表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
農家の娘、異世界で国家改革始めます ―糸で国を変えた少女―  作者: ふくまる
第2章 - 絹の女神 -

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/86

閑話:アリス視点「妹のような人」

魔法学院の寮室で、リィナ様の荷物を整理しながら、私はこの数ヶ月のことを思い出していた。

あの日、父の書斎に呼び出されるまで、まさかこんな日々が待っているとは思いもしなかった。


***


あれは私が成人式を迎えた直後のことだった。


「アリス、父上の書斎に来てくれ」


兄のハンスが、いつになく真剣な表情で私を呼んだ。赤褐色のくせ毛をいつものように乱し、メガネの奥の瞳が緊張している。


書斎では父が待っていたが、話の主導権は兄が握っていた。


「お前も成人になったことだし、行儀見習いも兼ねて王宮で働かないか?」


突然の提案に、私は戸惑った。


「王宮で...ですか?」


「ラウレンツ様が特別な事情のある平民と婚約されることになった。まだ10歳の少女だ」


ハンスお兄さまが説明を続ける。


「良き伴侶となるよう導き、支えてほしい。それがお前の役目だ」


「平民、ですか?」


正直、驚いた。ラウレンツ様ほどの方が、なぜ平民と婚約を?


「特別な事情がある。詳しくは王宮で説明されるだろう」


兄の表情が少し険しくなった。


「ラウレンツ様は我が家にとっても大切な方だ。その少女がどんな娘なのか、さりげなく様子を見ておいてほしい」


(ああ、そういうことか)


ノーブル子爵家は代々王家に仕える家柄。母がラウレンツ様の乳母だったこともあり、兄は幼い頃からラウレンツ様の側近として仕えている。


その兄が、謎の平民出身の婚約者について心配するのは当然だった。


「分かりました。お受けいたします」


こうして、私の王宮勤めが始まった。




リィナ様を初めて目にしたのは、王宮の応接室だった。


謁見後、父親とふたり、最後の別れを惜しんでいる場。私はお二人の邪魔をしないよう、そっと空気になって壁際で控えていた。扉を開けて少女が入ってきた時、最初に目に入ったのは、シルバーブロンドの美しい髪と、若草色の瞳。確かに美しい少女だった。


でも...正直な感想を言えば、「この程度なら、貴族にいくらでもいる」という印象だった。


容姿の美しさだけなら、セシリア・ヴァンダール嬢の方が上かもしれない。血筋の良さから来る気品も、やはり生まれ育ちの違いを感じた。


(なぜ、この子が?)


最初は、どこか見下すような気持ちもあったと思う。


翌日朝、改めてご挨拶した。

「アリスです。今日からお世話させていただきます」


「リィナです。よろしくお願いします」


「私は侍女ですから丁寧な口調はしなくても結構です」

(この子は元平民、貴族の対応というものを徐々にわかってもらわなければ)

そう考えていたら、少しキツイ言い方になってしまった。


「本日より淑女教育が始まります。平民出身の方でも、しっかりとした教育を受けていただければ...」

父親との別れの場面にも立ち会ってしまったこともあり、不安そうな表情を見ていると、何だか放っておけない気持ちになった。


まだ10歳。家族と離れて、知らない場所で一人頑張ろうとしているのね。お兄さまにも言われた通り、私がしっかり導いてあげなくては!




最初の数日間、私はリィナ様の様子をそれとなく観察していた。

朝起きてから夜寝るまで、どんな風に過ごしているのか。どんなことに興味を示すのか。どんな時に不安になるのか。


マリアンヌ夫人の厳しい指導に必死についていこうとする姿。

歩き方の練習で何度も本を落としながらも、決して諦めずに繰り返す根気強さ。

テーブルマナーで戸惑いながらも、「覚えなければ」という意志の強さ。


(思っていたより、しっかりした方ね)


そして何より印象的だったのは、私への接し方だった。


他の貴族なら、侍女に対してもっと高圧的だったり、無関心だったりするものだ。でも、リィナ様は違った。


「アリス、いつもありがとう」


「疲れていない?無理しないでね」


私の体調を気遣ってくれる。王族の婚約者という立場に驕ることもない。




あのお茶会の夜は、特に印象に残っている。


「お土産に王都名物の紅茶クッキーを買ってきたの。一緒にお茶でもしない?」


最初は戸惑った。侍女である私が、お仕えするお嬢様とお茶を?


「でも、身分が...」


「なら、大丈夫ね!だって私、農村の娘よ。お披露目前だから王族の婚約者とは言えないし」


その屈託のない笑顔に、私の心の壁が少し溶けた気がした。


一緒にお茶を飲みながら、故郷の話を聞いた。家族のこと、養蚕のこと、友達のこと。


(この子は、本当に心の綺麗な子なのね)


その時初めて思った。


「妹がいたら、こんな感じかしら」


私には兄しかいない。年の離れた妹がいたら、きっとこんな風に過ごすのだろう。



***


そして今日、魔法学院での初日。


リィナ様に対し、品定めするような視線を向ける令嬢たちを見て、やはり心配になった。


「あら、あの方が先日お披露目された農村のお姫様じゃないかしら?」

「田舎の出身でも、王子様の婚約者になれば特別待遇なのね」

「いったいどんな手を使ったて婚約者に納まったのかしらね」


セシリア・ヴァンダール嬢を中心とした令嬢たちの陰口。

そっと様子を見に行った食堂で、心配していた通りの光景を目撃した。

リィナ様は表面上は平気そうにしていたが、私には分かる。

あの時の微かな肩の震え。一瞬だけ下がった眉。


(強がっているけれど、やっぱり傷ついているのね)


必死に背筋を伸ばして前を見続ける小さな背中が(いたわ)しかった。




夜、一人になってから、兄への報告書を書いた。


---


ハンスお兄さま


魔法学院での初日の報告をいたします。

リィナ様は魔導士科を希望され、順調にスタートを切られました。

しかし、懸念すべき点もございます。


ヴァンダール伯爵令嬢を筆頭とするご令嬢たちが、リィナ様の出身を理由に陰口を叩いております。


「所詮、田舎の農家の娘でしょう?」

「農村のお姫様」


などと呼び、明らかに見下した態度を取っております。

王族の婚約者という立場上、表立った嫌がらせは行われておりませんが、今後も注意深く見守る必要があると思われます。


リィナ様は表向き平静を装っておられますが、内心では傷ついておられるご様子です。


もう1点、魔導士科のエレナ・ミラーという商家出身の方と知り合われたようです。こちらの方は好意的なようで、リィナ様も心を許しておられるようしたが、念のため身辺調査をお願いします。


それから、ここ2ヶ月で判明したリィナ様のお人柄について改めて報告いたします。

当初は平民出身ということで多少の不安もございましたが、この数ヶ月の観察により、以下のことが分かりました:


 1. 非常に心優しく、思いやりがある

 2. 困難に負けない精神的な強さを持つ

 3. 学習意欲が高く、向上心がある

 4. 立場に驕らず、常に謙虚である

 5. 家族や故郷への愛情が深い


正直に申し上げると、最初は「なぜこの子が?」という疑問もございました。

しかし今では、ラウレンツ様にとって良きパートナーとなられるであろうと確信しております。

むしろ、リィナ様をお支えできることを光栄に思っております。


学院での生活について、また何か動きがありましたらご報告申し上げます。


アリス・ノーブル


---



報告書を書き終えて、改めてリィナ様のことを考えた。

最初は兄の依頼で、仕方なく引き受けた役目だったけれど、いつの間にかこの方を、本当の妹のように大切に思っている。


「リィナ様のお役に立てて嬉しいです」


この言葉は、お世辞でも建前でもない。心からの想いだ。


明日からも、きっと大変な日々が待っているだろう。

セシリア嬢たちの陰口はまだ続くだろうし、魔法の勉強も大変になるはずだ。


まだ10歳の少女が、一人で背負うには辛すぎる現実。それでもこの方は懸命に前へ進もうとなされるのだろう。


(ラウレンツ様が、この方を選ばれた理由が分かる気がする)


(もっとリィナ様の助けになれたらな)

窓の外をぼんやり眺めながら、私は新しい決意を胸に秘めた。


この方が立派な淑女に、そして将来は素晴らしい王族になれるよう、全力でお支えしよう。


せめて、この部屋にお帰りになった時、ホッと力を抜けるようにお部屋を整えよう。

辛いことがあった時は、お話を聞いて、お気持ちに寄り添っていこう。

それが、きっと私の使命だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ