表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
農家の娘、異世界で国家改革始めます ―糸で国を変えた少女―  作者: ふくまる
第2章 - 絹の女神 -

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/86

第八話 応用魔法理論と新たな脅威

「それでは、第3章『魔法の分類と応用』について学んでいきましょう」


今日の授業を担当するマーカス・フィールド教授の穏やかな声が教室に響く。私は背筋を伸ばし、手元の教本を開いた。深い紺色の制服に身を包んだ生徒たちが、一斉にページをめくる。


「まず戦闘魔法についてですが、これは主に軍人、騎士、貴族が習得する分野です」


教授が黒板に「カッカッ」と音をさせながら、図を描いた。


「戦闘魔法の具体例を見てみましょう。剣への切れ味向上付与、盾への防御力強化付与、鎧への軽量化付与、弓矢への貫通力増加付与...」


ルークが手を挙げた。


「先生、質問があります」


「はい、ペンドラゴン君」


「なぜ直接攻撃魔法は開発されていないのでしょうか?過去の戦争でも、武器に魔力を付与して戦っていますよね」


(へえ、そうなんだ。さすがルーク、よく知ってるな)


教授は満足そうに頷いた。


「よく勉強していますね。魔法基礎の講義でも説明のあったとおり、現在の魔法技術では、魔力を効率的に保持・伝達するために『魔力媒体』となる物質が必要です。そして媒体となる物質は希少なものが多く、研究開発には多額の費用がかかります。また、魔力保持者は貴族が大多数を占めており、領地経営や国の運営に多忙で、研究開発に割ける余力はありません。そういった理由もあり、物質を介さず直接魔法を使う研究は行われているのですが、今のところ思うような成果は上がっていないのです」


(なるほど。物質を介在させる必要がある...ということは、私の特別な木の不思議な力も、この理論の延長線上にあるのかもしれない)


「次に生活魔法について説明しましょう」


教授が新しい図を描き始める。


「特徴は日常生活を便利にする魔道具の製作・使用。魔道具が高価なため、利用対象は上流階級、一部の富裕商人となります。具体例として、明かりを灯す魔法ランプ、水を浄化する魔法の壺、食材を保存する魔法の箱、暖房効果のある魔法の石などがあります。皆さんの中でもご実家で使っている方も多いのではないでしょうか」


セシリアが鼻を鳴らした。


「ふん。生活魔法は私たち上流階級と富裕商人の特権ですもの。当然我が家でも利用しておりますわ」


エレナが振り返って反論する。


「生活魔法が広く普及すればみんなが暮らしやすくなるじゃない。特権なんて言わず、せっかくの魔力なんだから、もっと社会全体で使える仕組みを考えた方がいいんじゃないかしら」


「あなたは入学式で学院長が話してらしたことを聞いてなかったのかしら?”魔法は我が国の貴重な財産”なのよ。魔力を安売りなんてしたら、魔法使いの価値が下がってしまうわ」


セシリアの言葉に、教室の雰囲気が少し重くなった。


「質問があります」


私が手を挙げると、教授が微笑んだ。


「なんでしょう、マーヴェル嬢」


「もし、より安価で効率的な魔力媒体が見つかれば、生活魔法ももっと普及する可能性があるのでしょうか?」


教授の眼光が鋭くなった。


「なるほど。興味深い視点ですね。確かに、魔力媒体のコストが普及の大きな障壁になっています。あなたにはそういった革新的なアイデアがあるのですか?」


「いえ...少し疑問に思って聞いただけです。ありがとうございました」

私はお礼を述べてから、ストンと椅子に座り直した。

頭の中を駆け巡ったアイデアを口にするのは、まだ早い気がした。


---


午後の実習授業。


「それでは今日は魔力媒体の違いを、実際に付与しながら体験してもらいましょう」


フィールド教授が様々な鉱物や金属を並べたテーブルの前に立っている。


「魔力を効率的に保持・伝達できる物質が『魔力媒体』です。良質な媒体ほど魔法の効果は高く、持続時間も長くなります」


私は無意識に左手首の腕輪を触った。グレン兄ちゃんからもらった、美しい銀細工に小さな緑の石が埋め込まれたもの。


「主な魔力媒体の序列を覚えておいてください。最高級が魔石、次に特殊金属のミスリルやオリハルコン、その次が魔獣の素材、そして特定の鉱物・宝石となります」


教授の視線が私の腕輪に留まった。


「マーヴェル嬢、その腕輪...見せてもらえますか?」


「え?はい」


私は腕輪を外して差し出した。教授は興味深そうに石の部分を観察する。


「この緑の石は...これは魔石ですか?相当上質な魔力媒体ですね。どこで手に入れたのですか?」


「友人からもらったものです。魔力制御補助具だって」


「これほど精巧な魔道具を作れる人物が...製作者の名前を聞いても構いませんか?」


「グレン・フェルナーさんです」


教授の表情が変わった。


「ああ、あのフェルナー君か。なるほど、彼の作品でしたか。それなら納得です」


「グレン兄ちゃ…じゃない、フェルナーさんのことをご存じなんですか?」


「彼は数年前まで我が校の生徒でした。魔道具製作において非常に優秀な生徒でしたよ。卒業後、故郷に戻ったと聞いていましたが...まだ魔道具製作を続けているようですね」


私は嬉しくなった。グレン兄ちゃんはやっぱり学院でも特別な人だったんだ!


「それでは実習を始めましょう。各自、手に持った魔力媒体に魔力を込めてみてください」


私は腕輪を再び身に着け、与えられた小さな水晶に魔力を込める。以前と比べて、魔力の流れが驚くほどスムーズだった。腕輪の効果で、制御がとても楽になっている。


「素晴らしい魔力操作ですね、マーヴェル嬢」


教授が私の手元を見て頷いた。


「先週までは膨大な魔力の制御に苦労していたと聞いていたのですが、フェルナー君の魔道具の効果ですか?」


「はい、きっとそうだと思います」


私の返事を聞いたルークがすかさずフォローを入れてくれる。

「リィナの集中力も、この一週間で見違えたよ」


私たちのやりとりを静かに聞いていた教授が、優しい顔で私を見た。

「なるほど、努力しているのですね。素晴らしいことです。ただし、道具頼みでは成長は止まってしまいます。魔道具に頼らず制御する訓練も続けてくださいね」


その指摘に、私は力強く頷いた。

「もちろんです。今はまだ腕輪の力に頼っていますが、必ず道具なしでも制御できるよう頑張ります!」

「その意気です。期待していますよ。」

「はい」



「間もなく終了の時間です。終わった方は各自道具を片付け始めてください」

部屋中に響く声で指示を出しながら、教授は他の生徒のところへ移動していった。


指示に従い、私は使用した道具を片付けるため、教室の奥にある棚へ向かう。


「これで全部かな」

呟きながら振り返ろうとしたその時。


「うわあ、危ない!?」


上級生の声が聞こえた。同時に、ヒュンという空気を切る音。


私が反射的に振り向くと、弓矢の実習で使う矢が真っ直ぐこちらに向かって飛んでくるのが見えた。


「え?」


避ける間もない。私は目を閉じて身を縮めた。


「きゃあ!」


その瞬間、髪飾りがパッと青白く光った。透明な膜のような障壁が私の前に現れ、矢はそこに当たって床に落ちる。


「リィナ!」


ルークの声。気がつくと、真っ青な顔をしたふたりが駆け寄ってきていた。


「大丈夫?怪我はない?」

エレナが心配そうに私の体を確認する。


「うん...無事」


私は髪飾りに手を触れた。まだほんのり温かい。グレン兄ちゃん、こんな機能まで付けてくれていたなんて。


「今のって...」

エレナが上級生たちの方を見る。彼らは慌てたように弓を片付けていた。


「すみません!手が滑って...」

上級生の一人が謝ってきたが、その表情にはどこか翳りがあった。事故にしては不自然すぎる。


「何があった?」

騒ぎを聞きつけた教授が慌てて駆け寄ってきた。

「今、魔力反応があったようだが?」

教授が鋭く辺りを見回す。


ルークが私の前に立ち、上級生たちを鋭く見つめた。

「こちらの先輩方が、リィナに向けて矢を放ったんです」


「何だと!?」教授が驚いて先輩方を見る。


「たまたま手が滑っただけで、偶然の事故です!」

慌てて言い募る先輩たち。


「偶然にしては妙ですね。なぜこの時間に弓の実習を?私は指示した覚えはありませんが」

「それは...」

上級生たちが言い淀む。


「あの…教授。私は大丈夫です。怪我もなかったことだし」

私は教授の袖を引いた。でも心の中では、確かに違和感を覚えていた。あの矢の軌道は、明らかに私を狙ったものだった。


「詳しい話は別室で聞きます。君たちはついてくるように。マーヴェル君は念のため、医務室で診てもらってきなさい」


「僕が付き添います!」ルークが手を挙げて立候補した。

「リィナ、行こう」

ルークはそっと労るように手を差し伸べた。


「リィナが無事で良かった」

ルークの手はかすかに震えていた。


「ありがとう。ルーク。でも、私なら大丈夫よ。ほら、この通り」

私は無事をアピールするように、その場でくるりと回ってみせた。


「でも、これからは一人になるのは避けた方がいい」

ルークが心配顔で私を見る。


「そうね。なんか嫌な感じだった」

エレナも同意する。


私は髪飾りをそっと撫でた。今回はこの髪飾りのお陰で何事もなかったけど、これがなかったらどうなっていたことか・・・そう考えると、背筋に冷たいものが走った気がした。

グレン兄ちゃんは、きっと何かを察して、護身用の機能を付けてくれたのね。ありがとう、グレン兄ちゃん。


……でも、どうして私が狙われるの?平民出身の私に、一体何の価値が...


「リィナ」

ルークが改まった表情で私を見つめた。


「僕が、あなたをお守りします」

「え?」


「貴族社会には、複雑な利害関係や思惑があります。今回のことが偶然だったとしても、用心に越したことはありません」


「貴族社会の利害や思惑…?」

私は戸惑いながら、必死に理解しようと努めた。


「でも、ルークが危ないんじゃ…」

「僕は、騎士志望です。騎士は淑女を守る存在です。どうか僕にあなたを守らせてください」

「でも…」


「いいじゃない?守ってもらえば」

エレナがあっけらかんと言った。


「私も、今のままじゃリィナが心配だもの。守りは多い方がいいわ」

「エレナがそういうなら…分かりました。でも、護衛とかそんなんじゃなく、対等な友達としてお願いします。そこは譲れないからね」


「もちろん」

ルークの目に、強い決意が宿っていた。私を守りたいという想いが、言葉の端々から伝わってくる。


「私も協力するわ」

エレナが明るく言った。


「三人で力を合わせれば、きっと大丈夫よ」




夕日が教室の窓から差し込み、私たちの影を長く伸ばしていた。


魔法を学び、新しい力を身につけていく楽しい学院生活。でも、どうやら楽しいだけでは済まされないようだ。


私の周りで何かが動き始めている。そんな気配がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ