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農家の娘、異世界で国家改革始めます ―糸で国を変えた少女―  作者: ふくまる
第2章 - 絹の女神 -

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第一話 王との謁見

「リィナ・マーヴェルでございます」

「父親のセイラン・マーヴェルでございます」

「「お召しに従い参上しました」」


私は父さんと並んで、深く頭を下げた。足が震えそうになるのを必死にこらえる。目の前に広がる謁見の間は、織物ギルドの会議室とは比べものにならない壮麗さだった。


玉座に座る国王エドワード三世が威厳に満ちた表情で静かに私たちを見た。両脇に控える王太子アレクサンダーと第二王子ラウレンツ、そして宰相エルウィンの視線も、私たちに注がれている。周囲には重臣だろうか?たくさんの貴族が値踏みするような視線を私たちに送っていた。


「面を上げよ」


国王の声が謁見の間に響く。私は恐る恐る顔を上げた。


「二人とも、急に呼び出してすまなかったな。よく来てくれた」

思いの外優しそうな声に、少しだけ肩の力が抜けた。


「お目に書かれて光栄です」


「うむ」王が鷹揚に頷く。


「ほう。噂通り、歳の割に大人びた娘だな。その衣装も見事だ。それが”リィナシルク”か?名前の由来は其方のその美しい髪からかな」


王太子アレクサンダーが感嘆の声を漏らす。


「ありがとうございます。ご指摘のとおり、こちらは”リィナシルク”製の晴れ着です。母と姉が作ってくれました」


「お二人ともご無沙汰しております。先日の訪問時には大変お世話になりました」

そこに、ラウレンツがゆっくりと口を開いた。


隣で父さんの身体がわずかに強張った。


「ラウレンツ様。その節は遠方よりのご来訪、ありがとうございました」

私は改めて深く頭を下げる。


「セイランよ」

国王が父さんに視線を向ける。


「娘を立派に育てたな。その才能と品格、王都でも既に話題となっている」


「も、もったいないお言葉です」

父さんの声が震えている。私も緊張で胸が苦しくなった。


「陛下」

後方の扉が開き、白髭の魔法学院長アルンハイムが入室する。


「測定結果をお持ちいたしました」

「申せ」

「リィナ殿の魔力は、我々の観測史上例を見ない数値を記録しております」


周囲の貴族達がざわめく。


宰相エルウィンが一歩前に出た。

「具体的には?」

「測定不能。やはり我々の装置では計測しきれませんでした」

「故障ではないのか?」

「いえ、何度か試しましたが、いずれも測定不能という結果でした」


先ほどまでのざわめきが嘘のように、謁見の間が静寂に包まれた。

父さんが私の手をそっと握る。その手の震えで、事態の深刻さが伝わってきた。


「そのような魔力を持つ者が、数百年ぶりに現れたということか」

王太子アレクサンダーが考え込むように呟く。


「はい。建国以来初となる規模の魔力量かと思われます」


院長の言葉に、私は改めて自分の置かれた状況を理解した。


「リィナよ」

国王が私に向き直る。


「其方は、もはやただの村娘ではない。その力は国の宝でもあり、同時に其方を危険に晒すものでもある」


「危険...ですか?」


私の問いに、宰相が重い口調で答える。


「他国からの注目は避けられません。国内でも、その力を利用しようとする者が現れるでしょう」


周囲の貴族達の好奇な視線に晒され、膝の震えがいっそう増した。


「娘を...娘をどうするおつもりですか」

父さんが震える声で尋ねる。


「まず、王宮の保護下に置きたい。そして魔法学院で適切な教育を施す」


国王の提案に、私は少し安堵した。

魔法を学べるなら、みんなを守る力になれるかもしれない。


「しかし、それだけでは不十分かもしれません」

ラウレンツが口を開く。


「と申しますと?」


「リィナの立場を、より確固たるものにする必要があります」


王太子アレクサンダーが弟を見つめる。


「何か考えがあるのか?」


「はい」


ラウレンツが私を見つめる。その瞳に真摯な意志が宿っていた。


「私の婚約者として、リィナを迎えようと思います」


「婚約者...?」

私は思わず声を上げてしまった。隣で父さんの顔が青ざめる。


「私はリィナとは既知の間柄。共通の友人もおります。見知った者のいないこの王宮や学院での生活において、彼女の拠り所となれるでしょう」


「ラウレンツ様...?」

私はラウレンツを見つめた。


「リィナ。私は、あなたの技術革新への取り組みと、家族・村への愛情の深さに敬意を抱いています。よき理解者として、あなたの側にあることをお許しいただけませんか?」


ラウレンツの言葉は真摯で、嘘はないように感じられた。


「陛下、お許しください」

父さんが前に出る。


「娘はまだ10歳です。そのような重大なことを...」


「親として、其方の気持ちはよくわかる」

国王が穏やかに答える。


「しかし、10歳で婚約するなど、貴族ならばよくあること。そして、これが娘の安全を守る最善の方法であることは、其方も理解できよう」

「酷なことではあるが、其方たちでは、リィナを守れまい」


王太子アレクサンダーが優しく言う。

「リィナよ。其方はどう考える?其方の意志を聞かせてくれ」


全ての視線が私に集まった。謁見の間の空気が重く感じられる。


私はラウレンツに助けてもらった軍税の事件を思い出した。自分たちの力ではどうにもならない圧力や妨害、それに対抗するためには、より大きな力が必要だ。

魔力に加え、王族の婚約者という立場があれば、もっとできることが増えるかもしれない。


「父さん」

私は父さんを見上げる。


「私、お受けしようと思う」


「リィナ...」


「みんなを守れる力がつけられるなら、私はどこへだって行くよ」

父さんの目に涙が浮かんだ。


「リィナ、…だが、…」


「父さん、そうさせて」


「……わかった。どの道、俺たちではお前を守りきれない。

王家が守ってくださると言うなら、そして、お前がそこまで考えているなら...父さんは応援する」


私は玉座の国王に向き直る。

「陛下、謹んでお受けいたします」


父さんも一緒に頭を下げた。

「娘を、どうぞよろしくお願いいたします」


国王が満足そうに頷く。

「賢明な判断だ」


「ありがとうございます」

ラウレンツが深く一礼する。


「リィナ、必ずお守りします」




「それでは、話がまとまったところで、今後の予定をお話しします」

「魔法学院の入学は2ヶ月後を予定しております」


宰相が具体的な計画を説明する。


「それまでの間、王宮で淑女教育とマナー指導を受けていただきます」


「必要な物品はすべて王宮で準備いたします」

院長が付け加える。

「特別待遇として、最高の環境を整えさせていただきますのでご安心ください」


「家族との連絡は?」

私が心配そうに尋ねる。


「定期的な文通はもちろん、必要に応じて面会も可能だ」

国王が安心させるように答える。


「私のことは、まずは友人として、あるいは兄でもいい。お互いを知ることから始めましょう」

ラウレンツが私に向かって言う。


「ローレンさん...いえ、ラウレンツ様には王都でも村でも助けていただきました。信頼しています。どうぞよろしくお願いします」

私が素直に答えると、彼が微笑んだ。


「セイラン」

国王が父さんに向き直る。


「娘を預かる以上、最大限の配慮を約束しよう」


「ありがとうございます。皆様のご配慮に感謝致します」

父さんが深々と頭を下げた。



***



午後、父さんと二人だけの時間が許された。王宮の一室で、私たちは向かい合って座っていた。


「ひとりで怖くないか?」

父さんが心配そうに尋ねる。


「ちょっと怖いけど...でも、これが正しいことだと思う」


「そうか...」

父さんが深くため息をつく。


「お前がいなくなると、家が静かになるな」


「父さん...」


「何があっても、お前は俺たちの大切な娘だ。困ったら必ず連絡しろ」


「うん」


私は涙をこらえるのに必死だった。


「タクマたちにも報告しなければ」

父さんが立ち上がって私の隣に移動し、やさしく頭を撫でた。

「みんな、きっと驚くだろうな…」


「そうだね。タク兄より先に婚約しちゃったからね」


「そうだな。一番下のリィナが一番最初に家を出ることになるとはな…」


「…父さん」

堪えきれず、涙がポロリとこぼれ落ちた。それでも、これ以上涙が出ないようグッと目を見開いて我慢した。


「コンコン」

ノックの後扉が開き、ラウレンツが入ってきた。

「セイラン殿、お時間ですが...」


「わかりました」

父さんが私を抱きしめる。


「頑張れ、リィナ。お前なら大丈夫だ」


「父さんも、みんなによろしく伝えて」


「ああ」


「手紙も書くね」


「ああ。俺たちも必ず手紙を書く」


「風邪ひかないようにね」


「俺のセリフだ」

「いいか、リィナ、無理するな。ちゃんと周りを頼って、相談しろ」


「うん」


「グレンからもらった髪飾り、持ってるな」


「うん」


「何かあったら、必ずそれで連絡しろ」


「うん、うん」

もう限界だった。涙がどんどん溢れてくる。

父さんの目も涙で滲んでいた。


「セイラン殿、リィナのことは大切にお守りします」

ラウレンツが父さんに深く頭を下げる。


「よろしくお願いします」

涙を拭い、頭を下げると、父さんは扉に向かって歩き始めた。


父さんの背中が遠ざかっていく。私はこれ以上涙をこぼさないよう、必死に唇を噛んだ。

ラウレンツがそっと背後に立ち、私の震える肩を優しく撫でてくれた。


どんどん小さくなっていく父さんの背中を見つめながら、私は心に誓った。

「糸は切れても、また紡げる」


新しい環境で、新しい糸を紡いでいこう。2ヶ月後、立派な淑女になって魔法学院へ向かうために。

そして必ず、みんなを守れる力を身につけよう。離れていてもできることはきっとある。


そう、信じて。

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