックされた。
「失礼いたします」
グリムワルド魔導士長とフィールド教授だった。
「調査結果をご報告にまいりました」
そういえば、他の生徒や騎士から事情聴取をしていたんだっけ……。
「今回妨害に関与した生徒たちの証言に矛盾があります」
魔導士長が資料を広げながら報告を始める。
「生徒たちは計画的に実習を混乱させたことは認めています。はっきりとは証言していませんが、ヴァンダール伯爵の指示があった可能性が高いようです。ただ、襲撃に関しては聞かされていなかったようで、ヴァンダール伯爵令嬢が激しく動揺していました」
「しかし、彼らが警備の隙を作ったことは疑いようがない。王家が庇護する者を狙った襲撃に加担していたとあっては、処分を免れないことは明白。ヴァンダール伯爵はなぜ娘をそのような場に参加させたのでしょう」
王太子殿下の困惑は、この場にいる全員の気持ちを代弁していた。
「確か、ヴァンダール伯爵家は前回の襲撃の関係者として名前の上がったヴァーグレン伯爵家と縁戚関係だったな」ラウレンツが思案顔で呟く。
「彼らの思惑はわかりませんが、今注目すべきは襲撃者の攻撃手段についてです」
フィールド教授が焦ったように声を上げた。
「物理防御を貫通した以上、おそらく物理攻撃ではありません。しかし、痕跡を分析しましたが、我が国の魔法理論では説明がつかないのです」
「それについてですが、隣国では『新しい魔法技術』の研究が進んでいるという情報があります」
今まで黙って報告を聞いていた宰相から、新たな情報が開示された。
私は胸がきゅっと苦しくなった。私のせいで、こんなに大きな問題になってしまって...
「リィナ、暗い顔をしてはいけない」
隣に座るラウレンツが、ぽんぽんと頭を撫で、私の顔を覗き込むようにして語りかけた。
「君は何も悪くない。だから、堂々と胸を張って。むしろ、君の能力や技術は国にとって大きな財産になっているんだからね」
「……でも」私は盛り上がってくる涙をこぼさないよう、ぐっと目に力を入れてラウレンツを見つめた。
のどの奥が詰まった感じがして、うまく言葉が出ない。
そんな私を、魔導士長が優しく見つめる。
「そのことについて、ぜひお話ししたいことがあります」
「マーヴェル嬢の魔法には、今までにない特殊性があります」
「ほう、どのような?」
国王陛下が身を乗り出される。
「まず、治癒魔法の無意識発動。これは前例のない現象です。通常、治癒魔法は高度な集中と技術を要する上級魔法で、適性を持つ者は千人に一人もいません」
千人に一人...そんなに珍しいものだったなんて。
「さらに、直接付与の可能性。理論上不可能とされていた技術を、無意識に行った可能性があります」
「直接付与?」
私には難しい話だったが、皆さんの表情から、それがとても重要なことだと分かった。
「ハンカチという媒体はありましたが、瞬時に治癒魔法を付与したのは間違いありません。これは画期的な発見です」
魔導士長の目が輝いている。
「彼女の魔力制御も、非常に高いレベルです。膨大な魔力、高い制御力、そして前例のない直接付与に治癒魔法の無意識発動…他にも、まだ覚醒していない能力があるかもしれません」
「それほどか…すごいな」
国王陛下が驚いたように呟いた。
「はい。ただし、これらの能力が敵対勢力に詳しく知られれば、今以上に狙われる可能性があります」
魔導士長の言葉に、室内の空気が再び重くなった。
「学院は当面危険だ。リィナの安全を最優先に考えねばならない」
王太子殿下が決然と述べた。
「王宮での保護が最も安全でしょう」
ラウレンツも頷きながら補足する。
「警護体制を改めて整備し直します。24時間体制で警護しましょう」
セラ先生がきっぱりと宣言した。
「この機会に、マーヴェル嬢の能力をより詳しく研究させていただきたいのです」
魔導士長が前に出て申し出る。
「王宮での個別指導はいかがでしょうか。治癒魔法の制御訓練、新たな能力の開発研究、理論的基礎の強化...通常の学院教育では得られない、より高度な内容を提供できます」
私の心臓が早鐘を打った。王宮で勉強?
「リィナはどうしたいですか?安全を考えるなら、学院はしばらく休学することになります。その間に個別指導を受けるというのは悪くないアイデアだと思いますが…」ラウレンツが心配そうに私の顔を見る。
「私の能力で皆さんのお役に立てるなら、頑張って勉強します」
私はその視線をまっすぐ受け止めながら、精一杯の声で答えた。
「大丈夫か?リィナ、無理をする必要はないのだぞ」
国王陛下が優しく微笑んで私を見た。
「大丈夫です」
「リィナがそう言うのなら、私も時間を作って、一緒に勉強しよう」
ラウレンツの言葉に、私は思わず頬が緩んだ。
「では、決定しよう」
国王陛下が威厳ある声で宣言する。
「リィナの学院通学を一時停止し、しばらくは王宮での個別指導を実施する。警護体制も強化し、安全を確保する。そして、隣国の動向と保守系貴族の監視も継続する」
***
緊迫した会議が終わり、私は控え室で待っていたアリスと再会した。
「リィナ様、ご無事で何よりです」
アリスが涙ぐんでいる。
「ありがとう、アリス。これからしばらく王宮で勉強することになったの」
「承知いたしました。どこでもご一緒いたします」
「明日から本格的な個別指導を始めましょう」
魔導士長が私たちのもとに歩いてこられる。
「リィナ、ひとりで頑張りすぎないで下さいね。私も時間を見つけて参加しますし、相談したいことがあればいつでも頼って下さい。むしろ、リィナが王宮にいてくれるなら、会える時間が増えて私は嬉しいくらいです」ラウレンツがおどけたように微笑んでみせた。
「リィナ、くれぐれも無理はするでないぞ。其方の安全と成長、両方を大切にしていこう」
国王陛下の最後の言葉が胸に響いた。
「ありがとうございます。私、頑張ります」
夜の帳がすっかり下り、銀色の月の光が静かに窓辺から降り注いでいた。
今日一日で、私の世界は大きく変わった。
特別実習で覚醒した治癒魔法。謎の襲撃者。そして、私を狙う隣国と保守派貴族の存在。
怖くないと言えば嘘になる。
でも、私には守ってくれる人たちがいる。
私の能力が、本当に皆さんのお役に立てるなら、頑張ってみよう。
いつの日か、皆さんを守れる存在になれるように。




