プロローグ 測定不能の光
本日より第2部スタートです!
第2部もよろしくお願いします!!!
「なんだ、あの光は!?」
魔法学院の観測塔から王都を見下ろしていた当直の学生が、遥か南の地平線に立ち上る眩い光柱を目撃したのは、洗礼式が行われる神聖な日の夕刻のことだった。
「魔力です!膨大な魔力反応です!」
測定担当の助手が震え声で報告する。観測装置の魔力計は針が振り切れ、測定不能を示していた。
「場所は?測定値は?どうなってる?」
院長室に駆け込んできた報告に、白髭の魔法学院長アルンハイム・フォン・ヴィスハイムは立ち上がった。60年の学究生活で培った冷静さも、この異常事態の前では動揺を隠せない。
「ただいま詳細を調査中です!ですが、発生源はマーヴェル村の方角、魔力測定値は...」
「続けろ」
「最大値を超え、測定不能です!」
院長の顔が青ざめた。この魔法学院で使用している測定装置は、王家の血筋をも上回る魔力を計測できるよう設計されている。それが測定不能とは。
「至急王宮に向かう」
***
魔法学院長が王宮の執務室に到着した時、そこには既に宰相エルウィン・グレイモア、王太子アレクサンダー、そして第二王子ラウレンツが顔を揃えていた。国王エドワード三世は窓辺に立ち、南の方角を見つめている。
「王よ、一大事でございます」
「先ほどの光のことか。都でも多くの者が目撃している」
「はい。詳細は現在調査中ですが、観測史上例を見ない膨大な魔力が測定されました」
扉が開き、調査団の魔導士が息せき切って入室する。
「失礼いたします!緊急調査の結果をお持ちしました」
「申せ」
「発生源はマーヴェル村。魔力測定値は...過去の記録を遥かに上回り、我々の装置では測定不能でございます」
執務室が静寂に包まれた。王太子アレクサンダーが最初に口を開く。
「測定不能...それは一体、何を意味するのだ?」
「恐れながら」宰相が一歩前に出る。
「可能性は二つ。強大な魔獣の出現、もしくは...」
「もしくは?」
「本日各地で行われた洗礼式において、王家をも凌ぐ魔力を持つ者が誕生したということです」
部屋中がどよめいた。
ラウレンツが考え込むように呟く。
「魔獣であれば、ここ数百年、そのような強大な魔力を持った個体は確認されていない。とすれば...」
「まさか、リィナ?」
全員の視線がラウレンツに集まった。
「心当たりがあるのか、ラウレンツ?」
「定かではありませんが、先日マーヴェル村を視察した際、一人の少女に出会いました。彼女が関わる現象で、魔力の存在を示唆するものを確認しています」
国王が振り返る。
「それは危険な現象だったのか?」
「いえ、むしろ建設的なものでした。あの地域の特産品であるシルクの生産に関わるもので、私は『付与魔法』の可能性を疑ったのですが...」
「マーヴェル村のシルク...」宰相が目を見開く。「まさか『リィナシルク』の?」
「その通りです。その少女こそがリィナ。マーヴェルのシルク産業をあの地方最大の特産品にまで発展させた、天才少女と呼ばれている娘です」
院長が前に出る。
「陛下、まずは緊急で村に使者を派遣しませんか?いずれにしても本人を王都に招き、正確な魔力測定と適切な教育を施さねばなりません」
国王は深く頷く。
「そうだな。特別待遇を許可する。緊急連絡にて最寄りの領主に指示を出せ。魔法学院への特待生入学も併せて準備しろ」
「畏まりました」
宰相と院長が退出していく中、王太子アレクサンダーがラウレンツに歩み寄る。
「その少女、どのような娘だったのだ?」
ラウレンツの表情が和らぐ。
「光沢のあるシルバーブロンドに若草色の瞳、印象的な美しい子でした。そして何より、その聡明さと意志の強さに驚かされました。大人たちの中で臆することなく意見を述べ、しかし他者への思いやりも忘れない。あの年齢であの産業を地域経済の中心に育て上げた手腕は、魔法云々以前に注目に値します」
「随分と高く評価しているのだな」
「はい。以前からその能力を買っておりました」
国王が二人の会話に割って入る。
「では、どう扱うのが良いと思うか?」
「と言いますと?」
「仮に、その娘が我らをも凌ぐ魔力の持ち主だと判明した場合、国内の貴族のみならず、他国からも注目を集めることになろう。田舎の農家の娘として、果たして身の安全を保てるだろうか?」
ラウレンツの表情が曇る。
「確かに...あの村では家族はもちろん、村全体で彼女を大切にしていました。しかし、もしも国際的な注目を集めるとなれば...」
「最悪、他国に攫われ魔力を搾取されるか、或いは国内の貴族に囲われ道具として扱われる危険がある」
王太子アレクサンダーが提案する。
「父上、養子にお迎えするのはいかがでしょうか?」
「それも一案だが、養子ではいずれは王家の外に嫁ぐことになる。政争の種になりかねん」
「ならば父上」ラウレンツが決意を込めて進み出る。
「私の婚約者として迎えてはいかがでしょうか。幸い私には、兄上と違ってまだ決まった相手がおりません。彼女がこれから家族や故郷と離れて生きなければならないというなら、せめて既知の間柄である私が彼女の側にいるのが最良かと」
国王が眉をひそめる。
「しかし、ラウレンツ、お前は万一の場合、王太子となる身。つまり、お前の婚約者は将来の王妃になる可能性がある。農村育ちの平民に、果たしてその役目が務まるだろうか?」
「父上」アレクサンダーが口を挟む。
「ラウレンツの提案は悪くないと思います。私も数年以内には婚姻します。子が生まれれば、ラウレンツは公爵。公爵夫人ならば王妃ほどは出自を問題視されません。今は彼女の立場を安定させ、適切な教育を施し、国にとって有益な存在として導くことが最優先でしょう」
国王は長い沈黙の後、頷いた。
「分かった。だが、まずは本人に会ってからだ。このことは他言無用とする。正式な決定まで、宰相以外には秘密にしろ」
「「承知いたしました」」
(不思議なものだな…あの少女が私の婚約者になるのか)
「どうした?ラウレンツ、顔が笑ってるぞ」
王の執務室の扉を閉め、それぞれの執務室へと移動する途中、兄上が笑いを含んだ顔で話しかけてきた。
「え…?兄上、俺、笑ってましたか?」
「ああ。少なくとも機嫌良さそうな顔に見えるなあ」
「そうですか。気をつけます」
「いや、そういう話じゃ…お前、まさかとは思うが婚約者ができて嬉しいのか?」
「嬉しい…この感情がそうなんでしょうか?よくわかりません」
「相手の少女は今日が洗礼式、つまり10歳だろう?そんなに美しい少女なのか?」
「確かに美しい少女ではありましたが、何というか、面白い子ですよ」
「面白い?」
「ええ。次に何を言うのか、何をやるのか…見ていて飽きません」
「お前……」
「いいのですよ。兄上。お相手はまだ子どもです。色恋や容姿云々よりも、興味深く思ってた相手が婚約者になったのです。つまらない貴族のご令嬢と政略結婚するより、何倍も面白いではないですか」
「はは。確かにな。そう考えると、この婚約も悪くないかもな」
「はい。少なくとも、私にとっては良縁な気がします」
「そうか。では、しっかりと守ってやれ。彼女の行く道は険しいぞ」
「そのつもりです」
「いい覚悟だ…それにしても、お前がそこまでいう少女か。会うのが楽しみだな」
「私も、楽しみです」
(彼女はいつここへ着くのだろうか。俺が婚約者となったことを知れば、驚くだろうか?)
「早く会いたいな…待ってるよ、リィナ」
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