表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
農家の娘、異世界で国家改革始めます ―糸で国を変えた少女―  作者: ふくまる
第2章 - 絹の女神 -

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/86

閑話:ハンス・ノーブル視点「側近の憂慮」

ラウレンツの側近視点の閑話です。

謁見の間から響く声が廊下まで聞こえてくる。私、ハンス・ノーブルは手を止めて、その方向に耳を傾けた。


ラウレンツ殿下の婚約の申し出。それが受け入れられたのだろう。


「やれやれ...」


私は細いフレームの眼鏡を押し上げながら、深くため息をついた。


乳兄弟で小さい頃から近くで見ていた王子は、いつでも真摯に課題に向き合っていた。勉学、剣術、体術、マナー。やるべきことは果てしなく、友人はいつも終わりがない課題に取り組んでいた。


そして今日、また新しい、そして最も困難な課題を自ら背負い込んだのだ。


「ハンス」


扉が開き、当のラウレンツが現れた。いつもの落ち着いた表情だが、どこか安堵の色が見える。


「お疲れさまでした、殿下」

私は立ち上がって一礼する。


「うまくいったようですね」


「ああ。リィナが受け入れてくれた」

ラウレンツが椅子に腰を下ろしながら言う。その声には、確かな満足感があった。


「それは...良かったです」

私の言葉は、正直なところ複雑だった。


「ハンス、何をそんなに心配している?」

ラウレンツが苦笑いを浮かべる。


「昔から、君の表情は読みやすい」

「申し訳ございません」

「いや、構わない。むしろ、君の率直な意見を聞かせてほしい」


私は少し迷った。しかし、この人の前では嘘をつくことはできない。


「正直に申し上げれば...不安です」

「どの部分が?」


「10歳の平民の少女を王子妃に、というのは前例がありません。宮廷での風当たりは相当なものになるでしょう」


ラウレンツが頷く。

「それは承知している」


「それに」

私は言葉を選びながら続けた。


「殿下ご自身のお気持ちは、いかがなのでしょうか」

「どういう意味だ?」

「マーヴェル村でお会いになってから、殿下はその少女のことをよくお話しになります。まるで...」

「まるで?」


「まるで、心を奪われた方のように」

ラウレンツの頬がわずかに赤らんだ。


「そんなに分かりやすかったか」

「私には、はい」


私たちは幼い頃から一緒に過ごしてきた。母がラウレンツの乳母だったおかげで、私は普通の臣下とは違う距離感で彼を見てきた。


「君は覚えているか?7歳の時、俺が初めて『将来は国のために結婚する』と言った日のことを」

「はい。よく覚えています」


ラウレンツが遠い目をする。

「あの時、君は『それでも幸せになってほしい』と言ってくれた」


「はい」


「今回の婚約は、政略でもあり、リィナを守るためでもある。しかし同時に...」

ラウレンツが言葉を探している。


「俺自身のためでもあるんだ」


私はほっとした。この方は、ちゃんと自分の幸せについても考えるようになったのだ。


「それでは、殿下のお役に立てるよう努めさせていただきます」

「ありがとう、ハンス。実は、頼みがある」

「なんでございましょう」

「リィナの侍女を選ぶ必要がある。信頼できる人物で、かつ彼女と年の近い者がいいのだが...」


私はすぐに思い浮かんだ。

「妹のアリスはいかがでしょうか」


「アリス?」

「15歳です。貴族の令嬢としてのマナーは身についておりますし、何より...」

「何より?」

「私がしっかりと監督できます」


ラウレンツが微笑む。


「君の妹なら安心だ。ただ、アリスは平民出身の王子妃候補をどう思うだろうか」

私は正直に答えた。


「最初は戸惑うでしょう。恐らく、内心では複雑な気持ちを抱くと思います」

「そうだろうな」


「しかし、アリスは根は素直な子です。リィナ様を知れば、きっと心を開くはずです」


「君がそう言うなら、信頼しよう」

ラウレンツが立ち上がる。


「アリスにその旨を伝えてくれ」

「承知いたしました」


扉に向かいかけたラウレンツが、ふと振り返る。


「ハンス、もう一つ頼みがある」

「はい」

「これから2ヶ月間、私は多忙になる。リィナの教育計画、宮廷での立ち位置の調整、そして将来に向けた準備...」


「はい」

「君にも、いつも以上に力を貸してもらうことになるだろう」


私は深く頭を下げた。

「喜んで、殿下」


ラウレンツが去った後、私は再び椅子に座り、これから始まる激動の日々に思いを馳せた。


平民出身の王子妃。前例のない挑戦だ。

宮廷の保守派からの反発、他国からの注目、そして何より、まだ10歳の少女が背負うことになる重圧。


しかし、マーヴェル村から戻ってきた時のラウレンツの表情を思い出す。あれほど生き生きとした彼を見たのは久しぶりだった。


技術革新への情熱、家族への愛情、そして困難に立ち向かう勇気。リィナという少女には、確かに人を惹きつける何かがあるのだろう。


「アリス...」


私は妹のことを考えた。プライドが高く、時として頑固な性格の彼女が、平民出身の主人に仕えることをどう受け止めるだろうか。


しかし、これも成長の機会かもしれない。真の貴族とは血筋ではなく、人格によって決まるのだということを、アリスにも学んでもらえれば。


私は羽根ペンを取り、今後の予定表を書き始めた。

淑女教育のカリキュラム、マナー指導の講師選定、宮廷での人間関係の調整...やるべきことは山積みだ。


しかし、不思議と重荷には感じられなかった。


幼い頃から見てきたラウレンツが、ついに自分の幸せを掴もうとしている。その手助けができるなら、どんな困難でも乗り越えてみせよう。


「殿下、今度こそ本当の幸せを掴んでください」


窓の外では、王都の夕日が美しく輝いていた。新しい時代の始まりを告げるように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ