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農家の娘、異世界で国家改革始めます ―糸で国を変えた少女―  作者: ふくまる
第2章 - 絹の女神 -

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第五話 初めての魔法理論

「リィナ様、お時間ですよ」


アリスの声で目を覚ますと、部屋の窓からは柔らかな朝日が差し込んでいた。魔法学院での最初の夜は、新しい環境への緊張と期待で寝つきが悪かったが、朝になると不思議と気持ちが引き締まった。


「おはよう、アリス」


「おはようございます。今日からいよいよ本格的な授業が始まりますね」


制服に袖を通しながら、私はワクワクした気持ちを抑えきれなかった。


(ついに魔法の勉強が始まる!どんなことを学べるのかな)


朝食は昨日と同じく食堂で。エレナが手を振って迎えてくれた。


「おはよう、リィナ!調子はどう?」


「おはよう、エレナ。緊張するけど、楽しみ」


「今日の最初の授業は『基礎魔法理論』よ。全学科共通の必修科目で、アルンハイム学院長が直接教えてくださるの」


「学院長が直接?すごいのね」


「とても厳しい先生だけど、教え方は分かりやすいって評判よ。でも油断は禁物。居眠りでもしようものなら、即座に指名されるらしいから気をつけて」


エレナの忠告に、私は背筋を伸ばした。


食事を終えて教室に向かう途中、廊下でまたセシリア嬢が絡んできた。


「あら、農村のお姫様。今日から本格的な勉強ね。ついていけるかしら?」


「大丈夫よ、セシリア嬢。基礎から教えてくださるみたいだし」


私は笑顔で答えたが、セシリア嬢の青い瞳には明らかに見下すような光が宿っていた。


「そうね。『基礎』なら農村出身の方でも理解できるかもしれないわね」


彼女は金髪の縦ロールを揺らしながら去っていく。


(はあ… 嫌味を言わないと生きていけないのかな)


「気にしちゃダメよ」エレナが肩を叩いてくれる。「彼女は誰に対してもあんな感じなの」

「そうなんだ?疲れないのかな?」

「さあね。お貴族様の考えてることは私にはわからないわ」



教室に入ると、半円形に配置された机に新入生たちが座っていた。最前列の中央あたりに空いている席を見つけて座る。


ほどなくして、白髭を蓄えた威厳ある学院長が入室してきた。教室全体に静寂が広がる。


「おはよう、諸君。では早速、基礎魔法理論の授業を開始する」


アルンハイム学院長の声が教室に響く。


「この授業では、魔法とは何か、どのような原理で作用するのか、我が国の魔法技術の現状と将来性について学ぶ。諸君らが将来、どの分野に進むにせよ、この基礎理論の理解なくして魔法を扱うことはできない。しっかりと聞いておくように」


学院長が黒板に向かい、チョークで大きく『魔法とは何か』と書いた。


「まず第一に理解すべきは、魔法の定義である」


(いよいよ始まった!)


私は身を乗り出すようにして聞いた。


「魔法とは、魔力を物質に付与することで、自然界の法則に働きかける技術である。重要なのは『物質への付与』という点だ」


学院長が教室を見回しながら続ける。


「諸君らの中には、魔法と聞けば、手から炎を放ったり、空中に雷を発生させたりすることを想像する者もいるかもしれない。しかし、それは間違いだ」


一部の生徒からざわめきが起こった。私も正直驚いた。


(え?魔法って直接攻撃はできないの?)


「我が国の魔法技術において、対象に直接魔法攻撃を行うことは現在のところ不可能である。必ず物質を介在させる必要がある」


後ろの席から手が上がった。


「学院長、治癒魔法はどうなのでしょうか?」


「鋭い指摘だ。確かに治癒魔法は唯一の例外と言える」


学院長が黒板に『例外:治癒魔法』と書き加えた。


「治癒魔法は極めて稀有な能力で、生命力を直接操作することができる。物質を介さずに魔法を発動できる唯一の分野だが、これを扱える者は千人に一人もいない」


(治癒魔法...そう言えば父さんからの手紙に、今、修行中の治癒魔法使いが村に滞在してるって書いてあった)


「ただし、治癒魔法使いは戦闘には向かない。生命を救うことに特化した、極めて特殊な存在だ」


セシリア嬢が手を挙げた。


「学院長、それでは戦闘魔法はどのように機能するのでしょうか?」


「良い質問だ、ヴァンダール嬢。戦闘魔法は武器や防具に魔力を付与することで機能する。剣に切れ味向上の魔法を、盾に防御力強化の魔法を、といった具合にだ」


学院長が説明を続ける。


「これは技術的制約でもあり、同時に安全上の配慮でもある。直接攻撃魔法が存在すれば、確かに強力だが、同時に制御も困難になる」


私は必死にノートを取りながら聞いていた。前世から描いていた魔法のイメージとはかなり違う。


「続いて、魔力の本質について説明しよう」


学院長が新たに黒板に書き始める。


「魔力は生命体が持つ特殊なエネルギーである。そして重要な特徴が三つある」


『1. 血統依存性』

『2. 稀有性』

『3. 個人差』


「まず血統依存性。魔力の有無と強さは主に血統によって決まる。貴族の家系ほど魔力保有者が多く、魔力も強い傾向にある」


(やっぱり血筋が関係してるのね...)


教室の貴族出身の生徒たちが、どこか誇らしげな表情を浮かべているのが見えた。


「ただし」学院長の声に重みが加わる。「稀有性という特徴もある。平民の中にも魔力を持つ者が稀に現れる。その確率は極めて低い、約1000人に1人程度だが」


私は胸がドキドキした。まさに自分のことを言われているような気がして。


「そして個人差。同じ血統でも魔力の強さには大きな個人差があり、訓練によってある程度は向上可能である」


エレナが小さく頷いているのが見えた。彼女も商家出身で、努力によって魔力を伸ばしてきたのだろう。


「マーヴェル嬢」


突然名前を呼ばれて、私は飛び上がりそうになった。


「は、はい!」

「君は平民出身でありながら、極めて高い魔力を有している。これまで魔力を感じたことはあるかね?」


教室中の視線が私に集まった。セシリア嬢たちの好奇の目、エレナの励ますような眼差し。


「はっきりとは分からないのですが...故郷に『女神様が宿っている』と言われている特別な木があって、もしかしたら私の魔力が何か影響していたのかもしれません」


「興味深い話だ。自然界の魔力媒体との共鳴現象の可能性がある。後ほど詳しく聞かせてもらおう」


(よかった...変な答えじゃなかったみたい)


「では、魔法の基本原理について説明を続けよう」


学院長が新しい図を黒板に描き始めた。


「現在の魔法技術は『物質への魔力付与』が基本となる。魔法使いは自身の魔力を物質に込めることで、その物質に特殊な性質や機能を与える」


図には四つの段階が示されていた。


『1. 魔力の集中と調整』

『2. 対象物質との共鳴』

『3. 魔力の注入と定着』

『4. 効果の発現と維持』


「付与の成功には、魔力媒体の質が重要となる。良質な媒体ほど魔法の効果は高く、持続時間も長くなる」


「主な魔力媒体には、魔石が最高級、次に特殊金属のミスリルやオリハルコン、魔獣の素材、そして特定の鉱物・宝石などがある」


(ミスリル...オリハルコン...RPGゲームによく出てくる名前ね。この世界にもあるんだ)


「リィナ」エレナが小声で話しかけてきた。「あなたのその髪飾り、ちょっと光ってない?」


言われて気づいた。グレン兄ちゃんからもらった護身具の髪飾りが、ほんのりと緑色に光っている。


(え?なんで?まさか魔力に反応してるの?)


「続いて、魔法の分類について説明しよう」


学院長が新たに黒板に向かう。


「我が国の魔法は大きく二つに分類される。戦闘魔法と生活魔法だ」


「戦闘魔法は主に軍人、騎士、貴族が習得する。武器や防具に魔力を付与し、戦闘能力を向上させるものだ」


具体例として、剣への切れ味向上、盾への防御力強化、鎧への軽量化、弓矢への貫通力増加などが挙げられた。


「生活魔法は上流階級、一部の富裕商人が使用する。日常生活を便利にする魔道具の製作・使用が中心だ」


明かりを灯す魔法ランプ、水を浄化する魔法の壺、食材を保存する魔法の箱、暖房効果のある魔法の石など。


(魔道具...グレン兄ちゃんが作ってるのはこういうものなのね)


「そして諸君らも知っての通り、魔道具産業は近年急速に発展している」


学院長の表情が少し嬉しそうになった。


「魔道具の製作は専門の工房で行われ、魔道具師、素材商、工房主といった職種が関わっている。従来の貴族中心社会に、技術者と商人階級という新たな勢力が台頭しているのが現状だ」


教室のあちこちで、商家出身らしい生徒たちが興味深そうに聞いている。


「このような社会変化の中で、諸君らのような次世代の魔法使いには、従来の枠にとらわれない柔軟な発想が求められている」


時計を確認した学院長が、授業の締めくくりに入る。


「本日は魔法の定義と基本原理について学んだ。次回は実際の付与技術の実習を行う。それまでに、今日の内容をしっかりと復習しておくように」


「はい!」


教室中から元気な返事が響いた。


授業が終わると、エレナに話しかけられた。


「どうだった?初めての魔法理論」

「すごく面白かった!でも思ってたのと違うところもあって、驚いちゃった」

「直接攻撃魔法ができないっていうのは、私も最初は驚いたわ。でも、物質を介するからこそ安全に魔法を使えるのよね」


教室を出ようとした時、セシリア嬢が声をかけてきた。


「マーヴェルさん、学院長に指名されて良かったじゃない。『特別な木』の話、とても興味深いわ」


彼女の口調には、明らかに皮肉が込められていた。


「ただの偶然だと思います」

「そうかしら?農村の経験が役に立ちそうで良かったですわね」


(また嫌味...)


「迷信かもしれませんが、もし本当に魔力媒体だったとしたら、とても価値のあることですよね。学院長も興味を持ってくださったみたいですし」


セシリア嬢の表情が一瞬険しくなったが、すぐに元の高慢な笑みに戻った。


「そうね。迷信ではないことを祈ってますわ」


彼女が去った後、エレナが感心したように言った。


「上手い返しね。セシリア嬢も少し困ってたみたい」

「でも、本当にそうだと思うの。今日の授業を聞いて思ったのたけど、魔力媒体って本当に重要なのね」


寮に戻る道すがら、私は今日学んだことを頭の中で整理していた。


(魔法は物質への付与が基本。直接攻撃はできない。ただし治癒魔法は例外。魔力媒体が重要。そして私の魔力は測定不能なほど強い...)


グレン兄ちゃんの髪飾りが光ったことも気になる。もしかして、これも魔力媒体なのかな?


部屋に戻ると、アリスが心配そうに迎えてくれた。


「お疲れ様でした。初めての授業はいかがでしたか?」

「とても面白かったの!魔法の基本的な仕組みが分かって」


私は興奮気味にアリスに今日学んだことを説明した。


「物質への付与が基本で、直接攻撃はできないのね。ただし治癒魔法だけは例外で...それで、魔力媒体っていうのがあって...」


アリスが私の話を熱心に聞いてくれる。


「リィナ様はとても魔法の才能がおありのようですね。学院長に指名されるなんて」


「ちょっと恥ずかしかったけど、興味を持ってもらえて嬉しかったわ。今度お話しする機会があてば、詳しく相談してみたいな」


「そうですね。学院長も興味を持たれたようですし、学問的に価値のあるお話だったのでしょう。いつかお声がかかりますよ」


「そうだといいな」



今日、ついに魔法の世界への第一歩を踏み出した。

次回は付与技術の実習もあるという。


「実習ってことは、実際に魔法を使えるのかな?楽しみだな」


まだまだ知らないことだらけ。私はワクワクしながら、予習復習に勤しんだ。

久しぶりの勉強は、なんだかとっても楽しかった。


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