第四話 魔法学院への入学
お披露目パーティから2日後の朝、ついに魔法学院への入学日がやってきた。
「リィナ様、お支度はいかがですか?」
アリスが荷物の最終確認をしながら声をかけてくれる。
「ありがとう、アリス。準備万端よ」
(ついに魔法学院...どんなところなんだろう。ちゃんとやっていけるかな)
魔法学院の制服は、深い紺色の上着に白いシャツ、グレーのスカート。胸元には学院の紋章が刺繍されている。鏡で見ると、なんだか本当に学生らしく見えた。
「素敵ですよ、リィナ様。とても似合っています」
「ありがとう。でも緊張するわ...知らない人ばかりだし」
「大丈夫です。リィナ様なら、きっとすぐに新しい友達ができますよ」
アリスの励ましに少し勇気が出た。
王宮から魔法学院までは馬車で約1時間の道のり。
「緊張していますね」
隣に座るラウレンツが優しく声をかけてくれる。彼も学院まで見送ってくれることになっていた。
「はい...新しい環境って、やっぱり不安で」
「私も学院に入学したときは緊張しました。でも、すぐに慣れますよ」
「ラウレンツ様は騎士科でしたよね?」
「ええ。剣術と戦術を中心に学びました。グレンは魔道具科でしたが、1〜2年の共通科目は一緒でしたし、実習も合同で行ったことがありました」
(そうだ。グレン兄ちゃんも同じ学院にいたんだ...なんだか心強い)
「あなたは魔導士科を希望しているのでしたね」
「はい。私の魔力は多いようですし、この魔力を有効活用できるようになりたくて」
「きっと素晴らしい魔導士になれるでしょう。楽しみですね」
馬車の窓から見える景色が、だんだんと変わっていく。王都の街並みから、緑豊かな丘陵地帯へ。
「あ、見えてきました」
前方に、石造りの堅牢な建物群が姿を現した。尖塔がいくつも立ち並び、まるでお城のような学院だった。
「わあ…立派な建物ですね...」
「王国最高の学府ですからね。ここで多くの優秀な人材が育っています。今日からあなたもその一人ですよ」
正面玄関の前まで進むと、私はアリスと二人、馬車を降りた。
ラウレンツとはここでお別れだ。
「それでは、頑張ってください」
ラウレンツが優しく微笑む。
「送ってくださってありがとうございます。行ってきます」
「休日には迎えを寄越しますので、王宮に戻ってきてくださいね」
「はい。淑女教育の続きですね!頑張ります」
「…それもありますが、私に顔を見せにきてください」
「え?」
「忘れていませんか?私たちは婚約しているのですよ」
「あ!」
「婚約者である私に、学院でのことをいろいろ聞かせてください」
「はい」
「楽しみにしていますね」
「アリス」
ラウレンツ様が私の後ろに控えるアリスにも声をかける。
「リィナは私の婚約者として、特別な配慮を受けることになっています。寮では個室と、侍女用に続き部屋が用意されているはずです。リィナが居心地良く生活できるよう、アリスにはサポートをお願いしますね。彼女をしっかりと支えてあげてください」
「かしこまりました」アリスは淑女の礼で応えた。
「アリスも一緒なら心強いです。ラウレンツ様、ご配慮ありがとうございます」
寮の部屋を整えるアリスとは別れ、私は案内に従い入学式の会場へと移動した。
学院の大講堂は、まさに圧巻だった。高い天井には美しいステンドグラスがはめ込まれ、陽光が虹色に輝いている。
新入生たちがずらりと並んでいるが、やはりほとんどが貴族の子弟のようだ。きらびやかな装飾品を身につけた生徒も多い。
(平民は本当に少ないのね...私も含めて、数人くらいかな)
「あ、あの方が例の...」
「第二王子殿下の婚約者よね」
「農村出身だって聞いたけど、意外と普通じゃない?」
ひそひそと話し声が聞こえてくる。パーティの時と同じような視線を感じた。
(やっぱり注目されてる...仕方ないけど、ちょっと気まずいな)
演壇に、白髪の長い髭を蓄えた威厳ある老人が現れた。
「新入生諸君、入学おめでとう。私は魔法学院長のアルンハイム・フォン・ヴィスハイムです」
学院長の声が講堂に響く。深い皺に刻まれた顔には、長年の経験から生まれた知恵が宿っているようだった。
「我が学院は、創設以来長い歴史を誇っており、大きく分けて三つの学科があります」
学院長が説明を始めた。
「まず一つ目は騎士科。剣術、戦術、魔力武装を学び、将来は騎士団や軍で活躍する人材を育成しています」
(ラウレンツ様が通っていた学科ね)
「二つ目は魔道具科。魔道具の製作技術、魔力工学を学び、新たな技術開発に携わる人材を育成しています」
(グレン兄ちゃんの学科。5年間ですごい魔道具を開発して帰ってきたっけ)
「そして三つ目が魔導士科。魔法理論、付与魔法、応用魔法を学び、国の魔法技術発展に貢献する人材を育成しています」
学院長の視線が、一瞬私の方向を向いたような気がした。
「各自の適性と希望に応じて学科を選択してもらいますが、まずは全員共通で基礎魔法理論を学んでもらうことになります。各自よく励むように」
(魔法の基礎から学べるのね。楽しみ!)
「なお、魔法は我が国の貴重な財産です。諸君らは将来、この国を支える重要な人材となることを忘れずに精進してほしい」
学院長の言葉に、会場全体が引き締まった空気に包まれた。
入学式の後、学科選択の面談が行われた。
「リィナ・マーヴェル嬢ですね」
面談を担当するのは、学院長自身だった。
「はい。よろしくお願いします」
「先日の謁見の時以来ですね。私のことを覚えていますか?」
「私の魔力について測定結果を報告されていた…」
「そうです。あの時は本当に驚きました。あなたはとても高い魔力を保有しているようですね」
「はい...まだよく分からないのですが…」
「今まで魔力を感じたことは?」
「はっきりとは…ただ、故郷には「女神様が宿っている」と言われている特別な木があって、ひょっとしたら私の魔力が何か影響していたのではないかと考えたことがあります」
「興味深い話ですね」
学院長が眼鏡の奥の瞳を輝かせた。
「その話はまた今度ゆっくりと聞かせてください」
「ところで、希望する学科は決めましたか?」
「魔導士科をお願いします。自分の能力をもっと理解して、上手に使えるようになりたいんです」
「素晴らしい心がけです。魔法は正しく理解し、適切に使用することが重要です」
「私の魔法が、みんなの役に立てたらいいなと思っています」
学院長が満足そうに頷いた。
「あなたのような心構えを持つ学生を教えることができるのは、我々教師陣にとっても喜ばしいことです。専攻はあなたの希望に沿って行いましょう。頑張ってください」
面談が終わると、迎えにきてくれたアリスと一緒に寮へ向かった。
「リィナ様、どうでしたか?」
「魔導士科に決まったわ。これから魔法をたくさん学べると思うと、ワクワクする」
「それは良かったです」
寮の建物は、本館から少し離れた場所にあった。石造りの重厚な建物で、ツタが壁面を覆っている。
「こちらがリィナ様のお部屋です」
アリスの案内に従って、廊下の奥の部屋へと進む。
部屋は思っていたより広く、勉強机、本棚、ベッド、そして小さなソファまで置かれている。窓からは学院の中庭が見えて、とても景色が良い。
「隣の部屋が私の部屋になります」
アリスの部屋は続き部屋のようだった。「見せて」と言ってみたけれどやんわりと断られた。
明日の準備を整え、部屋で寛いでいると、すぐに夕食の時間になった。食堂は大きなホールで、長いテーブルがいくつも並んでいる。
(どこに座ればいいのかな...)
きょろきょろしていると、空いている席を見つけた。そこに向かおうとした時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あら、農村のお姫様がいらしたわ」
振り返ると、パーティで陰口を言っていた貴族の令嬢たちがいた。金髪を縦ロールにした、高慢そうな表情の少女が中心にいる。
「田舎の出身でも、王子様の婚約者になれば特別待遇なのね。羨ましいこと」
「どうやって取り入ったのかしらね」
彼女たちは私のことを気にしていないふりをしながら、聞こえるように話している。
(やっぱり、こういうことになるのね...)
心の中で少し落ち込んだが、背筋を伸ばして歩き続けた。パーティの時に学んだことを思い出す。堂々としていることが大切だ。
「あ、そこ空いてるよ!」
明るい声が聞こえた。短めの茶髪で、緑の瞳をした快活そうな女の子が手を振っている。
「一人?良かったら一緒に食べない?」
「ありがとう」
ほっとして、その子の隣に座った。
「私、エレナ・ミラー。10歳。魔導士科よ」
「リィナ・マーヴェルです。私も10歳。魔導士科に決まりました」
「あなたも新入生なのね!しかも同じ魔導士科なんて!偶然ね」
エレナの屈託のない笑顔に、緊張がほぐれた。
「出身はどこ?私は首都近郊の商家の娘なの」
「マーヴェル村という小さな村です」
「ああ、リィナシルクの!知ってる知ってる。最近すごく人気よね」
エレナが目を輝かせた。
「家族がその仕事をしてるの?」
「はい。養蚕業をやっています」
「へえ、それじゃあ洗礼式の魔力判定で入学が決まったのよね?大変だったわね」
エレナは全く偏見を持たずに接してくれる。久しぶりに、肩の力が抜けた。
「エレナは魔法が得意なの?」
「そこそこかな。風の魔法が少し使えるの。でも、あなたの方がすごいんでしょ?特待生だって聞いたわよ」
「そんなことないです。まだまだ分からないことだらけで」
「謙虚ね。私、あなたのことすごく興味あるの。養蚕業のことも。今度また色々教えてちょうだいね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
部屋に戻ると、アリスが心配そうに待っていた。
「お疲れ様でした。お食事はいかがでしたか?」
「エレナっていう子と友達になれたの。とても良い子よ」
「それは良かったです」
「でも、やっぱり一部の人からは良く思われていないみたい」
「パーティの時の方々ですね。気になさることはありません」
「うん。でも、表立って何かされることはないと思う。王族の婚約者だから」
ベッドに腰掛けて、一日を振り返った。
(新しい環境は大変だけど、エレナみたいな友達もできた。魔法の勉強も楽しみ)
「明日から本格的に授業が始まるのですね」
「そうね。どんな勉強をするのかしら」
「きっと素晴らしい学びの日々になりますよ」
アリスの言葉に、私も頷いた。
その夜、また家族への手紙を書いた。
---
父さん、母さん、タク兄、ミナ姉ちゃんへ
今日から魔法学院での生活が始まりました。
学院はとても立派で、まるでお城のようです。魔導士科で魔法を学ぶことになりました。
新しい友達もできました。エレナという女の子で、とても明るくて優しい子です。
アリスも一緒にいてくれるので、寂しくありません。
明日から本格的に授業が始まります。魔法の勉強、とても楽しみです。
グレン兄ちゃんも通った学院にいると思うと、不思議な気持ちです。
みんなも元気でお過ごしください。
リィナ
---
手紙を書き終え、ふと外を眺めてみる。
窓から見える学院の夜景は、とても美しかった。明かりが点る教室や研究室では、まだ勉強している先輩たちがいるようだ。
(私も明日からは、あの中の一人になるのね)
魔法への期待と憧れが胸に溢れている。自分の能力がどこまで伸びるのか、どんな新しいことを学べるのか、想像するだけでワクワクした。
(でも、きっと大変なこともたくさんあるだろうな。でも大丈夫。一歩ずつ頑張ろう)
一部の生徒からは冷たい視線を向けられている。でも、エレナのような理解者もいるし、アリスも支えてくれている。
(みんな最初は知らない人ばかり。でも、時間をかけて信頼関係を築いていけばいい)
ベッドに入りながら、明日への期待で胸がいっぱいになった。
窓の外では、夜空に星が輝いている。その光を見つめながら、私は静かに眠りについた。




