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農家の娘、異世界で国家改革始めます ―糸で国を変えた少女―  作者: ふくまる
第1章

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閑話: カイト兄ちゃんの恋人探し


「ミナ、王都で評判の紅茶クッキー、食べたことないって言ってただろ?

 王都のほどじゃないけど、頑張って作ってみたんだ。

 結構上手くできたと思うから、良かったら一緒に食べないか?」


「本当?前にちょっとだけ話したこと、覚えててくれたの?

 それに、わざわざ作ってくれたなんて…嬉しい!」

「美味しいよ!グレン兄ちゃん」


桑畑の向こうから聞こえてくる楽しそうな声に、俺は桑の実を摘む手を止めた。

グレンとミナの甘い会話。

グレンが魔法学校から帰ってきて以来、二人の距離はぐっと縮まっていた。

見ているだけで甘ったるい空気が漂ってくる。


「このやろう……お前ばっかりモテやがって」


カイトは心の中で毒づきながら、桑の実を乱暴に籠に放り込んだ。


グレンは昔からよくできた奴で、魔法学校まで出ている。帰ってきてからは魔道具開発にも着手して、もう村の若者たちの憧れの的だ。

それに比べて自分は……


「はあ……」

大きなため息が出る。


ふと、修行時代のことを思い出した。あの頃付き合っていたエリカのことだ。


『都会がいいの。田舎なんて絶対に嫌よ』


故郷に帰ると言った時の、彼女の冷たい表情が今でも胸に刺さる。


「都会か……」


この村では、年頃の女の子たちからは『頼りになるお兄さん』扱いだ。昨日も酒場で聞こえてきた。

『カイトって本当にいい人よね』 『困った時はいつでも助けてくれるし』 『でも恋人にするなら、もうちょっと刺激的な人がいいかな』 『分かる!カイトは安定しすぎてて、ドキドキしないのよね』 『お兄さんって感じよね』


「いい人……お兄さんか」


それは恋愛において死刑宣告に等しい言葉だった。またため息が出る。



「カイト兄ちゃん!」


突然、澄んだ可愛らしい声が響いた。


振り返ると、村の支援隊年少組の女の子たちが走ってくるのが見えた。先頭を切っているのは七歳のルナ、その後ろに六歳のユマ、五歳のナナが続いている。みんなタクマやミナを慕って支援隊に参加している子供たちだ。


「あ、お前ら……どうした?なんか困ったことでもあったか?」

カイトは慌てて桑の実の籠を脇に置いた。


「兄ちゃんが一人で寂しそうにしてるから、遊びに来たの!」

ルナが無邪気に笑いながら言う。


「寂しそう?」


「うん!すっごく暗い顔してた!」

ユマも頷く。


「ナナも心配になったの」

一番年下のナナが小さな手でカイトの服の裾を掴んだ。


(バレてたのか……)

カイトは苦笑いを浮かべた。


「大丈夫だよ、みんな。ちょっと考え事をしてただけ」


「さては〜恋の悩みでしょ?」

ルナがにやりと笑う。七歳にしては妙に大人びた表情だった。


「え?!」


「やっぱり!顔が赤くなった!」

「兄ちゃんにも春が来たんだね〜」

ユマとナナが手を叩いて喜ぶ。


「違う!春はきてない!」カイトは慌てて否定する。


「え?違うの?」

「カイト兄ちゃん、かっこいいのに恋人いないの?」

ユマが無邪気に言葉で俺を刺す。


「うぐっ…大人は色々大変なんだ」

俺は痛む胸にそっと手を当て俯いた。


「大丈夫だよ!」

ルナが胸を張って言った。

「私たちに任せて!」


「わたし達”支援隊”が、上手くいくようお手伝いしてあげるよ!」

ユマが満面の笑みで続ける。


「ナナもお手伝いする!!」

三人に囲まれて、カイトの心は少しだけ温かくなった。


「ありがとう、みんな。でも恋愛は大人の問題だから……」


「大人って大変だね」

ルナが首を傾げる。

「でも兄ちゃんはとっても優しいから、きっと素敵な人が現れるよ!」


「そうだよ!兄ちゃんは世界一かっこいいもん!」

ユマの言葉に、ナナも大きく頷く。


「世界一!」


子供たちの純粋な応援に、カイトは目頭が熱くなった。

「みんな……」


「そうだ!」

ルナが手を叩いた。

「私たちが兄ちゃんの良いところを、村のお姉さんたちに教えてあげる!」


「いい考え!」

ユマが賛成する。


「いや、それは……」


「大丈夫!私たち、お姉さんたちとも仲良しだもん!」


確かに、村の女性たちは年少組の子供たちを可愛がっている。


「エマお姉さんには、兄ちゃんが迷子の犬を助けてくれた話をする!」

「リサお姉さんには、重い荷物を運んでくれた話!」

「ナナは……えーっと……」

一番年下のナナが一生懸命考えている。

「兄ちゃんがナナを膝の上に乗せてお話してくれた話!」


「それも素敵だけど、もっと具体的に……」

ルナが苦笑いを浮かべる。


その日から、年少組の女の子たちによる『カイト兄ちゃんの素晴らしさアピール作戦』が始まった。


「エマお姉さん!聞いて聞いて!」

「ルナちゃん、どうしたの?」

「昨日、カイト兄ちゃんが迷子の子犬を探して、村中を走り回ってたの!それでね、見つけた時すっごく嬉しそうだった!兄ちゃんって動物にも優しいんだよ!」

「まあ、そうだったの。カイトは本当に優しいのね」


一方、ユマは別の女性に話しかけていた。

「リサお姉さん、カイト兄ちゃんのこと知ってる?」

「もちろん知ってるわよ。頼りになる人よね」

「そうなの!この前、おばあちゃんが重い薪を運べなくて困ってた時、兄ちゃんが全部運んでくれたの!それにね、兄ちゃんの作る桑の実ジャムは村で一番美味しいんだよ!」

「優しいのね。みんなの『お兄さん』って感じよね」


ナナは年上の女の子たちに話しかけていた。

「お姉ちゃんたち、カイト兄ちゃん知ってる?」

「知ってるよ〜。どうしたの、ナナちゃん?」

「兄ちゃん、すっごく優しいの!ナナが泣いてた時、膝の上に乗せてお話してくれた!」

「まあ、可愛い。将来良いお父さんになりそうね」


その頃、グレンとミナは村の中央広場で話し込んでいた。


「ミナ、今度の祭りの準備、手伝ってくれるか?」

「もちろんよ、グレン兄ちゃん。何でも手伝うわ」

「ありがとう。君がいてくれると心強いよ」

グレンがそっと微笑むと、ミナは頬を染めた。

「グレン兄ちゃん……」


二人の甘い空気を遠くから見ていたカイトは、また心の中で毒づいた。

(このやろう……本当にお前ばっかりモテやがって)



夕方、年少組の三人がカイトのもとにやってきた。

「兄ちゃん!今日はどうだった?」

ルナが期待に満ちた顔で聞く。


「何が?」


「だから、村のお姉さんたちの反応!」


「え?」


カイトは首を傾げた。

確かに今日は何人かの女性から声をかけられたが、いつも通りの挨拶程度だった。


「もしかして、みんな何かしたの?」


「えへへ……」

三人が揃って頬を染める。


「みんなに兄ちゃんの素晴らしさを教えてあげたの!」


「みんな『いいお兄さん』って言ってたよ」

ユマが胸を張って答える。


「そっか……」

カイトは苦笑いを浮かべた。やはり『いい人』の壁は厚い。


その時、村の入り口の方から馬車の音が聞こえてきた。


「あれ?今日は誰か来る予定だったっけ?」


カイトが首を傾げていると、美しい女性が馬車から降りてきた。

黒髪に青い瞳、上品な雰囲気を漂わせている。年の頃は二十歳前後だろうか。


「すみません、この村の村長さんのお宅はどちらでしょうか?」

女性がカイトに声をかけてきた。


「あ、はい。あそこの大きな家です。俺で良ければ案内しましょうか?」


「ありがとうございます。助かります」

女性は微笑んだ。


「あ、私はアリサと申します。治癒魔法の修行をしていまして、この村で働かせていただくことになりました」


「治癒魔法!すごいですね。俺はカイトです」


「カイトさんですね。よろしくお願いします」


その時、年少組の三人がカイトの後ろからひょっこり顔を出した。

「わあ、綺麗なお姉さん!」

「本当だ!お人形さんみたい!」

「すっごく綺麗!」


アリサは子供たちを見て、顔をほころばせた。


「可愛い子供たちですね。皆さん、カイトさんの妹さんですか?」


「違うよ!」

ルナが首を振る。

「私たちはカイト兄ちゃんの”支援隊”なの!」


「兄ちゃんの良さをみんなにわかってもらう活動してるの!」

ユマが胸を張って言う。


「兄ちゃんは優しくて、一番かっこいいんだよ!」

ナナも負けじと続ける。


アリサは驚いたような顔をして、それからカイトを見た。


「子供たちに慕われているんですね。素敵です」


カイトは頬を赤らめた。



村長の家まで案内する道中、アリサはカイトに色々と話しかけてきた。


「この村は本当に穏やかで素敵ですね」

「そうですか?僕にとっては生まれ育った場所なので、特別だとは思わなかったんですが」

「私は都市部の出身なんです。でも、都会の喧騒に疲れてしまって……こういう場所で、人を助ける仕事がしたいと思っていました」


(都会の出身……)

カイトの心に、修行時代の恋人の言葉が蘇った。


『都会がいいの』


しかし、アリサの言葉は正反対だった。


「都会よりも、こういう場所の方がお好みなんですか?」

「はい。人と人とのつながりが感じられて、温かいんです」


アリサの笑顔に、カイトの心は大きく揺れた。

もしかしたら……本当に運命の人に出会えるかもしれない。





その夜、年少組の三人は秘密会議を開いていた。


「あのお姉さん、兄ちゃんのこと気に入ってたよね」

ルナが言う。


「うん!すっごくにこにこしてた!」

ユマが頷く。


「兄ちゃんも赤くなってた!」

ナナが手を叩く。


「でも……」

ルナが急に真剣な顔になった。


「もしあのお姉さんと兄ちゃんが結婚しちゃったら、どうしよう?」


「え?」

ユマとナナが首を傾げる。


「だって、兄ちゃんには奥さんが必要でしょ?でも……私、兄ちゃんのこと大好きなの」


ルナの言葉に、ユマとナナも頷いた。

「私も兄ちゃん大好き!」

「ナナも!」


三人は顔を見合わせた。

「そうだ!」

ルナが立ち上がった。


「私たちが兄ちゃんのお嫁さんになればいいんだよ!」




翌日、カイトが桑畑で作業をしていると、またあの三人がやってきた。


「カイト兄ちゃん!」

「みんな、今日はどうした?」


カイトが振り返ると、三人は手を繋いで一列に並んでいた。


「大切なお話があるの!」

ルナが代表して前に出る。


「兄ちゃん、私がカイト兄ちゃんのお嫁さんになってあげる!」


「え?!」

カイトは目を丸くした。


「私も!」

ユマが手を挙げる。


「ナナも兄ちゃんのお嫁さんになる!」

一番年下のナナも声を張り上げた。


「ちょ、ちょっと待って……」


「私たちがいれば、兄ちゃんは絶対に幸せになれるよ!」

「兄ちゃんだーいすき!」

三人は口々に言いながら、カイトに駆け寄ってきた。


「カイト兄ちゃん、だーいすき!」

ルナがカイトの右頬に小さなキスをした。


「兄ちゃん、だーいすき!」

ユマが左頬に。


「だーいすき!」

ナナが鼻の頭に。


三人に囲まれて、頬や鼻にちゅっちゅっと小さなキスをされながら、カイトは動けずにいた。


「み、みんな……」


「兄ちゃんは私たちの一番大好きな人だから!」

「ずっと一緒にいるからね!」


三人の純粋な愛情表現に、胸がいっぱいになった。

村の年頃の女性たちからは『いい人』扱い。修行時代の恋人には『都会がいい』と言われて振られた。

でも、この子たちにとって自分は『世界一かっこよくて優しい兄ちゃん』なのだ。


「これはこれで……幸せか」

カイトは小さく呟きながら、青い空を見上げた。


桑の実が風に揺れて、やわらかな日差しが頬に当たる。三人の小さな手が自分の服を掴んでいる温かさ。

恋人は確かに欲しいけれど、こんなに自分を慕ってくれる子供たちがいるなら、それも悪くない。


「兄ちゃん、笑った!」

「やっと元気になった!」

「よかった〜」

三人がほっとしたような顔で見上げている。


「ありがとう、みんな。兄ちゃんは幸せだよ」

カイトは三人の頭を優しく撫でた。


「よし、みんなで桑の実ジャムでも作るか」

「わあい!」

「兄ちゃんのジャム、大好き!」

「やったー!」


桑畑に響く子供たちの笑い声を聞きながら、カイトは心から笑顔になった。

恋の行方はまだ分からないけれど、今この瞬間は確かに幸せだった。


―完―


カイト、いい年なのにそう言えば浮いた話ひとつでてないな、、、と気になったので作ってみた閑話です。

カイトは「お兄ちゃん」ポジションが似合いますよね〜

そんなカイトに、いつかは本物の春が来るといいな…と思いながら書いたエピソードです。


6月21日12:00より第2部スタートです!是非こちらも読みに来てくださいね!

お待ちしています!!

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