第四十三話 祝福の光、選ばれし者
* ややこしくなってきたので覚書 *
マーヴェル村で作られる糸の階級
リィナシルク・プレミアム:最高級品。初代の特別な木の葉だけで育てた蚕の糸。
リィナシルク・スタンダード:2世の木の葉を混ぜて育てた蚕の糸。従来の”混合糸”
マーヴェル・シルク:普通の桑だけで育てた蚕の糸。従来のの”通常糸”
九月。
マーヴェル村組合事務所に、興奮した声が響いていた。
「信じられない……こんな数値、見たことがない!」
グレン兄ちゃんが、魔道具の測定結果を何度も確認している。
私も隣で画面を覗き込んだ。
蚕の死亡率:従来の10分の1。
糸の強度:前年比300%向上。
光沢度:測定器の上限を振り切る「999+」の表示。
「特に、特別な木のグループは数値が……」
グレン兄ちゃんが別のデータを指差した。
「もはや理論値を超えてる。こんなこと、あり得ないはずなのに」
私は胸がいっぱいになった。
魔道具を導入してからまもなく1年。
みんなで必死に頑張ってきた成果が、数字となって現れている。
「やったね!」
ミナ姉ちゃんが記録帳を抱きしめて飛び跳ねた。
「これなら、王都での商談も絶対うまくいく!」
そう。今日から、私たちは王都ヴェルダンに向かうんだ。
来季に向けての正式契約を結ぶために。
「準備はいいか?」
父さんが馬車の前で声をかけてくれた。
荷台には、最高品質の3種の糸、完璧な品質証明書、そしてグレン兄ちゃんの魔道具による科学的データが積まれている。
「うん!」
私は力強く頷いた。
「今度は私たちから仕掛ける番だもんね」
馬車が村を出発すると、支援隊のみんなが手を振って見送ってくれた。
「頑張って!」
「王都の人たちをびっくりさせてやれ!」
馬車の中で、私たちは今回の戦略を最終確認した。
「まずは品質の圧倒的優位性を示す」
グレン兄ちゃんが各種データの資料を広げる。
「数値で証明できる技術革新の成果」
「それから、持続可能な生産体制」
父さんが組合の資料を整理している。
「村全体での品質管理システム」
「私は……」
「リィナは堂々と説明すればいい」
ミナ姉ちゃんが優しく言ってくれた。
「リィナの情熱が、一番説得力があるのよ」
王都ヴェルダンに到着したのは、3日後の夕方だった。
石造りの立派な建物が立ち並ぶ街並みは、相変わらず圧倒的だった。
翌日。
ヴェルダン織物ギルドの会議室で、運命の商談が始まった。
「それでは、新商品のご説明を」
ギルド長でもあるマルコさんが促してくれる。
織物ギルドの幹部たちが、真剣な表情で私たちを見つめていた。
「はい!」
私は立ち上がって、深呼吸した。
「まず、こちらをご覧ください」
グレン兄ちゃんが糸質鑑定魔道具を取り出し、私たちの最新の糸を測定する。
装置の画面に数値が表示された瞬間——
「なんだって!?」
「こんな数値、見たことない!」
「一体どうやって……」
幹部たちがざわめいた。
私は嬉しくなって説明を続けた。
「これは、私たちの技術革新の成果です」
魔道具による環境管理、品質管理システム、チーム一丸となった努力。
一つひとつ丁寧に説明していく。
「そして、これが生産体制です」
父さんが組合の資料を提示する。
「村全体で品質を保証し、安定供給を実現します」
1時間後。
契約書にサインが完了した。
「安定生産、品質保証、正規代理店資格の決定権……お陰さまで”いい商い”をさせてもらえます」
マルコさんが満足そうに言った。
「新規で取引を申し出る商会も後をたたず、布を仕立てれば飛ぶように売れる」
「押しも押されぬ立派な産業として、もはや不動の地位が確立されましたね」
私は思わず拳を握った。
(やった……ついに、私たちは本当の成功を掴んだんだ!)
翌日からも商談や面会が何件も続いた。
そして、すっかり王都にもなれた頃、秋市場が始まった。
初めて目にする王都の秋市場。
その規模も、並んでいる商品も、お客さんの数も、全てが地元の市場とは桁違いだった。
そんな中、私たちのシルク製品が、あちこちの店で完売していた。
注文も殺到していて、他の商人からも引き合いが多数きているらしい。
「もう疑いようがないくらい、私たちの糸は王都でも受け入れられてるね」
ミナ姉ちゃんが嬉しそうに言った。
「うん。やっとここまできたんだ!」
秋市場での成功を確認し、私たちは最終日を待たずに王都を出発した。
なぜなら、急いで帰郷しなければならない理由があったから。
「間に合うかな……」
馬車の中で、私は心配になった。
4日後は私の10歳の洗礼式。
村のみんなが、私の帰りを待ってくれている。
秋市場最終日でもある九月末のその日、私たちはギリギリでマーヴェル村に帰り着いた。
「リィナ!」
村の入り口で、タク兄が手を振っていた。
「おかえり!間に合ったな!」
「ただいま!」
「途中、川が増水して渡れない箇所があったの。もう間に合わないかと思った」
私は馬車から飛び降りて、みんなのもとに駆け寄った。
「ギリギリだったわね。ほんと、ヒヤヒヤしたわ」
「間に合ってよかった。さ、支度してきな」
タク兄も母さんもほっとした様子で迎えてくれた。
村の広場では、既に洗礼式の準備が完了していた。
白い天幕が張られ、祭壇も設置されている。
支援隊のみんなが、せっせと最後の準備をしてくれていた。
「リィナちゃん、お疲れさま!」
「王都はどうだった?」
「うまくいったの?」
みんなが次々と声をかけてくれる。
私は嬉しくなって大きく頷いた。
「うん!大成功だった!」
その時、ミナ姉ちゃんが大切そうに包みを抱えてやってきた。
「リィナ、これ……」
包みを開くと、美しいワンピースが現れた。
淡い銀色に輝く絹の布。襟元と裾に綺麗な刺繍が施されている。
見ただけで、それが特別なものだとわかる上品さだった。
「これって……」
「マーヴェルシルク・スタンダードで作ったリィナの晴れ着よ」
ミナ姉ちゃんが誇らしげに言った。
「母さんとふたりで仕上げたの」
私は息を呑んだ。
自分たちが作った糸で織られた布。
それで作られた晴れ着。そして、丁寧仕上げられた細かい刺繍。
「すごい……」
私はワンピースに触れてみた。
絹独特のなめらかな手触り。
そして、ほんのりと光る美しい輝き。
刺繍には”リィナシルク・プレミアム”が使われていた。
「ありがとう。母さん、ミナ姉ちゃん。
こんなキレイな晴れ着を用意してくれてたなんて…全然気づかなかったよ。
嬉しい。ありがとう。本当に嬉しい」
私は、ギュッとワンピースを抱きしめた。
「さ、急いで着替えましょう」
母さんが優しく声をかけてくれた。
「式の時間が近いわ」
慌ただしく着替えを済ませた後、私はふと思い立って一人で外に出た。
向かったのは、いつもの場所。
特別な木のもと。
「女神様」
私は木の幹にそっと手を当てた。
「王都でも、みんなに認めてもらえました」
風が吹いて、桑の葉がさらさらと音を立てる。
「今日は大切な日です。これからも皆を守れる力を、どうか私に」
その瞬間——
木全体がほんのりと光った。
私の手のひらが、じんわりと温かくなる。
「あ……」
何かが体の奥で目覚めるような感覚。
胸の奥が熱くなって、不思議な力が湧き上がってくる。
「リィナ、時間だ」
グレン兄ちゃんの声で我に返った。
振り返ると、心配そうな顔で立っている。
「大丈夫か?」
「うん……大丈夫」
(でも、さっきのはいったい……?)
何かが、変わり始めようとしていた。
村の広場に戻ると、たくさんの人が集まっていた。
家族、支援隊のみんな、組合の人たち、近隣の村からも参加者が来てくれている。
「すごい人数だね」
ミナ姉ちゃんが感心して呟いた。
「緊張してる?」
「うん。少し」
「ふふ。リィナ、ワンピース、すごく似合ってるよ。
リィナの髪もリィナシルクも同じくらいキラキラしてる」
「本当?私、ワンピースに負けてない?」
「うん!どっちもとってもキレイだよ!」
「ありがとう、ミナ姉ちゃん!」
私はワンピースの裾を整えながら、祭壇に向かった。
リィナシルク・スタンダードで仕立てた晴れ着が、秋の陽光を受けて美しく輝いている。
「あれは、リィナルシルクか!?」
「なんて美しい……」
「本当、リィナちゃんの髪とおんなじね。キラキラ輝いて、とても綺麗だわ」
「あれが私たちの作った布なのね」
「王都でも評価されたって聞いたわ」
村人たちのささやき声が聞こえる。
私は胸を張った。
(みんなで作り上げた技術。みんなで勝ち取った成功。そして、みんなで迎える大切な日)
司祭様が厳かに立ち上がった。
いよいよ、洗礼式の始まりだ。
「それでは、これより"洗礼の儀"を始めます」
司祭様の声が、静まり返った広場に響いた。
私は深呼吸して、祭壇の前に立った。
家族、村人、支援隊のみんなが見守る中、私の人生の新しい章が始まろうとしていた。
「氏名と誓いを述べなさい」
司祭様の厳かな声が響いた。
私は背筋を伸ばして、大きな声で答えた。
「リィナ・マーヴェル。私はこの村の皆を守り、技術と絆の力で未来を切り開くことを誓います」
司祭様が静かに頷いて、私の額にそっと手をかざした。
いつもなら、ここで柔らかな光が広がって終わりのはず。
——だった。が、
「え?」
光が、どんどん強くなっていく。
最初は柔らかな白い光だったのに、だんだん眩しくなって、やがて白金色に変化した。
「なんだ、これは……」
司祭様の声が震えている。
私の周囲に白金の光が立ち上がり、空高く昇っていく。
村人たちがざわめき始めた。
「うわあ……」
「こんなの見たことない」
「リィナちゃん、大丈夫?」
不思議と、私は怖くなかった。
むしろ、体の奥から力が湧き上がってくるのを感じていた。
あの時、特別な木に触れた時の感覚と同じ。
「神々の祝福あれ。リィナよ、その名をこの村に刻もう」
司祭様が言葉を続けようとした。
でも、光は収まらなかった。
それどころか、さらに激しくなっていく。
「どうやら、魔力鑑定の必要がありそうだ」
司祭様が青い顔で鑑定の石板を取り出した。
石板を私の前に持ってくると、それまで以上に激しい光が放たれた。
石板の表面に数字が浮かび上がっては消え、どんどん上がっていく。
「100……200……500……」
数値がぐんぐん上昇していく。
「1000……2000……」
ついに表示が「測定不能」になった。
司祭様の顔が真っ青になった。
「この魔力は、もはや……王族の系譜すら超える」
ざわっ。
広場全体がどよめいた。
「王族を超えるって……」
「リィナちゃんが?」
「そんなことあるの?」
私自身も驚いていた。
ひょっとして魔力があるかも、なんて薄々感じていたけれど、まさかこんなに強いなんて。
光がようやく収まった時、私の瞳がほんの少し金色に輝いているのを、家族が気づいた。
「リィナ……」
母さんが心配そうに見つめている。
「大丈夫だよ、母さん」
私は微笑んだ。
「何も変わってない。私は私だから」
その時だった。
広場の入り口に、息を切らした使者が早馬で駆け込んできた。
「緊急文書が届きました!」
最寄りの都市に設置してある緊急連絡用の魔道具に、王都から連絡があったらしい。
慌てて早馬が出されたようだ。
使者が差し出した封書を、村長のおじいちゃんが恐る恐るとといった様子で受け取った。
封を切って中身を確認すると、目を丸くした。
「これは……魔法学院の特別推薦入学許可証」
また、広場がざわめいた。
「特別推薦って……」
「魔法学院って、グレンが通ってた?」
「即日発行なんて、聞いたことない」
村長のおじいちゃんが文書を読み上げた。
「早急に王都に来るように…とのことだ。詳細はその時、説明があるらしい」
私は頭がくらくらした。
「どうしよう……」
思わず呟いた。
その夜、家族会議が開かれた。
居間には、家族とガイルおじさん一家が集まっていた。
「でも、リィナはまだ10歳よ」
母さんが心配そうに言った。
「こんなに小さいのに、一人で王都なんて……」
「行かなきゃならんだろう。これは、一種の”召喚状”みたいなもんだ」
ガイルおじさんがため息まじりに告げた。
「”召喚状”だと!?……リィナをどうするつもりだ?特別推薦入学って、何が特別なんだ?」
父さんも困った顔をしている。
「恐らく、待遇面で何かしら手当してくれるってことだと思うが、俺の時とは事情が違う」
グレン兄ちゃんが真剣な表情で言った。
「許可証が緊急連絡で即日発行されるだなんて、聞いたことがない。
そんなの国家レベルの”緊急事態”だ。…この話、断るのは厳しいかもしれない」
みんなの視線が私に集まった。
私は深呼吸して、立ち上がった。
「行く」
きっぱりと言った。
「リィナ……」
「聞いて」
私はみんなを見回した。
「私、みんなを守れる力が得られるなら、必要なことは何でもやる!」
「でも……」
ミナ姉ちゃんが涙目になった。
「王子さまが来てくれた時思ったんだ」
私は続けた。
「私たちの技術はすごい。でも、技術だけでは太刀打ちできないこともあるって」
ベルニス商会のような敵。
もっと大きな圧力をかけてくる勢力。
「でも、魔法の力があれば、できる手段は増える。みんなを守れる」
私は拳を握った。
「この村も、この技術も、家族も仲間たちも全部!
そのために必要な力がつけられるなら、私はどこだって行くよ!」
「そうか……」
父さんが静かに頷いた。
「お前がそこまで決めているなら…」
「王都へは、俺も一緒に行こう。まずは、話を聞きに。
万が一変な話だったら、俺が何としてでも断ってやる!」
「…父さん」
「大丈夫だ。リィナ。何があっても、俺が守る。
お前が俺たちを守りたいって思ってくれるのと同じように、
いや、それ以上に、俺だってお前を守りたいんだ」
「うん。…ありがと、父さん」
「寂しいけど……」
ミナ姉ちゃんが涙を拭いた。
「リィナが決めたなら、私、応援する」
「俺たちも負けてられないな」
タク兄が拳を握った。
「リィナがいない間、しっかり村を守ってやる」
「俺も王都にいた。困ったことがあったら何でも聞いてくれ」
グレン兄ちゃんが優しく言った。
「大丈夫、お前なら絶対にやり遂げられる」
私は涙が出そうになった。
でも、こらえた。
今は前を向かなきゃいけない。
「うん。まずは話を聞きに行ってくる。それで、もし大丈夫そうなら、王都で魔法の勉強してくる」
「ああ、わかった」
「それにしても、また王都にとんぼ返りだな」
「ふふ。ほんとだね。マルコさんに会ったら、びっくりするかな?」
未来を変える第一歩が、今、始まろうとしている
大好きな家族、グレン兄ちゃん、メイナ姉ちゃん、村のみんな…
明日からは離ればなれになってしまうけれど、この絆はずっと繋がっている。
窓の外に視線を向けた。
星がきらめく夜空に、希望という名の光が輝いていた。
技術と魔法。
村の絆と王都での学び。
全部を手に入れて、必ず帰ってくる。
みんなを守れる、本当に強い人になって。
風が吹いて、桑の葉がさらさらと音を立てた。
まるで、「頑張って」と応援してくれているみたいだった。




